10 / 21
第4章
レティア・モリガンのスクラップ・ブック
しおりを挟む
「これが、お約束のレティア・モリガンのスクラップ・ブックです」
カウンターに差し出された、灰色の表紙の本。
あいかわらず高貴にして高慢な顔をした男は、手荒く本を取り上げ、乱暴にぱらぱらとページをめくる。
鋭い眼差しが、ハーディに向けられた。
「――これが、レティア・モリガンのスクラップ・ブックか?」
「はい」
「本当に?」
嘘をつく必要はない。ハーディは、素直に答える。
「はい。そうです」
難しい顔でスクラップ・ブックをながめていた男は、唐突に尋ねた。
「これはどこで手に入れたものだ?」
「気になりますか?」
男のまなじりが吊り上る。ハーディは臆することなく、言った。
「入手経路を詳しくお話しすることはできません。ただ、ある女の子から、とだけお伝えしておきます」
「……女の子」
考え込んだ様子の男は、ややあって言った。
「手間をとらせたな。ありがとう」
「いえ」
「追加の代金は……」
「最初に買い取ったあれが、思ったより高値で売れましたのでけっこうです」
「そうか」
答えて男は背を向ける。出て行こうとした男の足が、ふと、止まった。
「そう言えば、常冬の女王というのが、どこにいるか知ってるか?」
「常冬の女王?」
ハーディは驚いたふりをして、こう答えた。
「ここから東に五ダリュコーほど先、氷宮殿にいるとされている女王ですね。もっとも、ぼくは会ったことがありませんけど」
「――そうか。邪魔したな」
今度こそ、男は出て行った。
「……ふー」
ハーディは大きなため息をつく。
待っていたように、エリーがひょいと顔をのぞかせた。
「お客さん、帰った?」
「――うん」
答えながら、ハーディは思った。
(珍しいな。エリーがお客さんに興味を持つなんて)
「あの本、持って行ったんだね」
「うん」
またまた珍しいことが起こった。エリーが商品に興味を持つとは。
「急にどうしたの?」
無邪気にエリーは答える。
「うん。あれ、存在分割法でできてたから。あれは親じゃなくて、分かれた方、つまり子どもだけど、ハーディがいつまでも持ってるのはどうかなーと思ってたからさ」
「存在分割法?」
聴き慣れない言葉を、ハーディはそのまま繰り返す。
「存在分割法――またの名を、集積極大魔法。もともとは魔力の少ない人間でも、魔術のストックを作れるように開発された魔法なんだけどね」
エリーは尋ねた。
「もっとも有名なのは、ブルウォングのバララカ・バルルカっていう大砲。知ってる?」
「うん」
約五百年前、ここから東にあるヴォルク・ジェーヤ大陸で使用された兵器の名前だ。七大国家の一つ、キン・エレフォンを滅ぼした『業火の夜』を起こしたとして悪名高い。
「バララカ・バルルカを例にとると、仕組みはこう。ある一つのアイテム――この場合は大砲だね。それに、あらかじめ存分割法をかけておく。それに、火の魔術、もしくは魔法を次々にかけていく。ある一定の魔力容量を超えると自然にアイテムそのものがコピーされ、それにさらに魔術、魔法をかけるということを繰り返していく」
ハーディの頭の中で、大砲がずらりと並んでいく。
「もちろん、コピーはコピーで単独での使用も可能なんだけど、この魔法が最大の威力を発揮するのは、それがもう一度、一つに戻ったとき」
「……」
「存在分割法の真の恐ろしさは、そこにある。一つに戻ったとき、その威力は単なる足し算ではなく、相乗効果。それゆえ、集積極大魔法と呼ばれる。――ただし」
エリーが困ったような顔で言った。
「あれは正直、よくわからない」
「わからない?」
エリーはうなずいて続ける。
「普通、存在分割法はある意図をもって、特定の属性、もしくは、特定の魔術を集めるんだ。さっき言ったバララカ・バルルカは火の魔術。これは明らかに相手を攻撃するためのものだけど、例えば、ロック・ウォールの魔術を込めれば、いざというときの防壁として使える。でも、あのスクラップ・ブックは違う。あれはね、『死ねてよかった』っていう思いを集めている本なんだ。だから、結果として集められている属性も魔術も、みんなバラバラ。一旦開法されると、どんな強力な魔術になるのか、威力も影響もまるで想像がつかない。だから、ハーディがあまり長く持っているのは、正直心配で」
ハーディは、ふと尋ねた。
「ねえ、エリー。もし、それの親を持っている子がいるとしたら、エリーならどうする?」
考える間もなく、エリーは言った。
「ぼくなら、うまいこと言って取り上げちゃうかな」
「その子に、スクラップ・ブックを開法するような力はないとしても?」
「……うーん」
困ったように首を傾げて、エリーは言った。
「あれが、不幸な人たちの一生をただながめるだけのために創った、そんな悪趣味な本だって言うなら、それでかまわないんだ。ただ、もしもっと違った意図が込められていたとしたら――とても、その子には止められないと思う」
エリーは、衝撃的な言葉を口にする。
「あれを創ったのは、多分人間じゃないと思うし。さっきのお客さんもそうだよね」
「――え?」
「気づかなかった? さっきのお客さん、精霊だよ」
「精霊? あれが?」
「うん」
スクラップ・ブックを調べた時の、男の、どこか不満げな様子を思い出す。
ハーディはおもむろに立ち上がった。
「ハーディ?」
「ぼく、ちょっと行ってくる」
やっぱり、まずい気がする。ミンディが心配だ。
「マドゥカ、エリー、留守番よろしくね」
入口にかけてあったコートを手にとる。急いでそれを羽織るハーディに、「あ、待って」とエリーが声をかけた。
「これ、念のために持って行って」
エリーが差し出した黄金色の本。そのタイトルは。
『召喚大全(モーメント)』
「ぼくが必要なときには、この本に向かってこう言って。『0 黒を纏(まと)う者』」
「――わかった」
本を懐にしまう。
降りしきる吹雪の中、ハーディは一歩を踏み出した。
カウンターに差し出された、灰色の表紙の本。
あいかわらず高貴にして高慢な顔をした男は、手荒く本を取り上げ、乱暴にぱらぱらとページをめくる。
鋭い眼差しが、ハーディに向けられた。
「――これが、レティア・モリガンのスクラップ・ブックか?」
「はい」
「本当に?」
嘘をつく必要はない。ハーディは、素直に答える。
「はい。そうです」
難しい顔でスクラップ・ブックをながめていた男は、唐突に尋ねた。
「これはどこで手に入れたものだ?」
「気になりますか?」
男のまなじりが吊り上る。ハーディは臆することなく、言った。
「入手経路を詳しくお話しすることはできません。ただ、ある女の子から、とだけお伝えしておきます」
「……女の子」
考え込んだ様子の男は、ややあって言った。
「手間をとらせたな。ありがとう」
「いえ」
「追加の代金は……」
「最初に買い取ったあれが、思ったより高値で売れましたのでけっこうです」
「そうか」
答えて男は背を向ける。出て行こうとした男の足が、ふと、止まった。
「そう言えば、常冬の女王というのが、どこにいるか知ってるか?」
「常冬の女王?」
ハーディは驚いたふりをして、こう答えた。
「ここから東に五ダリュコーほど先、氷宮殿にいるとされている女王ですね。もっとも、ぼくは会ったことがありませんけど」
「――そうか。邪魔したな」
今度こそ、男は出て行った。
「……ふー」
ハーディは大きなため息をつく。
待っていたように、エリーがひょいと顔をのぞかせた。
「お客さん、帰った?」
「――うん」
答えながら、ハーディは思った。
(珍しいな。エリーがお客さんに興味を持つなんて)
「あの本、持って行ったんだね」
「うん」
またまた珍しいことが起こった。エリーが商品に興味を持つとは。
「急にどうしたの?」
無邪気にエリーは答える。
「うん。あれ、存在分割法でできてたから。あれは親じゃなくて、分かれた方、つまり子どもだけど、ハーディがいつまでも持ってるのはどうかなーと思ってたからさ」
「存在分割法?」
聴き慣れない言葉を、ハーディはそのまま繰り返す。
「存在分割法――またの名を、集積極大魔法。もともとは魔力の少ない人間でも、魔術のストックを作れるように開発された魔法なんだけどね」
エリーは尋ねた。
「もっとも有名なのは、ブルウォングのバララカ・バルルカっていう大砲。知ってる?」
「うん」
約五百年前、ここから東にあるヴォルク・ジェーヤ大陸で使用された兵器の名前だ。七大国家の一つ、キン・エレフォンを滅ぼした『業火の夜』を起こしたとして悪名高い。
「バララカ・バルルカを例にとると、仕組みはこう。ある一つのアイテム――この場合は大砲だね。それに、あらかじめ存分割法をかけておく。それに、火の魔術、もしくは魔法を次々にかけていく。ある一定の魔力容量を超えると自然にアイテムそのものがコピーされ、それにさらに魔術、魔法をかけるということを繰り返していく」
ハーディの頭の中で、大砲がずらりと並んでいく。
「もちろん、コピーはコピーで単独での使用も可能なんだけど、この魔法が最大の威力を発揮するのは、それがもう一度、一つに戻ったとき」
「……」
「存在分割法の真の恐ろしさは、そこにある。一つに戻ったとき、その威力は単なる足し算ではなく、相乗効果。それゆえ、集積極大魔法と呼ばれる。――ただし」
エリーが困ったような顔で言った。
「あれは正直、よくわからない」
「わからない?」
エリーはうなずいて続ける。
「普通、存在分割法はある意図をもって、特定の属性、もしくは、特定の魔術を集めるんだ。さっき言ったバララカ・バルルカは火の魔術。これは明らかに相手を攻撃するためのものだけど、例えば、ロック・ウォールの魔術を込めれば、いざというときの防壁として使える。でも、あのスクラップ・ブックは違う。あれはね、『死ねてよかった』っていう思いを集めている本なんだ。だから、結果として集められている属性も魔術も、みんなバラバラ。一旦開法されると、どんな強力な魔術になるのか、威力も影響もまるで想像がつかない。だから、ハーディがあまり長く持っているのは、正直心配で」
ハーディは、ふと尋ねた。
「ねえ、エリー。もし、それの親を持っている子がいるとしたら、エリーならどうする?」
考える間もなく、エリーは言った。
「ぼくなら、うまいこと言って取り上げちゃうかな」
「その子に、スクラップ・ブックを開法するような力はないとしても?」
「……うーん」
困ったように首を傾げて、エリーは言った。
「あれが、不幸な人たちの一生をただながめるだけのために創った、そんな悪趣味な本だって言うなら、それでかまわないんだ。ただ、もしもっと違った意図が込められていたとしたら――とても、その子には止められないと思う」
エリーは、衝撃的な言葉を口にする。
「あれを創ったのは、多分人間じゃないと思うし。さっきのお客さんもそうだよね」
「――え?」
「気づかなかった? さっきのお客さん、精霊だよ」
「精霊? あれが?」
「うん」
スクラップ・ブックを調べた時の、男の、どこか不満げな様子を思い出す。
ハーディはおもむろに立ち上がった。
「ハーディ?」
「ぼく、ちょっと行ってくる」
やっぱり、まずい気がする。ミンディが心配だ。
「マドゥカ、エリー、留守番よろしくね」
入口にかけてあったコートを手にとる。急いでそれを羽織るハーディに、「あ、待って」とエリーが声をかけた。
「これ、念のために持って行って」
エリーが差し出した黄金色の本。そのタイトルは。
『召喚大全(モーメント)』
「ぼくが必要なときには、この本に向かってこう言って。『0 黒を纏(まと)う者』」
「――わかった」
本を懐にしまう。
降りしきる吹雪の中、ハーディは一歩を踏み出した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる