異世界転移者の日常生活風−−戦乱を添えて

おたべ ひとり

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二章

第十四話

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 セレナはネビラを前にして、左右の拳を胸の前で合わせ、不敵に笑う。

「今からお前をぶん殴る。だから、お前が喋れるうちに聞いておく。……リリィを殺したのは、お前か?」

 ネビラは両手を広げ、大仰におどけた仕草をしてみせた。

「顔は絶品だが、頭は少し足りていないようだな。俺は誰も殺していないぜ」

「もう一度聞く。リリィを手にかけたな」

 ネビラという男は、相手をいたぶるためなら平気で嘘を吐く。

「フハハハッ! 何度も言わせるな、俺は無実だ。証拠はあるのか? 俺の口を割らせたかったら、証拠を持ってこい」

「そうか、わかった。先に殴られたいようだな。……手加減はできねぇ。口が聞けることを祈るぜ」

 セレナは最速の拳を繰り出した。ネビラも短剣を構え、それを迎え撃つ。



 結果は圧倒的だった。

 全身を切り刻まれたセレナは、柱に背を預け、なんとか立っているのがやっとの状態だった。対するネビラは無傷。セレナは一度も、その拳をネビラに届かせることができずにいた。

「おやおや、さっきの威勢はどうした」

 セレナの攻撃動作はすべて読み切られ、逆にネビラには、わざと急所を避けて相手をいたぶるだけの残忍な余裕さえあった。
 ついには立っていることに耐えられなくなったセレナは、背にしていた柱から崩れ落ち、その場に座り込む。

「セレナお嬢様!」

 ヴィクターの悲鳴がホールに響く。彼らも闇ギルドの攻勢を凌ぐので精一杯であり、セレナを救出する余裕はなかった。

 セレナは震える指先で煙草の箱を取り出し、底を叩く。飛び出した一本を唇に咥えるが、火がないことに気づいた。

「チッ……」

 ネビラは、どれほど追い込んでも弱みを見せないセレナに苛立ちを募らせていたが、彼女が火を求めたのを見て、愉悦に歪んだ笑みを浮かべて近づいていく。左手には、小さな火種を灯していた。

「セレナッ!」

 ネビラの表情に凶兆を感じ取ったケインが短く叫ぶ。

 ネビラはセレナのすぐ近くまで歩み寄ると、煙草に火を付けるふりをして、右手に隠し持っていたナイフを突き出した。

 願いを叶えるふりをしての裏切り、その絶望に歪む表情を拝む。ネビラの歪んだ欲望を乗せた凶刃がセレナの腹部に届く寸前――セレナは、ナイフの刃を左手で直接握り込んで、その刺突を止めていた。指の間から溢れ出した鮮血が肘を伝い、床に赤黒い血溜まりを作る。

「……やっと、捕まえたぜ」

「くっ!」

 ネビラは、掴まれたまま微塵も動かないナイフを即座に諦め、柄から手を離して飛び退いた。熟練した暗殺者らしい、素早い判断。
 しかし、彼が後方へ跳ぶ直前、セレナの右手がネビラの背後から「何か」をむしり取っていた。

 セレナは手の平にある「それ」を見つめると、唐突に笑い出した。

「アハハハハッ! ……ホントにバカだな、アイツは。美少女探偵失格だ。こんな物、犯人の背中に貼り付けたって、誰もそいつが犯人だなんて認めてくれねーぞ……。アタシ以外はな」

 唐突な笑い声に、ホールの喧騒が潮が引くように静まり返る。
 セレナは血濡れた手で握り潰していたナイフを、つまらなそうに床へ捨てた。

 彼女のもう片方の手の上には、安っぽい、おもちゃの『付け髭』が乗っていた。

 あの日、犯人の情報を掴もうと一人で飛び出したリリィ。彼女は殺される間際、決死の想いでこの「ふざけた証拠」を犯人の背に貼り付け、全てを託したのだ。

 リリィの遺体と対面した時も、葬儀の時でさえ涙を流せなかったセレナの瞳から、大粒の涙が溢れ出ていた。
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