23 / 32
二章
第十三話
しおりを挟む
先頭でセレナが暴れ、背後をヴィクターとケインが固める。
汚れ仕事を請け負う闇ギルド。警戒はしていたが、その多くは訓練を受けた兵ではなく「喧嘩屋」の寄せ集めだ。人数は多いが、三人でも十分に対処は可能だった。
ケインは戦場を俯瞰する。セレナの動きは素人そのものだが、フィジカルが圧倒的だ。彼女の拳を受けた相手は、冗談のように吹き飛んでいく。対してヴィクターの動きには無駄がなく、基礎が完成されていた。伯爵家の執事という立場、おそらくは貴族の出なのだろう、危なげなく相手の攻撃を捌いている。
敵味方入り乱れて争う中、ケインは一人、肌を刺すような危険な気配を感じていた。こちらの動きを冷静に観察し、背後を窺っている影。ケインが位置取りを変えてそれを阻止し続けているが、間違いなく戦い慣れた人間の動きだ。
(……おそらく、ネビラはコイツだ)
「おい、執事さん。あんたのところのお嬢様は、戦闘訓練を受けたことはあるのか?」
ケインが剣を振るいながら問うと、ヴィクターは心底呆れたような顔で答えた。
「受けるわけがないでしょう。伯爵令嬢を何だと思っているんです。喧嘩だってこれが初めてですよ」
「その割には放任主義だな」
「才能の塊のような方ですからね。心配するだけ無駄というものです」
とはいえ、ネビラの放つ殺気は尋常ではない。ネビラは間違いなく、最初に「与しやすい」セレナを狙うだろう。できれば自分が相手をすべきだが、セレナの狙いもまたネビラだ。
(いざとなったら俺が盾になるしかないか)
ケインは腹を括った。雑魚をいち早く一掃すべく、深く踏み込み、祈りの言葉を口にする。
「"Oh, Great God of Justice, Tyr. I am Your faithful servant, a sword in Your hand. I swear to overcome every ordeal before me. Grant me Your divine miracle to punish the wicked! ―― [威圧]"」
ケインを中心に不可視の波動が広がり、周囲の男たちの動きが途端にぎこちなく、精彩を欠いたものに変わる。
だが、その余波はセレナにも及んだ。『威圧』は強力な範囲魔法だが、敵味方の区別がつかない。セレナはケインを味方と認識しているため、敵のように恐怖で硬直することこそないが、戦い慣れていない彼女はその重圧に即座に適応できず、動きが鈍ってしまっていた。
その刹那、戦闘経験豊富なネビラだけがいち早く『威圧』の波を抜けた。セレナの硬直を見逃さず、仲間の構成員たちの間を縫うようにして一気に距離を詰めた。
「シッ!」
ネビラの短剣がセレナの喉元を突く。
「!?」
セレナは反射的に身体を投げ出し、かろうじて回避した。しかし、床に倒れ伏したその姿は、あまりにも無防備な隙を晒してしまっていた。
ネビラがその絶好の機を逃すはずがない。流れるような連撃で、トドメの刺突を繰り出す。
「ガキンッ!」
鋭い金属音が響いた。セレナの眼前で、ネビラの短剣がケインの刃によって弾き飛ばされる。ケインはそのまま剣を押し込もうとするが、ネビラはその反動を利用して後方へ飛び退くと、空中で不気味な詠唱を開始した。
「"Oh, Fallen God of Shadows, Erebus. I am Your devoted apostle, a shadow in the night. I embrace the darkness to endure this trial. Grant me Your dark miracle to bind my prey! ―― [影縫い]!"」
ネビラが懐から取り出したナイフをケインへ投擲した。ケインは難なくそれを回避したが――。
「なにっ!?」
避けたはずのナイフが、ケインの「影」を床に縫い付けていた。影を固定されたことで、本体であるケインの身体が物理法則を無視して地面に張り付く。体勢がガクンと崩れた。
「しまった」と心中で叫んだ時には、すでにネビラの二投目が目前に迫っていた。
「くっ!」
