異世界最弱のニート様 敵は異世界最強の勇者様? 俺 死亡フラグ回避するために棚ぼた勇者めざします!

風まかせ三十郎

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第56話 激突 勇者の咆哮!

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「とうとう決着をつけるときが来たな。ずいぶん引っ掻き回されたが、自分さえ取り戻せば、わたしは決して負けはしない」

 勇者がアロンダイトを脇に構えた。
 左足を踏み出して、半身の姿勢を取ったとき、あいつの顔が苦痛に歪んだ。まだ怪我の痛みを引き摺っているようだ。
 俺もエクスカリバーを脇に構えた。そして犯人を追い詰めたハードボイルド脳筋探偵のごとくニヒルに笑ってみせた。

「俺の茶番に引っ掻き回されるようじゃ、まだまだ精神修行が足りないな。もう一度、修行し直して来い!」

 勇者が苦笑した。

「まさかニートに精神修行を諭されるとは……。エクスカリバー一本でこうも自信が持てるものなのか。おまえに数値だけでは計れない、真の実力を教えてやる」
「あっ、それ、俺の台詞だから。計算高いの、おまえの方だから。でもな、勇一。人生、計算でうまくいくなら、数学者や物理学者はみんな大金持ちだ。ついでに計算のできないルフィは連敗続きだ。おまえだってそうだろ? 自分の計算通りの人生を歩んでいると思ったら、いきなり毎度お馴染み暴走トラックに轢かれて、呆気なく御昇天だ。おまえ、頭がいいんだろ? お得意の計算で、カオス理論でも駆使して、事故を回避できなかったのかよ?」

 その直後、女神様を通じて、あいつの、佐藤勇一の現世最後の心象風景が俺の脳裏に流れ込んできた。
 
 下校時だろうか? あいつは生徒会役員と談笑しながら横断歩道の前に立った。一八〇センチの長身なだけに、頭一つ抜けた感じで、甘いマスクと相俟って、とにかくよく目立つ。
 横断歩道の向かいには、一人の中学生と思しき少女が立っていた。
 信号が青になった。
 少女が小走りに駆け出した。そのときあいつは見た。一台のトラックが減速せずに突っ込んで来るのを……。
 あいつは咄嗟に跳び出すと、恐怖で立ち竦んだ少女を突き飛ばして、自分が身代わりとなって、トラックに轢かれてしまった。
 
 バカだな、俺、他人の身代わりになって死ぬなんて。

 それがあいつの最期の呟きだった。
 意外だった。あいつが人様のために、まさか自己犠牲でお亡くなりになるなんて。

「おまえ、少しはいいとこあるんだな」
「あれを、俺の最期を観たのか?」
「ああ、ちょっと感動しちまったぜ。それだけ観てたら、おまえは間違いなくS級勇者だ。それを……」
「あれは気紛れだ。気紛れで助けたんだ。その気紛れで命を落とすんだから、俺はおまえ以上の大バカ野郎さ」

 勇者の唇から笑みが零れた。
 閉じた双眼を見開いたとき、そこに殺気の光が蘇った。
 
「構えろ、秀一。おまえを好敵手ライバルとして認めてやる。俺もハーケン・クロイツァーの名は捨てて、佐藤勇一として、おまえと闘ってやる」
「ふ~ん、そうか。よかったな、中二病が治って」
「……」

 一瞬、勇一の目が点になった。
 俺は構わずに続けた。
 
「いや、実はさ。俺も勇者に憧れてカイザー・デアフリンガーって名前考えていたんだけど。幼稚園の時に……。でも今はもう神能秀一でいいよ」
「最後まで油断ならぬやつ」

 勇一の目に妖しい光が宿った。
 アロンダイトを脇に構えると、「行くぞ、秀一!」そう叫んで走り出した。
 
「勇一、てめえ、叩き潰してやる!」

 俺も呼応するように、エクスカリバーを脇に構えて走り出した。
 互いに相手の目だけを見つめて、最速で突き進む。
 間合いを詰めると、俺と勇一は同時に跳ねた。
 俺は宙高く舞い上がると、エクスカリバーを上段へ振り被った。
 その爽快感! 充実感! 達成感! 
 これですべてが終わってもいいとさえ思った。
 燃え上がり、燃え尽きるのだ。真っ白に!

