【本編完結】期限つきの恋

こうらい ゆあ

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~another~ 期限のない恋

9.助手席

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 オレは、朝からそわそわしていた。
 何度も鏡の前で髪型をチェックしたり、忘れ物がないかカバンの中身を見て確認もした。
 白いTシャツに薄いブルーのデニム、楽だし、いつものこれでいいかな?なんて、普段なら絶対気にしないのに、今日に限ってクローゼットをひっくり返しちゃった。
 オシャレな服、なんかなかったっけ?
 えっと……これはまだ暑いし、こっちはなんか違う。
 佐藤さんに「青葉、似合ってるな」なんて言われたらどうしよう……って、想像しただけで顔が熱くなる。
 あ、この水色のゆるキャラみたいなのに……って、これは今日のデートではダメだと思う!
 あぁ~もぉ~、どうしよう!
 朝からこんな感じで、服に着替えては鏡の前でひとりファッションショーを繰り返していた。 

 今日は、佐藤さんと海に行く約束の日だ。
 カバンの中には、映画の葵が使っていたスケッチブックじゃなくて、オレがいつも使ってるスケッチブックが入っている。
 クランクアップのときにもらった葵の色鉛筆と、佐藤さんに借りっぱなしだったハンカチ。
 あのハンカチ、佐藤さんのウッディな匂いがして、めっちゃ落ち着くんだけど……
 さすがに借り物をずっと持ってるのは悪いよね。
 だから、昨夜、泣く泣く洗濯した。
 本音を言うと、ずっと持っていたかった。
 でも、ただの共演者がずっと持ってるのもおかしいだろ!って、自分に言い聞かせて、ちゃんと洗濯をして綺麗にした。
 ……こっそり、洗濯したハンカチを干しながらちょっと匂い嗅いじゃったのは、絶対誰にも言えない秘密だけど……

 YURUTTOシネマズの試写会で佐藤さんが暗闇の中で囁いてくれた言葉が頭の中でリピートされる。
 「青葉の涙、葵そのものだから……」
 って、囁いてくれた声が頭の中でリピートされて、なんか胸がギュッて締め付けられたんだ。
 
「佐藤さんと海……ほんと、行くんだなぁ……なんか、夢みたいだ」
 鏡に映った自分に向かって無意識に話しかけたら、ニヤニヤが止まらなくなってしまった。
 こんな顔、彩花さんに見られたら絶対また「葵くん、佐藤さんに恋してるね♪」って、揶揄われちゃうよ。
 昨日だって散々にゃんこカフェでイジられたんだから……
 ま、まぁ……彩花さんの言う通り、なんだけどさ!
 オレは、佐藤さんのことが好き、なんだと思う。
 葵としてじゃなくて、オレ自身が、佐藤さんに恋してる。
 昨日の彩花さんのニヤニヤした笑顔、映画の美咲さんと全く一緒だったから、なんか葵の気持ちが改めてわかっちゃった。

 パッ、パーと軽いクラクションが鳴って、振り返ると、深い青のフォレスターが1台停まってた。
 運転席から軽く手を振ってくれる佐藤さんを見て、心臓がドキドキうるさい!
 うわ、ヤバい!めっちゃカッコいい!
 サングラスをかけて笑う佐藤さんが、まるで映画の悠真さんそのものだった。
 フォレスターの青、映画の海の色みたいで、なんか葵のスケッチブックに描いた絵を思い出す。
 
「えっと……お邪魔します!」
 助手席のドアを開き、ペコリとお辞儀をしてから座る。
 革のシートの匂いと、佐藤さんのウッディな匂いが混ざって、さっきからドキドキが止まらない。
「青葉、そんな緊張しなくて大丈夫だって。これでも、運転は得意だから安心していいよ」
 佐藤さんが笑いながら言うけど、佐藤さんの運転を不安に思ってドキドキしてるんじゃなーい!
 佐藤さんの隣にいるだけで、オレの心臓は爆発しそうなんだから!
 って心の中で叫んだけど、口に出すことはできなかった。
 だから「う、うん……ヨロシクオネガイシマス」ってカタコトに答えてしまった。
 