反射的に剣をかざして急所を守ったものの、防ぎきれなかったナイフがケインの腕と脚に深々と突き刺さった。
ネビラが冷酷に追撃を狙ったが、それをヴィクターが阻んだ。滑り込むようにして鮮やかな足技で、ケインの影に刺さっていたナイフを蹴り飛ばし、拘束を解く。
「影を縫い付けて自由を奪う魔法ですか。暗殺者らしい卑劣な魔法ですね」
「卑怯だと……? 負け犬共はどいつもそのセリフを吐いて死んでいったぜ。おい、そいつらを狙え!」
ネビラの号令により、闇ギルドの構成員たちが手負いのケインとヴィクターに殺到する。
「くっ……」
負傷したケインを庇いながらの戦いを強いられ、ヴィクターたちは防戦一方に追い込まれていく。もはやセレナをフォローする余裕はどこにもなかった。
静まり返ったフロアの中央。その隙を突き、ネビラがゆっくりとセレナの前に立ちふさがった。
「さて、お嬢様。邪魔者は消えた。……じっくりと可愛がってやるよ」
汚れ仕事を請け負う闇ギルド。警戒はしていたが、その多くは訓練を受けた兵ではなく「喧嘩屋」の寄せ集めだ。人数は多いが、三人でも十分に対処は可能だった。
ケインは戦場を俯瞰する。セレナの動きは素人そのものだが、フィジカルが圧倒的だ。彼女の拳を受けた相手は、冗談のように吹き飛んでいく。対してヴィクターの動きには無駄がなく、基礎が完成されていた。伯爵家の執事という立場、おそらくは貴族の出なのだろう、危なげなく相手の攻撃を捌いている。
敵味方入り乱れて争う中、ケインは一人、肌を刺すような危険な気配を感じていた。こちらの動きを冷静に観察し、背後を窺っている影。ケインが位置取りを変えてそれを阻止し続けているが、間違いなく戦い慣れた人間の動きだ。
(……おそらく、ネビラはコイツだ)
「おい、執事さん。あんたのところのお嬢様は、戦闘訓練を受けたことはあるのか?」
ケインが剣を振るいながら問うと、ヴィクターは心底呆れたような顔で答えた。
「受けるわけがないでしょう。伯爵令嬢を何だと思っているんです。喧嘩だってこれが初めてですよ」
「その割には放任主義だな」
「才能の塊のような方ですからね。心配するだけ無駄というものです」
とはいえ、ネビラの放つ殺気は尋常ではない。ネビラは間違いなく、最初に「与しやすい」セレナを狙うだろう。できれば自分が相手をすべきだが、セレナの狙いもまたネビラだ。
(いざとなったら俺が盾になるしかないか)
ケインは腹を括った。雑魚をいち早く一掃すべく、深く踏み込み、祈りの言葉を口にする。
「"Oh, Great God of Justice, Tyr. I am Your faithful servant, a sword in Your hand. I swear to overcome every ordeal before me. Grant me Your divine miracle to punish the wicked! ―― [威圧]"」
ケインを中心に不可視の波動が広がり、周囲の男たちの動きが途端にぎこちなく、精彩を欠いたものに変わる。
だが、その余波はセレナにも及んだ。『威圧』は強力な範囲魔法だが、敵味方の区別がつかない。セレナはケインを味方と認識しているため、敵のように恐怖で硬直することこそないが、戦い慣れていない彼女はその重圧に即座に適応できず、動きが鈍ってしまっていた。
その刹那、戦闘経験豊富なネビラだけがいち早く『威圧』の波を抜けた。セレナの硬直を見逃さず、仲間の構成員たちの間を縫うようにして一気に距離を詰めた。
「シッ!」
ネビラの短剣がセレナの喉元を突く。
「!?」
セレナは反射的に身体を投げ出し、かろうじて回避した。しかし、床に倒れ伏したその姿は、あまりにも無防備な隙を晒してしまっていた。
ネビラがその絶好の機を逃すはずがない。流れるような連撃で、トドメの刺突を繰り出す。
「ガキンッ!」
鋭い金属音が響いた。セレナの眼前で、ネビラの短剣がケインの刃によって弾き飛ばされる。ケインはそのまま剣を押し込もうとするが、ネビラはその反動を利用して後方へ飛び退くと、空中で不気味な詠唱を開始した。
