黄泉ノ彼岸葬儀店

EP.5闇の書Scriptum Tenebris

6

書斎は、静寂を失っていた。  
空間が歪み、賞状やトロフィーがひび割れ、壁には黒い靄が滲み出ている。  

デスクの上では、タイプライターが異常な速度で文字を刻み続けていた。  
『私は正しい。私は偉大だ。私は世界を導く。』
その活字が次々と紙へと刻まれ、巻き散らかされていく。  

しかし、それを証明する者はもういない。  
誰も彼の言葉を信じる者はいない。  

黄泉は軽く舌打ちをした。  
「思った通り、こじらせてるな。」  

墨川権三郎は、黒い靄に包まれながら、王座に深く沈んでいた。  
その椅子は、もはやただのオフィスチェアではない。  
巨大な獣の彫刻が彫られ、背もたれは異常に高く伸び、  
その全体が、まるで王の玉座のような威圧感を放っていた。  

彼の目は光を失い、影が蠢いている。  
そして、ゆっくりと立ち上がった。  

「貴様ら……私を否定するつもりか。」

その声は、低く、うねり、部屋全体を震わせた。  
タイプライターの音がさらに異常な速度で鳴り響き、床がかすかに揺れる。  


次の瞬間。  

墨川の影が爆発的に広がり、書斎の空間を侵食する。  

黒い靄が書斎の壁を飲み込み、窓の外には何もない虚無が広がった。  
空間が収縮し、賞状の文字が歪みながら黒く染まり、意味を失っていく。  

「私は正しい！」  
墨川が叫んだ。  

その瞬間、王座の両側から巨大な腕が伸び、  
墨川の影の触手が床から飛び出して黄泉と棺へ向かって襲いかかった。  

「ちっ！」  
黄泉は即座に 「影渡り」 を発動し、影の中へと滑り込む。  

次の瞬間、彼は部屋の天井に移動していた。  
逆さになりながら、軽く指を鳴らした。  
「随分と正しさを押し付けてくるじゃねぇか。」  

棺はその場で息を呑み、瞬時に動く。  
影の腕が床を突き破る寸前、彼は無意識に身体を反転させ、背後へと飛び退いた。  

黄泉はそれを見て、薄く笑った。  
「お前、逃げるのだけは上手いな。」  

棺は息を整えながら、視線を鋭くする。  
「……これは普通じゃないな。」  

黄泉は軽く笑いながら 「渦喰らい」を発動した。  

黒い靄が巻き込まれ、書斎の空間の端に引き裂かれる。  
しかし、墨川はさらに影を広げ、タイプライターの音が凶暴なリズムを刻み始める。  

『私は正しい。私は正しい。私は正しい。』
その言葉が空間にこだましながら、さらに歪んでいく。  

「義務も果たしていない分際で権利を主張するな！」  
墨川が狂ったように叫び、影の触手が増幅していく。  

黄泉は軽く舌打ちをした。  
「正しさが影になるとはな。こりゃまた面倒な亡霊だ。」  

棺は無言でその場を見つめている。  

黄泉は棺へ軽く視線を向け、薄く笑った。  
「棺、悪霊と直接やり合うのは初めてだろ？大丈夫か？」  

前回悪霊に追いかけられた時は逃げ惑うばかりだった。
しかし棺はわずかに息を飲み、影の動きが読めるような感覚を覚えた。  

「……分かんない。でも……動けるようにはなってきたかも。」  

黄泉は軽く肩をすくめる。  
「なら、逃げるのだけは頑張れよ。」  

次の瞬間。  

墨川の王座が完全に崩れ、悪霊が新たな形へと変異した。