 その瞬間、俺は見た。
 傷付いた左足を庇うように、勇一は右足に重心を移動させた。そして踏み切ろうとした瞬間、その足下にあの青スライムが、母親を目の前で殺された小スライムが、地面から湧き出て勇一に踏み砕かれた。
 青い飛沫となって、砕け散った小スライム!
 勇一はバナナの皮を踏んだがごとく滑り、四つん這いに倒れ込んだ。

 クソッ!

 慌ててアロンダイト片手に立ち上がろうとするも、そのとき俺のエクスカリバーが、大空より勇一の頭目がけて打ち下ろされた。
 かろうじてアロンダイトで横一文字に受ける勇一。
 だが落下加速のついた俺のエクスカリバーは、勇一のアロンダイトを容易にへし折った。
 
 膨張した光球が弾け飛んだ。
 眼も眩むような火花が散って、耳をつんざくような金属音が炸裂して、俺は衝撃で弾き飛ばされた。
 地面に激しく叩き付けられた瞬間、衝撃の痛みに耐え兼ねて、しばらくの間動けなかったが、ようやく上半身を起こして勇一を見た。
 勇一は……、折れたアロンダイトを握り締めて佇んでいた。
 風にマントと長髪だけがなびいている。それだけが辛うじてあいつの命の鼓動を伝えてくれる。
 黒目を失った三白眼に、もはや生気はなかった。
 やがてあいつは前後にゆらゆらと揺らめくと、朽木のごとく倒壊した。

「勇一!」

 慌てて駈け寄って、あいつの身体に触れてはみたものの、それだけでは生きているのか、死んでいるのかもわからない。それでは手の施しようがない。
 
「女神様!」

 天空に佇む女神様向かって、俺は叫んだ。
 彼女の強力な治癒魔法によって、勇一を救うことを望んだのだ。
 が、女神様は首を横に振って、その要求を否定した。

「わたくしは勇一が滅することを望んでいます。従って、その要求を受け入れるわけにはいきません」
「そ、そんな……」

 背後から人影が射した。
 おねえさんだ。

「放っておけよ、そんなやつ。パトラや仲間を皆殺しにしたやつだぞ。助けてやる義理なんて、これっぽっちもねえさ」
「おねえさん」

 俺は絶句した。
 まさか、あの優しいおねえさんまで、勇一の救済を拒むとは。
 グズグズしてはいられない。
 俺は勇一の肩に手を回すと、あいつの身体を抱き起そうとした。

「おい、どうする気だ?」
「勇一を病院へ連れていきます。もし助かったら、その後、警察へ自主させます」

 おねえさんが俺の瞳を覗き込んだ。

「おまえ、そんなにそいつを助けてえのか?」
「ええ、救える限りは」

 おねえさんが肩でため息をついた。

「仕方ねえか、このお人好しが。どけ、あたしが治してやる」

 おねえさんが地面に横たわる勇一に治癒魔法を照射した。
 状況からして、どうやら命は取り留めたようだ。
 よかった、と安堵するには複雑な状況だけど。
 女神様が嘆息して呟いた。

「これで始末書一枚では済まなくなりました。でもあなたが望むのであれば、それは致し方のないこと。その想いを咎めようとは思いません。それに彼が改心してくれれば……」

 女神様が勇一をチラ見した。

「真のS級勇者として再起することも可能でしょ。熾天使してんし様方も、彼をお認めになるやもしれません」
「女神様……」
「では最後に秀一、あなたにご褒美を差し上げましょう。煉獄で与え忘れたS級資格スキルを、今、あなたに与えましょう!」
「えっ、俺がS級資格者!?」
「本来なら、あなたはそのような資格に相応しくはありませんが……。あの時はせいぜい鈴原由紀恵水着写真集くらいしか与える物はありませんでしたが、今回は曲がりなりにも使命を果たしましたので」

 俺は勇一に踏みしだかれて、青い粘液と化した青スライムの亡骸に目をやった。
 そして女神様を仰ぎ見た。

「では一つ、お願いがあります。俺を召喚士サモナーに、S級召喚士にしてください」
「なぜ、それを望むのです?」
「黄泉の国から召喚してやりたい連中がいるんです。そいつらを呼び戻せるほどの力を俺に与えて欲しいんです!」
「わかりました。では秀一、あなたをS級召喚士サモナーに任命します」

 直後、女神様の指先から淡い光が放たれた。
 自分に新たなる力が注ぎ込まれるのを、俺は全身で感じ取ることが出来た。
 儀式はたった十秒ほどで終わりを告げた。
 女神様が満足げにほほ笑んだ。

「では秀一、今後の活躍を期待します」

 そう言い残して、女神様は天空へ吸い込まれるように昇っていった。
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