【完結】婚約破棄された悪役令嬢は、一途な愛を注ぎこまれています。

秋月一花

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3章:竜の国 ユミルトゥス

留学準備 3話

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 ただ、私がユミルトゥスに留学すると知ったアレクシス殿下が『行かないでくれ、考え直してくれ』とすがりついてきたけれど、お兄さまには内緒にしておこう。

『フローラさまと、どうぞお幸せに』

 笑顔でそう言って、私は殿下との関係を完璧に終わらせた。

 フローラは現在、マダムからスパルタ王妃教育を受けているらしい。魅了の魔法を使えないように、魔封じのブレスレットを強制的にはめられているみたい。

 すべて、風の噂で聞いたこと。

 陛下たちにはアレクシス殿下しか子どもがいない。

 必然的に殿下が王太子であり、次期国王だとみんなが信じて疑わなかった。

 ところがこの騒動で、いろいろ城内も騒がしくなっているみたいだし?

 私はさっさと留学して、殿下たちのことを忘れる決意を固めたのよ。

 お兄さまがちょっとだけ離れて、肩に手を置き、顔を覗き込んでくる。

 そして、どこか安堵したように表情を緩めると、ポンと私の頭を撫でた。

「今度、なにかあったら遠慮なく俺を頼りなさい。そのために戻ってきたのだから」
「――え?」

 戻ってきた、とは?

 夏季休暇で帰ってきた、というわけではないの?

 お兄さまをじっと見つめると、彼はにこりと微笑んでぐっと親指を立てた。

「大学、スキップしてきた!」
「はい!?」

 なんということでしょう。

 いつの間にか、お兄さまは大学を卒業してきたようです。

 卒業式ってまだよね? びっくりして口を開けると、彼はただ優しく私の頭を撫でる。

「フィリベルト、だっけ。例のリディアに婚約を申し込んできた人」
「え、ええ。そのことも……ご存知なのですね」
「父上から聞いたよ。リディアが幸せになれるのなら、俺は応援するけれど……」

 そこで一度言葉を切り、お兄さまは白い歯を見せて、爽やかに次の言葉を紡いだ。

「もしもリディアを傷つけるなら、容赦しないと伝えておいてくれ」

 ……ゲームではちらっとしか出てこなかったから知らなかったけど、『私』の記憶がある今なら、はっきりと断言できる。

 ――キースお兄さまは兄バカであり、シスコンである、と。

「じゃあ、俺はこれから王城に行かないといけないから、これで。見送りできなくてすまない。今度、遊びに行くから待っていてくれ」
「はい、お待ちしております」

 もう一度私を抱きしめてから、キースお兄さまは部屋から去っていく。

 手を振りながらお兄さまを見送り、扉を閉めて背中をつける。

 苦笑を浮かべると、ローレンとチェルシーが「キースさまは相変わらずでしたね」と微笑んだ。

「キースお兄さまが帰ってきたのなら、お父さまは大丈夫そうね」
「はい。キースさまはきっと、そのために大学を卒業したのでしょう」

 スキップで大学を卒業するなんて、キースお兄さまって頭がいいのね。

 小さく息を吐き、ぎゅっと胸元で手を握る。

 迎えが来るまでもう少し。少しの不安と大きな期待。

 だって、ユミルトゥスは私にとって未知の世界。

 竜の国ってどういうことなのか、そして私はちゃんとそこで過ごせるのか……そんなことを考えていたら、どんどんと気持ちが沈んでしまう。

 留学するのが初めてだからかな?

 でも、その気持ちとは裏腹に、ユミルトゥスをこの目で見てみたいという気持ちと、新しい生活に対する期待を大きくて、不思議な感覚なの。

 それにしても、王城は今、大変なことになっているみたいだけど、お兄さまは大丈夫かしら。

「……なんて、考えてもらちが明かないわね。玄関にいくわ」

「はい、リディアお嬢さま」

 扉を開けて玄関まで足を進める。荷物はローレンとチェルシーが持ってくれた。

 玄関先まで移動すると、お父さまの姿が視界に入る。私に気づくと、まなじりを下げ柔らかく微笑む。

「お父さま、いつからここに?」
「……そろそろ時間だろう? ここで待っていたなら、必ずリディアに会えると思ったんだ」

 どうやら、見送りにきてくれたみたい。

 なんだか心が温かくなって、お父さまに駆け寄る。少し驚いたように目を瞠ったけれど、叱りはしなかった。

 アレクシス殿下の婚約者だったときは結構厳しくて、『次期王妃になるものが』なんて言われていたけれど……それももう、昔の話。
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