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二章
第十五話
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この国の大人たちは、子供が言うことを聞かないと「魔竜の魔女が攫いに来るぞ」と脅かして嗜める。
この魔竜の魔女は、童話『魔女と竜』の物語に出てくる存在だ。
物語の中で魔女を守ろうとした優しい竜は、誤って人間を殺めてしまう。国は竜の討伐のため、軍隊を差し向ける。魔女は竜が魔竜になってしまったことに悲しみ涙するが、竜を守るため、恐ろしい魔法を振るい軍隊と戦う。ついには魔法も涙も涸れた魔女は、竜に乗って空の彼方へ消えていく。
あまり知られていないが、実はこの『魔女と竜』には元になった実話が存在する。それが記された書物は、教会の禁書庫の中にしか存在しない。
事務的に記されたその内容は、聖女候補だった少女が突如反乱を起こし、教会に粛清されたというものだ。少女は、涙ながらに後の聖女の裏切りを語り、ついには竜を従え、400人を超える教会の聖騎士と戦ったとされる。
この書物が禁書とされた真の問題点は、聖女たちの権力争いではなく――信仰する神が、400人を超える敬虔な使徒たち以上に、教会に反旗を翻した「たった一人の少女」に絶大な力を与えたという事実そのものだった。
ある神学研究家は推測した。神へ祈りを捧げる時、神聖魔法を使う時。必要なものは言葉だけではないのではないかと。
◇
右手に乗せられたおもちゃの付け髭を見つめるセレナの瞳から、大粒の涙が溢れ出していた。
異変が起こったのは、突然だった。
セレナの全身の傷口から、凄まじい勢いで白煙が噴き出した。肉を焼き、命を繋ぎ合わせるようなその白煙の中で、傷は逆再生の映像を見ているかのように驚異的なスピードで再生していく。
その神々しくも禍々しい光景に、闇ギルドの構成員も、ヴィクターたちでさえも、言葉を失い立ち尽くした。
やがて白煙が止まり、大気に溶け消えていく。
中から現れたセレナの肢体には、先ほどまでの惨状が嘘のように、一つの傷跡すら残っていなかった。
「……なんか知らねえが、絶好調だ」
セレナは溢れ続けている涙を服の袖で乱暴に拭い、低く呟いた。
「"Oh, Fallen God of Shadows, Erebus. I am Your devoted apostle, a shadow in the night. I embrace the darkness to endure this trial. Grant me Your dark miracle to bind my prey! ―― [影縫い]!"」
ネビラは本能が告げる警鐘に従い、神聖魔法を行使する。標的は未だ苦戦しているヴィクターとケイン。経験が告げている、今のセレナと正面から戦うのは危険だと。
二人を人質にするため、魔力の込められたナイフを投擲しようとした――その刹那。
ネビラが気づいたのは、いつの間にか目の前に移動していたセレナに、ナイフを持つ右手をナイフごと握り潰された後のことだった。
「ギャァァァッ!!」
ネビラの絶叫がホールに響き渡る。激痛の波が遅れて打ち寄せる。彼の右手は無残な形にひしゃげていた。逃げることも、魔法を編むことも叶わない。
セレナは、至近距離でネビラの目の前に「付け髭」をかざし、薄っすらと笑った。その顔は、涙に濡れながらも、神々しいほどに美しかった。
「ほら、これが証拠だ。……存分に、口を割ってくれ」
セレナが右の拳を固める。ベキベキと、骨が鳴る不吉な音が響いた。
圧倒的な死の予感に、ネビラの目からもセレナと同じように涙が溢れ出していた。鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、彼は震える声で絞り出す。
「も、もしかして……オラオラですか……っ?」
「……」
セレナは無言で再びその顔に愛らしい笑みを浮かべた。
直後、ホールに肉と骨を粉砕するような、鈍く重い衝撃音が絶え間なく響き渡った。
この魔竜の魔女は、童話『魔女と竜』の物語に出てくる存在だ。
物語の中で魔女を守ろうとした優しい竜は、誤って人間を殺めてしまう。国は竜の討伐のため、軍隊を差し向ける。魔女は竜が魔竜になってしまったことに悲しみ涙するが、竜を守るため、恐ろしい魔法を振るい軍隊と戦う。ついには魔法も涙も涸れた魔女は、竜に乗って空の彼方へ消えていく。
あまり知られていないが、実はこの『魔女と竜』には元になった実話が存在する。それが記された書物は、教会の禁書庫の中にしか存在しない。
事務的に記されたその内容は、聖女候補だった少女が突如反乱を起こし、教会に粛清されたというものだ。少女は、涙ながらに後の聖女の裏切りを語り、ついには竜を従え、400人を超える教会の聖騎士と戦ったとされる。
この書物が禁書とされた真の問題点は、聖女たちの権力争いではなく――信仰する神が、400人を超える敬虔な使徒たち以上に、教会に反旗を翻した「たった一人の少女」に絶大な力を与えたという事実そのものだった。
ある神学研究家は推測した。神へ祈りを捧げる時、神聖魔法を使う時。必要なものは言葉だけではないのではないかと。
◇
右手に乗せられたおもちゃの付け髭を見つめるセレナの瞳から、大粒の涙が溢れ出していた。
異変が起こったのは、突然だった。
セレナの全身の傷口から、凄まじい勢いで白煙が噴き出した。肉を焼き、命を繋ぎ合わせるようなその白煙の中で、傷は逆再生の映像を見ているかのように驚異的なスピードで再生していく。
その神々しくも禍々しい光景に、闇ギルドの構成員も、ヴィクターたちでさえも、言葉を失い立ち尽くした。
やがて白煙が止まり、大気に溶け消えていく。
中から現れたセレナの肢体には、先ほどまでの惨状が嘘のように、一つの傷跡すら残っていなかった。
「……なんか知らねえが、絶好調だ」
セレナは溢れ続けている涙を服の袖で乱暴に拭い、低く呟いた。
「"Oh, Fallen God of Shadows, Erebus. I am Your devoted apostle, a shadow in the night. I embrace the darkness to endure this trial. Grant me Your dark miracle to bind my prey! ―― [影縫い]!"」
ネビラは本能が告げる警鐘に従い、神聖魔法を行使する。標的は未だ苦戦しているヴィクターとケイン。経験が告げている、今のセレナと正面から戦うのは危険だと。
二人を人質にするため、魔力の込められたナイフを投擲しようとした――その刹那。
ネビラが気づいたのは、いつの間にか目の前に移動していたセレナに、ナイフを持つ右手をナイフごと握り潰された後のことだった。
「ギャァァァッ!!」
ネビラの絶叫がホールに響き渡る。激痛の波が遅れて打ち寄せる。彼の右手は無残な形にひしゃげていた。逃げることも、魔法を編むことも叶わない。
セレナは、至近距離でネビラの目の前に「付け髭」をかざし、薄っすらと笑った。その顔は、涙に濡れながらも、神々しいほどに美しかった。
「ほら、これが証拠だ。……存分に、口を割ってくれ」
セレナが右の拳を固める。ベキベキと、骨が鳴る不吉な音が響いた。
圧倒的な死の予感に、ネビラの目からもセレナと同じように涙が溢れ出していた。鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、彼は震える声で絞り出す。
「も、もしかして……オラオラですか……っ?」
「……」
セレナは無言で再びその顔に愛らしい笑みを浮かべた。
直後、ホールに肉と骨を粉砕するような、鈍く重い衝撃音が絶え間なく響き渡った。
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