異世界転移者の日常生活風−−戦乱を添えて

おたべ ひとり

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二章

第十話

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 静寂が支配する墓地に、幼い子供のあどけない声だけが響いていた。棺の傍らで、リリィの妹が背伸びをしながら、姉の亡骸に小さな野花を添える。

「お姉ちゃん、起きてよ。また『おままごと』の続きしよう?」

 その無邪気な一言は、参列者の胸を刃物で抉るには十分すぎた。耐えきれなくなったリリィの両親が、嗚咽とともに崩れ落ちる。その悲痛な泣き声が、雲ひとつない青空へと吸い込まれていった。

 セレナは、ただ力なくその光景を見つめていた。隣には唇を血が出るほど噛みしめるミケ、沈痛な面持ちのケイン、そして一段離れた場所から無言で見守るイザベラと、審問官カシアンの姿もあった。

 リリィが意気揚々と屋敷を飛び出していった翌朝、運河の淀みから、リリィとハンスの変わり果てた姿が発見された。
 遺体に目立った外傷が少なかったこと、そしてハンスに多額の公金横領の疑惑があったことから、自警団は「進退窮まった二人の無理心中」として、この件を早々に片付けてしまったのである。

 リリィの棺は、参列者たちに見守られながらヴァリエール家の外郭墓地へと収められた。その空は、皮肉なほどに、いつも騒がしく明るかった彼女の笑顔と同じように晴れ渡っていた。



 数日後。ヴァリエール邸の私室には、茶葉の香りが漂っていた。
 セレナは、新しく自分専属になったメイドが淹れた紅茶を一口含み、すぐに視線を落とした。

(……味が違うな)

 淹れ方が悪いわけではない。だが、あの無駄に動作が大きく、淹れるたびに自画自賛していたリリィの紅茶とは、決定的に何かが違っていた。セレナはやり場のない虚しさを飲み込むように、対面に座るイザベラへと目を向けた。

 イザベラは、優雅な仕草で紅茶を口に運んでいた。彼女はセレナの視線に気がつくと、カップをソーサーに戻し、静かに口を開く。

「あなたのことだから、てっきりすぐにバルトロの邸宅に殴り込んで行くと思ったわ。……剣でも何でも持って、文字通り血の海にするんじゃないかってね」

 セレナは力なく、しかし自嘲気味に鼻を鳴らした。

「ふん、アタシのことを何だと思ってるんだ。分別ぐらいはある。……それに、手ぶらで行って返り討ちに遭うほど馬鹿じゃねえよ。肝心の裏帳簿も、あいつと一緒に奪われちまったしな」

 セレナの言葉には、かつての猛々しさはなかった。失われた親しい命と、奪われた唯一の物証。何より、犯人に対する敵愾心以上に、自分自身への嫌悪が彼女を蝕んでいた。
 犯人やバルトロに対する怒りは変わらず燃え続けている。しかし、今のセレナは自分自身をそれ以上に許せずにいた。自分勝手な権力闘争に巻き込んだ結果、リリィの命が失われたのだ。

「あの時、アタシが巻き込まなければ、リリィが死ぬことはなかった。アタシが殺したようなもんだ」

 絞り出すようなその告白に、背後に控えていたヴィクターが思わず口を挟む。

「それは私も一緒です。セレナお嬢様だけの責任ではありません。判断を誤った私にも、同等の責任があります」

 ヴィクターの痛切な忠義。しかし、そんなやり取りを眺める対面のイザベラの目は、どこまでも冷ややかだった。

「まさか貴女が、そんなに視野の狭いことを言うとは驚きね」

「なんだと!?」

 セレナが鋭く問い返す。イザベラは動じることなく、再びカップを手に取り、優雅にその縁を唇に寄せた。

「確かに、自分の父親の無罪のために貴女は動いていた。でも、それが父親のためだけじゃなかったことくらいは分かるわ」

 カップを再び置き、イザベラは諭すように続ける。

「貴女はロラン・ド・ラ・ヴァリエール……ヴァリエール領主の下で働いていた全ての人々を見ていた。ロラン様が有罪になれば多くの人が職を失い、生活が壊される。そうならないために、貴女は独りで戦うことを選んだ。違うかしら?」

「それは……貴族ならば当然の義務だ」

 セレナが視線を逸らすと、イザベラは小さく吐息をついた。

「伯爵令嬢として厳格に育てられた貴女ならではの考えね。けれど、貴女は強すぎる。だからこそ視野が狭くなるのよ。普通の人間は何かあった時、自分のことしか考えられないものだわ」

 セレナは怒りに顔を歪めて、椅子を蹴るように立ち上がる。

「まさかリリィが……、あいつが自分の保身のためだけに、アタシに手を貸していたなんて言うつもりか!」

「喧嘩っ早いわね、座りなさい」

 イザベラの静かなままの姿勢に、セレナは毒気を抜かれたように腰を下ろす。

「そうじゃないわ。その貴女の在り方は、人を惹きつけるのよ。貴女の強さに、人は期待をする。きっとリリィも、貴女ならば自分を、そして家族を何とかしてくれると信じて、その期待に自ら応えようとした。……そうは思わない?」

 ハッと顔を上げるセレナ。じっと自分を見つめるイザベラの真摯な瞳と、真っ向から視線がぶつかる。
 リリィは、ただ命じられたから行ったのではない。彼女は彼女自身の意志で、この領地の未来を、そしてセレナという少女を信じて賭けたのだ。

「……結局、リリィは守れなかったがな」

 セレナは沈痛な表情で俯き、拳を固く握りしめた。だが、その声には先ほどまでの絶望ではなく、重い決意が混じり始めている。

「でも、これ以上アイツの期待を裏切るわけにはいかねえ。あいつが命を懸けて守ろうとしたものを、アタシが投げ出すわけにはいかないんだ」

 椅子を押し退け、再び立ち上がるセレナ。
 その瞳には、喪失を乗り越えた強者の輝きが、かつてないほど鋭く宿っていた。
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