BUDDY-0-

TERRA

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不完全な世界の中で

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冷たい朝靄の中、刑部は人気のない道を一人歩いていた。
白崎裁を追いはじめてから、もうどれほどの時間が経っただろう。
張り込み、尾行、情報収集。だが、そのどれもが徒労に終わった。
白崎は完璧すぎた。
近隣住民への聞き込みでも、彼に対する悪印象は一切なかった。
口を揃えて語られるのは「礼儀正しい青年」「清潔感がある」「人当たりが良い」といった言葉ばかり。
弁護士としての立ち振る舞いも申し分なく、職場や取引先においても小さなミスひとつ報告されていない。
彼はまるで、社会そのものに完全に擬態しているようだった。

その実態に手をかけることができないまま、刑部の内側には重く鈍い焦燥が沈殿していた。
かすかな違和感が確かにある。
だが、それを裏づける証拠も、確信をもたらす動機も見つからない。
白崎はあまりにも整いすぎていたのだ。

一方その頃、山奥のロッジでは、黒川が壁にもたれながら深い呼吸を繰り返していた。
誰もいない地下室。
冷たい空気。
床に落ちた錆びついたチェーン。
消えた人の声。
黒川の精神は、限界に近づいていた。

「……もう、やめたい。」
彼の声は掠れていた。
ロッジの壁に背を預け、暗い天井を見上げる。
その表情には疲労と困惑、そして微かな哀しみが滲んでいた。
狂気に片足を突っ込みながらも、黒川はまだ日常への未練を捨てきれずにいた。

それを聞いた白崎は、わずかに視線を落とし、静かに頷いた。
「そうか。」

声にはいつもの冷静さがあった。
激情も憎悪もない。
そこにあったのは、ただ徹底した合理と計画の終端だった。
黒川は何も問わず、ただその言葉を飲み込んだ。

その夜、ロッジには火が入れられた。
乾いた木材が弾ける音と、灯油の匂い。
地下室に残された拘束具、薬品、道具。
それらはすべて、炎の中で一瞬にして記録を失った。
白崎は言葉も残さず姿を消した。

どこへ向かったのか、黒川にも告げられていない。
ただ、あの整った顔が最後に見せたわずかな微笑だけが、黒川の記憶に焼きついていた。

翌朝、刑部は情報を頼りに山へ急行した。
彼の前に現れたのは、焼け焦げたロッジの跡地と、一台の古びた白いバンだった。
ナンバープレートは外され、車内にはナビもドライブレコーダーも残っていない。
地面には足跡がいくつも入り混じり、夜の雨に洗い流された痕跡だけがかすかに残っていた。

刑部は焼け跡に立ち尽くした。
一足遅かった。
証拠は消えた。
人影もない。
燃え尽きたロッジの焦げた柱の隙間から、ただ灰だけが風に舞っていた。
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