黄泉ノ彼岸葬儀店

EP.7幕が下りる時Curtain Call

5

夜の稽古部屋は静かだった。  

壁際の鏡には、ひとり殺陣の練習に励む女優の姿が映っている。  

彼女はラフなレッスン着に身を包み、無駄のない動きで刀を振るっていた。  
足さばきは軽やかで、刃の軌跡は鋭い。  

棺と黄泉は、その様子を遠巻きに見守っていた。  

この記憶の中の彼女には、彼らの存在は見えていない。  
精神世界のこの瞬間。
彼女はただ、ひたすら稽古に集中していた。  

「……流せるの？」  

ふと、棺が小声で尋ねる。  

黄泉は目を細め、稽古場の空気をゆっくりと感じるようにしながら答えた。  

「今考えてる。」  

普段の飄々とした態度とは違い、どこか真剣な声音だった。  

棺はそれを聞きながら、改めて考える。  

幽霊の演技をどうやって「観客に見せる」のか。
その方法が思いつかず、未練の解決ができる気がしない。  

その為、彼はここまで「死因の解明」にばかり意識を向けていた。  
だが、果たしてそれが正しいのか。  

その時、扉が静かに開いた。  

明美が稽古場へと入ってくる。  

「今の……すごく良かった。」  

彼女は女優の近くまで歩み寄り、心からの賞賛を口にした。  

妃は息を整えながら、ふっと笑う。  
その笑顔には、どこか柔らかい親しみが滲んでいる。  

二人の間には、言葉では表せないような、穏やかな空気が流れた。  

「ようやく形になりそうね。」  

妃は何気なく言いながら、刀を軽く回す。  

「すごく綺麗だった。あなたの剣捌き、完璧よ。」  

明美がそう言うと、妃は小さく肩をすくめる。  

「まだ満足はできないけどね。」  

友人同士の飾らない言葉。  
それは特別なものではないが、二人の間に確かな信頼があった。  

そして、彼女たちはどちらともなく微笑み合う。  

「そろそろ帰ろうか。」  

明美の言葉に、妃は静かに頷く。  

その瞬間。

二人は、自然に唇を重ねた。  

棺はそれを見て、思わず息を飲む。  
「……え。」  

予想していなかった光景に、言葉が詰まる。  

だが、黄泉は違った。  

その様子を見た途端、彼は微かに口角を上げた。  

何かを思いついたように、静かに目を細める。  

そして、夜の稽古場に、殺陣の練習の余韻だけが静かに漂っていた。