 ってか、サングラスをしてる佐藤さん、めっちゃ大人の男って感じがしてカッコ良すぎる。
 隣に座ってるだけでもドキドキするのに、これから海までふたりっきりの空間ってのが、また緊張を高めてくる。
 佐藤さんがハンドルを握る手、なんか映画の悠真さんが葵の手を握るシーンみたい。
 俺はスケッチブックが入ったカバンをぎゅっと抱えて、赤くなってしまった顔を隠したかった。
 
「さて、出発するか」
 佐藤さんの笑みに心を奪われながら、オレたちは映画のロケ地と同じ、聖桜病院のモデルになった病院近くの海辺の街へ向かった。
 窓の外の流れる景色を見ていたら、なんだかワクワクしてくる。
 きっと葵も元気なときに海へのデートをしていたら、こんな気分だったんじゃないかな?
 嬉しくて、でもちょっと恥ずかしくて、海への憧れと悠真さんとのデートが楽しみでしかたない気持ち。
 車窓から見える街並みがだんだん海に近づくにつれて減っていく。
 青い空と、遠くで揺れる波の光が、葵のスケッチブックに描いた海みたいだった。
「この景色、描きたい!」って佐藤さんに言いたかったけど、なんか照れくさくて、佐藤さんの横顔を見ることしかできなかった。
 
「ねぇ、佐藤さん。映画みたいに3時間かけて海に行く?」
 オレがちょっとからかうつもりで言うと、佐藤さんがクスクス笑ってくれた。
「バカ、ちゃんと1時間で着くよ。……でも、ゆっくり楽しもうぜ、青葉」
 佐藤さんの笑い声が車内に響いて、なんかそれだけで幸せな気分になった。
 
 映画の葵は、弱りながら悠真さんと海に向かっていた。
 最後の命の灯火が消えそうになりながらも、悠真さんと約束の海を見に行った。
 でも、今のオレは映画の葵とは違って、元気に佐藤さんの隣にいる。
 その違いが、めちゃくちゃ大きくて、胸がポカポカする。
 映画の葵がスケッチブックに描いた海、悠真さんとの最後の瞬間を思い出すたび、なんか泣きそうになる。
 映画の葵ができなかったこと。
 海を眺めながら、佐藤さんと新しい海の絵を描けるんだって思うだけで……幸せで胸が締め付けられる。
 
「青葉、葵みたいに海描くんだろ? 楽しみだな」
 佐藤さんが運転しながら、ちらっとこっちを見て言う。
 そのダークグレーの瞳が、映画の悠真さんみたいで、思わず顔が熱くなった。
「うん、絶対描く! 佐藤さんと一緒に海をスケッチブックに残すよ!」
 テンション高く答えたら、佐藤さんが柔らかく笑ってくれて、なんか映画のワンシーンみたいだった。
 今の佐藤さんの笑顔、映画の悠真さんとはなんか違った。
 素の温かさがあって、演技なんかじゃない、佐藤さん自身の笑顔。
 この佐藤さん、描きたいなぁ~って、心の中でポツリと思ってしまった。
 
 映画の中での悠真さんは、葵を失ってひとり、海で泣いてた。
 想い合って、愛し合った番。
 オメガバースの世界では、番は何物にも代えがたい大切な存在なんだって。
 この役するって決まったときに、勉強のために色んなオメガバースの作品が書かれた小説だったり、漫画を読んだ。
 切ないものから、心温まるもの、ちょっとギャグがはいったやつ……あと、えっちなのもいっぱいあった。
 色々読んでみたからこそ、わかったことがある。
 最初で最後の恋だったからこそ、葵は悠真さんと番になることを望んだんだと思う。
 恋人よりもずっと強い絆を感じたかったんだと思う。
 でも、今、俺の隣で笑ってる佐藤さんは、悠真さんじゃない。
 映画の葵の悠真さんじゃなくて、役者としての佐藤さんじゃなくて、素の佐藤悠真さん。
 他のファンは絶対に知らない、佐藤さんの素の笑顔。
 佐藤さんがハンドルを握りながら時々見せてくれる笑顔に、オレは胸が張り裂けそうだった。
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