異世界転移者の日常生活風−−戦乱を添えて

おたべ ひとり

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二章

十一話

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 立ち上がったセレナの前に、イザベラが白磁のような指先で一枚の紙の切れ端を差し出した。

「カシアンから預かっていたわ」

 セレナは無言で切れ端を受け取り、その内容を凝視する。そこには、およそ教会の関係者が書いたとは思えない、クセのある丸文字で特定の住所と『ネビラ』という名が記されていた。

「バルトロと繋がりのある闇ギルドのアジトよ。リリィが亡くなってから、彼が独自に調べていたみたい」

 イザベラは冷めた紅茶を横目に、淡々と事実を告げる。カシアンという男の執念と調査能力は、この街の自警団など足元にも及ばない。

「このネビラって名前は?」

「実行犯。ギルドの暗殺を専門に請け負う男よ。腕は確かだけど、その手口は残忍を通り越して悪趣味だと聞いているわ。気をつけなさい」

 セレナの瞳に、冷徹な決意の光が宿った。

「こいつをブチのめして、バルトロ叔父上との繋がりを全部吐かせればいいわけか。……世話になったな、イザベラ」

「私は商人よ。情報は商品、当然タダじゃないわ。……無事に帰ってきたら、たっぷり払ってもらうわよ」

 イザベラは不敵に微笑む。

「わかった。報酬は期待してくれ。……倍返しだ!」

 セレナは、ヴィクターが用意したコートに力強く手を通し、迷いのない足取りで部屋を後にする。ヴィクターもまた、イザベラに対して音もなく深く一礼すると、鋭利な刃物のような気配を纏いながら主人の背後に付き従った。

 主人のいなくなった静かな部屋。窓から差し込む夕闇が、残されたティーカップの影を長く伸ばす。イザベラは誰もいなくなった扉を見つめたまま、ふっと口角を上げ、独り言ちた。

「……セレナ、そのセリフはアウトよ」



 うらぶれた酒場の前で、今日もベニーは門番として酒場の出入りをチェックしていた。本来なら、こんな客もろくに来ないような酒場に門番など必要ない。しかし、闇ギルドが運営するこの酒場は別だ。この街のあらゆる汚れ仕事がここに集まってくる。

 トラブルや荒事は日常茶飯事だ。だが今日のイレギュラーは特別ヤバいと、ベニーの直感が言っていた。夕闇を背負い、長身の女がこちらに向かってくる。その背後には、さらに長身の男を二人従えていた。

 歩き方だけで分かる。後ろに控える男の一人(ケイン)は、かなりの手練れだ。身のこなしからして、間違いなく場数を踏んだ凄腕の冒険者だろう。

「おい、何人か来てくれ」

 ベニーは酒場の方へ声を張り上げた。もし敵なら、とても一人で相手にできる雰囲気ではない。

 女の歩みは優雅だが、速い。気づけば既に目の前まで来ていた。嫌でもその容姿に目が釘付けになる。恐ろしいほど整った顔立ちだ。人間特有の造形の隙が一つも見当たらない。

「お嬢さん、こんな酒場に何の用だ」

 ベニーは精一杯の虚勢を張り、喉を鳴らした。対する女――セレナは、冷徹な双眸を彼に向けた。

「仕事の件で話がある。ネビラは居るか?」

「……こんな表で出来る話じゃねえだろ。ちょっと待ってろ、確認を取ってくる」

 ベニーはチラリと背後に視線を投げた。中から仲間が三人、得物を持ってこちらに向かって来るのが見えた。数に勝ればどうにかなる。そう確信した瞬間、セレナが冷ややかに言い放った。

「その必要はない」

 女が短く、詠唱を紡ぐ。その直後、ベニーの肌を焼くような魔力の波動が走った。

(ヤバい、神聖魔法だ!)

 ベニーは反射的に腰の得物に手を伸ばそうとした。しかし、指が鞘に触れるよりも、セレナの動作の方が遥かに速かった。

「邪魔だ」

 瞬速の拳が、ベニーの顎を正確に打ち抜いた。

 ガキンッ、と鈍い音が響き、ベニーは一瞬にして白目を剥く。自慢の銀歯が夜闇に弾け飛び、彼は一言の悲鳴すら上げることなく、膝から地面へと崩れ落ちた。

 それを見下ろすセレナの瞳には、一切の慈悲はなかった。
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