BUDDY-0-

TERRA

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不完全な世界の中で

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刑部は、資料室の古びたキャビネットに手を伸ばしていた。
年季の入った引き出しを引くと、中には過去十年分の未解決事件や不起訴処分となった性犯罪の記録が無造作に綴じられている。
薄汚れたファイルの背表紙には、見慣れた事件番号が並んでいた。

彼は椅子もない狭い空間に腰を下ろし、一冊ずつ手に取っては内容を精査していった。
数十件、いや百件近くに及ぶ案件を前に、時間の感覚は次第に失われていく。
だが彼は止まらなかった。
そこに何かがあるという直感だけが、手を動かす原動力になっていた。

不起訴、執行猶予付きの判決。
何度も目にする語句があった。
どれも証拠不足、被害者側の証言の曖昧さ、あるいは加害者の社会的地位や若年性を理由とした情状酌量。
裁かれたとは言い難いまま、法の網をくぐり抜けた者たち。

刑部は蛍光ペンでいくつかの名前に印を付ける。
すると、一見無秩序に見えたその配置が、あるパターンに薄く収束しているように思えた。
都市部から郊外へ、そしてまた都市へ戻る緩やかな波。

「点と点が、ゆるやかに連なっている……?」
刑部は資料を抱えて部屋を出た。
オフィスに戻る途中、廊下で顔見知りの若手刑事とすれ違う。
「刑部さん、今日も資料室ですか? 何か掘り出し物でも?」
「いや。十年分のゴミの中に、誰かが落としたお宝が混ざってるかもしれんからな。」

冗談めかして答えつつも、内心は張り詰めていた。
この手応えは、単なる偶然ではない。そんな確信があった。

その夜、刑部は退勤後に、たある場所に向かった。
行き先は都内の歓楽街にある古びたスナックの裏口。
かつて暴力団の下っ端だった男。
馴染みの情報屋がいる場所だ。
狭いバックルームに通されると、男は細い目を更に細めて迎えた。

「旦那がここに来るなんて珍しいな。俺なんかに何の用で?」
「失踪者を探してるんだ。どれも性犯罪歴持ちだ。」
情報屋は一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに薄く笑う。

「探す価値もない連中だなぁ。……何を調べてほしいんだい?」

「そういった連中を消して回っている奴の情報はないか?」
「さぁ?ただ、ソイツは組織ぐるみってわけじゃないと思うぜ?こっちにはそういう情報はないってない。」

刑部はその言葉に、口を閉ざした。
整理されすぎている。
それがここ最近の失踪の特徴だ。
暴力団やトラブルの痕跡が一切ない。
スマホも通帳も、行動履歴も完全に断ち切られている。

「何か聞いたらすぐ連絡をくれ。」
情報屋は煙草に火をつけながら、苦笑交じりに頷いた。
「……旦那、また危ないヤマに首突っ込んでるみたいだな。」

刑部はその言葉に答えず、薄暗い裏路地を出た。
夜の街の雑踏の中、彼は携帯を取り出して一人の前科者に連絡を入れた。
数年前に強姦未遂で逮捕されたが、示談で不起訴になった男。
今は更生施設にいるという話だった。

非公式に動く。
手続きも報告も挟まない。
だが、真実に辿り着くには、そうするしかないと感じていた。

すべての点が、ゆるやかに線になる。
誰かが何かの意志で裁きを下している。
法では届かない何か。
その正体を、刑部はまだ知らない。

だが、その名もなき連鎖は、すでに始まっていた。
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