「"Oh, Fallen God of Shadows, Erebus. I am Your devoted apostle, a shadow in the night. I embrace the darkness to endure this trial. Grant me Your dark miracle to bind my prey! ―― [影縫い]!"」
ネビラが懐から取り出したナイフをケインへ投擲した。ケインは難なくそれを回避したが――。
「なにっ!?」
避けたはずのナイフが、ケインの「影」を床に縫い付けていた。影を固定されたことで、本体であるケインの身体が物理法則を無視して地面に張り付く。体勢がガクンと崩れた。
「しまった」と心中で叫んだ時には、すでにネビラの二投目が目前に迫っていた。
「くっ!」
反射的に剣をかざして急所を守ったものの、防ぎきれなかったナイフがケインの腕と脚に深々と突き刺さった。
ネビラが冷酷に追撃を狙ったが、それをヴィクターが阻んだ。滑り込むようにして鮮やかな足技で、ケインの影に刺さっていたナイフを蹴り飛ばし、拘束を解く。
「影を縫い付けて自由を奪う魔法ですか。暗殺者らしい卑劣な魔法ですね」
「卑怯だと……? 負け犬共はどいつもそのセリフを吐いて死んでいったぜ。おい、そいつらを狙え!」
ネビラの号令により、闇ギルドの構成員たちが手負いのケインとヴィクターに殺到する。
「くっ……」
負傷したケインを庇いながらの戦いを強いられ、ヴィクターたちは防戦一方に追い込まれていく。もはやセレナをフォローする余裕はどこにもなかった。
静まり返ったフロアの中央。その隙を突き、ネビラがゆっくりとセレナの前に立ちふさがった。
「さて、お嬢様。邪魔者は消えた。……じっくりと可愛がってやるよ」
0
あなたにおすすめの小説
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
異世界転移したら、神の力と無敵の天使軍団を授かったんだが。
猫正宗
ファンタジー
白羽明星は気付けば異世界転移しており、背に純白の六翼を生やした熾天使となっていた。
もともと現世に未練などなかった明星は、大喜びで異世界の大空を飛び回る。
すると遥か空の彼方、誰も到達できないほどの高度に存在する、巨大な空獣に守られた天空城にたどり着く。
主人不在らしきその城に入ると頭の中にダイレクトに声が流れてきた。
――霊子力パターン、熾天使《セラフ》と認識。天界の座マスター登録します。……ああ、お帰りなさいルシフェル様。お戻りをお待ち申し上げておりました――
風景が目まぐるしく移り変わる。
天空城に封じられていた七つの天国が解放されていく。
移り変わる景色こそは、
第一天 ヴィロン。
第二天 ラキア。
第三天 シャハクィム。
第四天 ゼブル。
第五天 マオン。
第六天 マコン。
それらはかつて天界を構成していた七つの天国を再現したものだ。
気付けば明星は、玉座に座っていた。
そこは天の最高位。
第七天 アラボト。
そして玉座の前には、明星に絶対の忠誠を誓う超常なる存在《七元徳の守護天使たち》が膝をついていたのだった。
――これは異世界で神なる権能と無敵の天使軍団を手にした明星が、調子に乗ったエセ強者を相手に無双したり、のんびりスローライフを満喫したりする物語。
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】たぶん私本物の聖女じゃないと思うので王子もこの座もお任せしますね聖女様!
貝瀬汀
恋愛
ここ最近。教会に毎日のようにやってくる公爵令嬢に、いちゃもんをつけられて参っている聖女、フレイ・シャハレル。ついに彼女の我慢は限界に達し、それならばと一計を案じる……。ショートショート。※題名を少し変更いたしました。
腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。
四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」
突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる