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二章
第十六話
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「ふざけるな! 私は横領などしていない。全て兄がしたことだ。今さら、そんな言いがかりを付けて何のつもりだ!」
バルトロ邸の豪奢な玄関口。白亜の柱が並ぶその前に、教会の紋章が刻まれた重厚な馬車が静かに停まっていた。
バルトロは教会の審問官カシアンを前に、その弛んだ顔を屈辱と焦燥で赤黒く染めて怒鳴り散らしていた。
「実は最近、バルトロ氏。あなたの犯行を示唆する有力な証言があったのよ」
カシアンは涼しげな顔で、手にした扇をぱちりと閉じる。
「そんなものデタラメに決まっているだろう! どこのどいつだ、そんな根も葉もないことを言う馬鹿者は!」
「叔父上。教会の審問官にそんな口をきいて大丈夫なのかしら? 自警団とは比べものにならないくらい、教会は……“怖い”ところですわよ」
馬車の扉が開いた。ヴィクターにエスコートされ、一人の淑女が舞い降りる。
燃えるような赤いドレスに身を包み、宝石で着飾ったその姿は、紛れもなく社交界の華――ヴァリエール伯爵令嬢その人だった。背後には包帯を巻いたケインと、彼を支えるミケの姿も見える。
「セレナ……!」
バルトロは目を見開きセレナの名を呼んだ。
「この顔を知らないとは言わせませんよ」
セレナは優雅な所作をかなぐり捨て、左手に下げていた男を、襟を掴んだままバルトロの目前に突き出した。
「知らん」
バルトロの回答は、呼吸をするよりも早かった。
「……あ!?」
呆気に取られて声を漏らすセレナ。
「!」
何かに気が付いた表情のケインとミケ。
「!」
無表情を貫くヴィクター。
「!」
そして「やはり」といった表情のカシアン。
「なんだと、この豚。……よく見やがれ!」
バルトロの動揺の欠片すらない態度に、逆にセレナの方が激昂して詰め寄る。
「誰が豚だ! 知らんと言っておるだろう、そんな男!」
「闇ギルドのネビラよ」
カシアンが横から冷ややかに補足した。セレナが差し出したネビラの顔面は、原型を留めぬほどボコボコに腫れ上がり、親兄弟でも判別不能なほどの惨状になっていたのだ。
「叔父上、アンタが汚え仕事をさせてた男だよ」
猫を被るのをやめたセレナが、ドスの利いた声で再びネビラを突き出す。
「このネビラから話は全て聞いたわ。もう言い逃れはできないわよ」
カシアンの決定的な宣告に、バルトロの顔が引き攣った。
「くっ……ネビラめ、使えない男だ。だが、ここで終わるわけにはいかん!」
バルトロは血走った目を怪しく光らせ、狂ったように叫ぶ。
「お前らさえ黙らせれば、まだどうとでもなる。であえ――! であえ――! 一人も生きて帰すな!!」
屋敷の影、植え込みの陰から、武器を手にした私兵たちがゾロゾロと姿を現し、セレナたちを包囲した。
カシアンは手を前に突き出して言い放った。
「ふんっ、無駄な足掻きを。セレナさん、ケインさん、懲らしめてやりなさい」
「いや、お前も働けよ!」
セレナは掴んでいたネビラを馬車の中へ放り投げると、ドレスの裾を翻して拳を振るった。神の加護を宿した一撃を受けるたび、男たちは冗談のように空を舞い、噴水や壁に叩きつけられていく。
ミケは地を這うような低い姿勢で、男たちの間を俊敏に駆け抜け、撹乱する。
ケインがその剛剣で、体勢を崩した男たちをまとめて刈り取った。
ヴィクターは冷静に武器の軌道を読み、華麗な足技を急所に叩き込んでいく。
そしてカシアンもしなやかな動きで応戦する。だが、その攻撃がすべて相手の股間に突き刺さる光景は、敵味方問わず背筋を凍らせた。
「クソッ、どいつもこいつも役立たずばかりだ! おい、あの化物を連れてこい!」
バルトロが後ろに控えている使用人に命じる。
「し、しかしバルトロ様! アレは敵味方の区別もつかない怪物です、危険すぎます!」
「うるさい! このままではワシは破滅だ! 黙って早く連れてこい!」
狂乱する主人の命に押され、使用人は青ざめた顔で屋敷の地下へと走った。
息を切らせて重厚な扉を開けた先――そこは暗闇が支配し、鼻を突く獣の臭気が充満した巨大な空間だった。奥には太い鉄格子が見える。
……ハッハッハッ。
至近距離から聞こえる、荒々しい息遣い。使用人は震える手で鍵穴に鍵を差し込み、ゆっくりと回そうとした。
その時。ポタッ、ポタッ、と、熱い液体が使用人の頭に落ちた。
恐る恐る視線を上げた先。
闇の中で金色に不気味に光る、巨大な二つの瞳が見下ろしていた。
「ヒィィィッ!!」
使用人が腰を抜かして、座り込んだ瞬間。凄まじい破壊音と共に鉄格子が弾け飛んだ。
恐怖に見開かれた瞳に映ったのは、二本足で立つ、岩山のような巨体。
裂けた口には鋭利な牙が並び、指先からはナイフのような爪が伸びている。
まさに規格外の怪物。その巨体が、日の光を遮るように不吉な影を落とした。
バルトロ邸の豪奢な玄関口。白亜の柱が並ぶその前に、教会の紋章が刻まれた重厚な馬車が静かに停まっていた。
バルトロは教会の審問官カシアンを前に、その弛んだ顔を屈辱と焦燥で赤黒く染めて怒鳴り散らしていた。
「実は最近、バルトロ氏。あなたの犯行を示唆する有力な証言があったのよ」
カシアンは涼しげな顔で、手にした扇をぱちりと閉じる。
「そんなものデタラメに決まっているだろう! どこのどいつだ、そんな根も葉もないことを言う馬鹿者は!」
「叔父上。教会の審問官にそんな口をきいて大丈夫なのかしら? 自警団とは比べものにならないくらい、教会は……“怖い”ところですわよ」
馬車の扉が開いた。ヴィクターにエスコートされ、一人の淑女が舞い降りる。
燃えるような赤いドレスに身を包み、宝石で着飾ったその姿は、紛れもなく社交界の華――ヴァリエール伯爵令嬢その人だった。背後には包帯を巻いたケインと、彼を支えるミケの姿も見える。
「セレナ……!」
バルトロは目を見開きセレナの名を呼んだ。
「この顔を知らないとは言わせませんよ」
セレナは優雅な所作をかなぐり捨て、左手に下げていた男を、襟を掴んだままバルトロの目前に突き出した。
「知らん」
バルトロの回答は、呼吸をするよりも早かった。
「……あ!?」
呆気に取られて声を漏らすセレナ。
「!」
何かに気が付いた表情のケインとミケ。
「!」
無表情を貫くヴィクター。
「!」
そして「やはり」といった表情のカシアン。
「なんだと、この豚。……よく見やがれ!」
バルトロの動揺の欠片すらない態度に、逆にセレナの方が激昂して詰め寄る。
「誰が豚だ! 知らんと言っておるだろう、そんな男!」
「闇ギルドのネビラよ」
カシアンが横から冷ややかに補足した。セレナが差し出したネビラの顔面は、原型を留めぬほどボコボコに腫れ上がり、親兄弟でも判別不能なほどの惨状になっていたのだ。
「叔父上、アンタが汚え仕事をさせてた男だよ」
猫を被るのをやめたセレナが、ドスの利いた声で再びネビラを突き出す。
「このネビラから話は全て聞いたわ。もう言い逃れはできないわよ」
カシアンの決定的な宣告に、バルトロの顔が引き攣った。
「くっ……ネビラめ、使えない男だ。だが、ここで終わるわけにはいかん!」
バルトロは血走った目を怪しく光らせ、狂ったように叫ぶ。
「お前らさえ黙らせれば、まだどうとでもなる。であえ――! であえ――! 一人も生きて帰すな!!」
屋敷の影、植え込みの陰から、武器を手にした私兵たちがゾロゾロと姿を現し、セレナたちを包囲した。
カシアンは手を前に突き出して言い放った。
「ふんっ、無駄な足掻きを。セレナさん、ケインさん、懲らしめてやりなさい」
「いや、お前も働けよ!」
セレナは掴んでいたネビラを馬車の中へ放り投げると、ドレスの裾を翻して拳を振るった。神の加護を宿した一撃を受けるたび、男たちは冗談のように空を舞い、噴水や壁に叩きつけられていく。
ミケは地を這うような低い姿勢で、男たちの間を俊敏に駆け抜け、撹乱する。
ケインがその剛剣で、体勢を崩した男たちをまとめて刈り取った。
ヴィクターは冷静に武器の軌道を読み、華麗な足技を急所に叩き込んでいく。
そしてカシアンもしなやかな動きで応戦する。だが、その攻撃がすべて相手の股間に突き刺さる光景は、敵味方問わず背筋を凍らせた。
「クソッ、どいつもこいつも役立たずばかりだ! おい、あの化物を連れてこい!」
バルトロが後ろに控えている使用人に命じる。
「し、しかしバルトロ様! アレは敵味方の区別もつかない怪物です、危険すぎます!」
「うるさい! このままではワシは破滅だ! 黙って早く連れてこい!」
狂乱する主人の命に押され、使用人は青ざめた顔で屋敷の地下へと走った。
息を切らせて重厚な扉を開けた先――そこは暗闇が支配し、鼻を突く獣の臭気が充満した巨大な空間だった。奥には太い鉄格子が見える。
……ハッハッハッ。
至近距離から聞こえる、荒々しい息遣い。使用人は震える手で鍵穴に鍵を差し込み、ゆっくりと回そうとした。
その時。ポタッ、ポタッ、と、熱い液体が使用人の頭に落ちた。
恐る恐る視線を上げた先。
闇の中で金色に不気味に光る、巨大な二つの瞳が見下ろしていた。
「ヒィィィッ!!」
使用人が腰を抜かして、座り込んだ瞬間。凄まじい破壊音と共に鉄格子が弾け飛んだ。
恐怖に見開かれた瞳に映ったのは、二本足で立つ、岩山のような巨体。
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