でんじゃらすでございます

打ち出の小槌

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第一章 呑んだくれの阿国

(二)邪鬼あらわる

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その里の入口では立波に月の旗を掲げた足軽どもがわらわらといる。そのうちの頭らしきものが息を切らせてきた。
しきりに村はずれを指さしている。
「そ、その先の古き寺でござる」
浜長は荒げたものいい。
「間八(かんぱち)、どうにかならぬのか」
「いや、尋常ではありませぬ。まさに憑きものと成られた」
「まこと、人も喰ろうたか」
「ひとをばらし、焼き、喰ろうたと」
「もはや、邪鬼めか」
狛犬眉が吊り上がる。ふと、浜守は声を和らげた。
「それで村のものはおびえておろう」
「我らで始末するゆえ案ずるなと、布令ておりまする」
ひとまず浜長はうなずく。
「さっさとかたづけねば。事が知れたら大将の本陣に呼ばれよう。もはや、問答無用で大波家も危うくなるかもしれぬ」
浜守が天を仰ぐ。
どこまでも雲がいっぱいで薄暗い。
「は・・浜安(はまやす)」
ふと白鈴の耳に止まった。
それに気づいたか浜守は辛い笑い。
「我が末の弟。ほれ、あの大屋根のところか。その寺でひとを喰ろうたとか」
「おのれという、ひとも喰らったね」
阿国はぽつり。
寺は林に囲まれていた。
林には不安げな村のものもいて指さしている。もくもくと黒煙が昇っていた。
四人は馬を降り木々の間からのぞいてみる。
大屋根の本堂があり、その境内では戸板やら薪やらがうず固く積まれ、ぼうぼうと燃えていた。肉も焼かれているのか油のにおいがきつい。
それは、ひとの肉片であろうか。
この、やらかした鬼はどこかとみると、笑い声が降ってきた。
「ひゃははっ。さあ、宴じゃ、宴。ともに肉を喰らおうか」
あろうことか、大屋根にどっぷりと血に染まる太刀を担ぎ、鎧は半分脱げたものがおどけている。そして屋根には幼子たちが上げられていた。
大波の足軽は弓をつがえつつも手を出しかねている。
瓦の上を、その浜安は飛び跳ねていた。
「さあ、放て、やれ、矢を射ってみよ」
おびえて、固まった子供を抱きかかえる。
「そら、芸をみせねば楽しゅうないぞ」
舌を打ち、浜長は間八に問うた。
「なぜ、ああいうふうになった」
「そも、我らの兵は出遅れておりました。というのも浜安さまが尻込みをされたのです。ところが勝ちと知れるや、とたんに手柄がいると浜安さまは、あの明海から高い銭で手に入れた秘薬を呑み、しばらくすると敵じゃ、敵じゃと騒ぎ始めたのです。まさに憑かれたように辺り構わず、あげくが、これでございます」
「あいつか、なにかにつけ、坊主がからむとこうなる」
「猛るという、秘薬さえ呑まねば」
浜守が悲しげにつぶやいた。
「臆病ゆえか」
脂臭さが漂う。もう肉は黒焦げになっていた。
「南無阿弥陀仏」
腹をくくった浜長の念仏ひとつ。
「呼んですまぬの。祓うどころではのうなった。退治せねばならぬ」
阿国と白鈴は顔を見合わした。
浜長は下知をした。
「屋根へ上がれ。もはや、あれはひとではない、即座に斬り捨てよ。童もひとり、ふたりなら、やむをえまい」
叫びがあった。
「なっ、なりませぬ」
真っ赤になった坊主が飛び込んでくる。
「お、和尚か。どうした」
慌てて間八が応じた。
「この寺の、山休と申しまする」
山休は声をふるわせた。
「童はなりませぬ」
「ひとり、ふたりは仕方なかろう」
「それが、ここでたまたま祝い事あり、方々の村から呼ばれたものであります。それが殺められたとなれば、もう、この里は抑えられませぬ」
「むう、のちに告げられるというか」
ぐいぐいと狛犬眉がくねる。
下知を引っ込めた。
「はて、さて、どうしたものか」
大屋根では、とうとう幼子が泣き出している。
「うえっ、泣くなっ。けっ、しらけちまった。えい、酔うか。なら酒だ、酒をもってこい。ついでに、酒とくれば女。女ももってこい」
白鈴はしかめっつらになる。阿国はなにやら含み笑い。
屋根の上では、さらに浜安がはしゃいでいた。
「ゆかい、ゆかい、昼の昼なかに酒くらい、寺の屋根で女と戯れる。いやはや、とんだ罰当りだあ。ひゃはっはは」
くっと浜守が弓を握るも、浜安は瓦の上をひょいひょい跳ねている。
「浜守さま」
「なにか、阿国」
「はい、そう、ひとつきいてくれませぬか」
「えっ、いまか」
「いま。ちょうど、そっくりの瓶を二つ。首の長いものがよろしい。そして小粒金をひとつ。用意してくださいませ」
浜守は首をひねる。
「これ、なにかある」
阿国はふふっと笑う。
「ふうむ。えい、他ならぬ阿国ならの」
間八にひとこと、ふたこと。間八も首をひねりながらも走っていった。
白鈴がそっと阿国に寄った。
「なに、やらかすの。危ないことじゃないだろうね」
「ちょいと、やらかす」
「あのね」
「なに、白鈴もそんな橋を渡ってきたろ」
白鈴が、はたとなった。
「あんた、薄々知ってたね」
「ほんの、うわべだけさ。こういう商売やってると馴染みから色々ねたがくる。あんたが唐では道教とやらのもので、なにやら逃げてきたこと。でも、どうでもいいことさ。うちらの一座はそういうのばっかだから。ただ骨婆さんのときから穏やかじゃなくなったね」
「まったく、ただの呑んだくれじゃないね」
白鈴は苦っぽく笑う。
「ちなみに、憑依というと、道教の術でもあるの」
「おや、なら、あれも」
阿国が大屋根を指す。
「それが、憑きもののにおいはしない」
「というと」
「薬だね。心が壊れたか」
「阿片、とやらか」
「そこまではわからない」
ふむと阿国は腕組み。
また、ひゃははと笑いがある。足軽や村のものはしきりに念仏を唱えていた。
「だから、この鬼は祓えない」
阿国はにんまり。
「いやさ、はなからお祓いはやらない」
その裾をひらりとはだけ、白い太ももをぺんと叩いた。
白鈴は目をぱちくり。
がらがらと積み重ねた戸板が崩れて、大きな音をたてた。炎のなかにひとらしき黒焦げのものがのぞく。三つ、四つとあった。咽るほどの臭いにおいが広がる。

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