黄泉ノ彼岸葬儀店

TERRA

文字の大きさ
2 / 97
EP.1Tempus Mortuum(死せる時)

2

しおりを挟む
雨は止んでいたが、街はまだ濡れていた。  
石畳に残る水たまりが、白熱灯の光をぼんやりと反射している。  

「黄泉ノ彼岸」と書かれた葬儀店の看板が、静かな住宅街の一角に佇んでいた。  
人通りはほとんどなく、店の周囲には静寂が漂っている。  

棺は店の前で足を止めた。  
雨で濡れたシャツが肌に張り付いているのを気にしながら、店の扉を押し開ける。  

店内は薄暗く、奥の部屋からかすかな灯りが漏れていた。  
黄泉が先に進み、棺はその後を追う。  

奥の部屋には白い布に包まれた遺体が横たわっていた。  
その周囲には、葬儀の準備に使われる道具が整然と並んでいる。  

黄泉は遺体の横に立ち、手際よく化粧道具を取り出した。  
棺はその隣で、慣れない手付きで化粧用のスポンジを握りしめている。  

「まだ一人で仕事任すのは早かったみたいだねぇ」  
黄泉が軽く笑いながら言った。  

棺は眉をひそめ、スポンジを動かす手を止めた。  
「俺のせいで…あの人……彼岸に渡れなかったの?」  

黄泉は肩をすくめた。  
「仕方ないさ。俺だって毎回送れるわけじゃないし」  

棺は黄泉の言葉に驚いたように顔を上げた。  
「そうなの?…でも、黄泉はいっつも余裕そうだし……」  

黄泉は遺体の顔に化粧を施しながら、ふっと息を吐いた。  
「余裕に見えるだけさ。ほら、次は俺がお前のサポートするよ」  

棺は戸惑いながらスポンジを置いた。  
「えっ…?って……この人の?」  

黄泉は遺体の横に立ち、白い布を少しだけめくった。  
台の上に横たわるのは鋼田走。  
バス運転手だった男の顔は静かに眠っているようだった。  

棺はその顔を見下ろし、深く息を吐いた。  
黄泉は棺の肩を軽く叩き、にやりと笑った。  
「ほら、行こうぜ」  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

没落貴族か修道女、どちらか選べというのなら

藤田菜
キャラ文芸
愛する息子のテオが連れてきた婚約者は、私の苛立つことばかりする。あの娘の何から何まで気に入らない。けれど夫もテオもあの娘に騙されて、まるで私が悪者扱い──何もかも全て、あの娘が悪いのに。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―

くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。 「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」 「それは……しょうがありません」 だって私は―― 「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」 相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。 「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」 この身で願ってもかまわないの? 呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる 2025.12.6 盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~

白亜凛
キャラ文芸
ときは平安。 ひっそりと佇む邸の奥深く、 祓い姫と呼ばれる不思議な力を持つ姫がいた。 ある雨の夜。 邸にひとりの公達が訪れた。 「折り入って頼みがある。このまま付いて来てほしい」 宮中では、ある事件が起きていた。

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

処理中です...