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暑い夏の日
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君が死んだのは、暑い夏の日だった。
全くもって、健康体の君は……特に悪い病気でもなく。 ただ、呆気なくこの世から去ってしまった。
――君の居なくなった教室は、一時の寂しさが流れた。
君の死因にたいして、憶測する人も多かった。 交通事故に遭っただとか、火災に巻き込まれただとか……そんな下らない憶測が、常に僕の耳に届いていた。
それでも、君が自ら命を捨てるような人だとは誰も言わなかった。 僕もそれに同意見だった。
葬儀の場で、僕は君に向けて、献花を差し出す。 読経は、間も無く終わりに差し掛かり、痺れる足も、詰まる息もほっとしたように解けた。
――僕は、君のことは知らないけれど、何故か君の葬儀への招待状を受け取ってしまったから。 来るより他なかった。
僕は、窓際から常に外を眺めていたから、君の顔すら見たことがない。
君の安らかな顔を見て、始めてこの時、君が整った顔をしている事を知った。
誰一人、君の死因を知らない。 故に、僕もまたそれがとても気になったから、この葬儀に参列したのだった。
何故、僕のもとにその手紙が届いたのか、今でも不明だ。興味すら持たなかったのだから。
君の痕跡を探して、町を練り歩く。 おしゃれなカフェ、君のお気に入りだという靴屋さん。 花壇の下から、公園のブランコの端まで覗いて、君が何を考えて、どこに向かっていたのかを探してみた。
どうやら、君は僕と同じ人間で、大層な功績をあげたわけでもなく、ただ人より少しだけ整った顔で、世渡りが上手だっただけなのだと、ふと思った。
――何故だろうか。
生きているときは、全くもって興味のない存在だったのに。 今はこんなにも興味をそそられるのは。
別に、前世の恋人だとか、異世界で仲間だったとか、そんなファンタジーなことは全く信じていない。
ただ、何故だかこのまま忘れてしまうのは勿体ないと思ったのだ。
僕は、招待状と一緒に添えられていた手紙に目を向ける。 彼の親族が言うには、彼の字で間違い無いそうだ。
彼はそれを小さな剥き出しの箱にいれ、僕の名を、箱に書いていたという。
たった一枚だけ、それも、たった一言。
「君の世界は完璧だ」
書かれてるのは、それだけだった。
全く、意味が分からない。 誰もが自分の世界を完璧だと思っているし、僕はそれを誰かに見せたことも、押し付けた事もない。
それでも、このちぎられたノートの切れはしに書かれたメモにはそう書いてある。
僕は答えを求めたが、すっかりその気がなくなって、いつもの公園のベンチに座った。
家に帰るまえに、ここで必ず一息ついてからノートに今日あったこと、そして、誰にも知られずにひっそりと物語を書いていた。
ふと、草の影に何か小さな箱が置かれているのを目にして、何気なしに開けてみた。
不思議だった。 そこには何度も破った後のあるノートの切れ端が詰められていた。
まるでパズルのように、散らばったそれを書きあつめて、一枚一枚丁寧に繋げてみた。
ノートにはこう書かれていた。
『悪いことだとは思っていた。 でも、君の世界を、その物語を覗かずには居られなかった。
ここは、俺の家でもあり、窓を開ければすぐに君が見えたからだ。 でも、声をかけることは出来なかった。
その美しい物語を、止めてしまうのではないか、と不安になったから。
ある日、俺の寿命が間も無く終わることを知った。 だからこそ、君に自分の思いを伝えることはしなかった。
いつか、君の物語が完成したら……俺はその世界の住人になりたい……なぜなら…………から。』
僕は、恐る恐る……ポケットの中にしまいこんだ切れ端を空いた部分に繋げた。
『いつか、君の物語が完成したら……俺はその世界の住人になりたい……なぜなら……君の世界は完璧だから。 』
安らかな君の顔を思い浮かべ、僕は涙が溢れて止まらなかった。 大声で泣き叫ぶ僕を見て、他の人が驚くのも気にしなかった。
「どうして……そんなの、生きているときに言えば良かったのに……!!」
僕はそのノートを全て集めて、家に持ち帰り、端から端までテープで繋いだ。
たった1つの物語だった。
僕はそれを、僕の物語の一部としてしまいこんだ。
――君が、僕のお話の最後の住人になったのは……君のためじゃなくて、僕のためだったと、僕はここに刻んで、この物語は幕を閉じよう。
―完―
全くもって、健康体の君は……特に悪い病気でもなく。 ただ、呆気なくこの世から去ってしまった。
――君の居なくなった教室は、一時の寂しさが流れた。
君の死因にたいして、憶測する人も多かった。 交通事故に遭っただとか、火災に巻き込まれただとか……そんな下らない憶測が、常に僕の耳に届いていた。
それでも、君が自ら命を捨てるような人だとは誰も言わなかった。 僕もそれに同意見だった。
葬儀の場で、僕は君に向けて、献花を差し出す。 読経は、間も無く終わりに差し掛かり、痺れる足も、詰まる息もほっとしたように解けた。
――僕は、君のことは知らないけれど、何故か君の葬儀への招待状を受け取ってしまったから。 来るより他なかった。
僕は、窓際から常に外を眺めていたから、君の顔すら見たことがない。
君の安らかな顔を見て、始めてこの時、君が整った顔をしている事を知った。
誰一人、君の死因を知らない。 故に、僕もまたそれがとても気になったから、この葬儀に参列したのだった。
何故、僕のもとにその手紙が届いたのか、今でも不明だ。興味すら持たなかったのだから。
君の痕跡を探して、町を練り歩く。 おしゃれなカフェ、君のお気に入りだという靴屋さん。 花壇の下から、公園のブランコの端まで覗いて、君が何を考えて、どこに向かっていたのかを探してみた。
どうやら、君は僕と同じ人間で、大層な功績をあげたわけでもなく、ただ人より少しだけ整った顔で、世渡りが上手だっただけなのだと、ふと思った。
――何故だろうか。
生きているときは、全くもって興味のない存在だったのに。 今はこんなにも興味をそそられるのは。
別に、前世の恋人だとか、異世界で仲間だったとか、そんなファンタジーなことは全く信じていない。
ただ、何故だかこのまま忘れてしまうのは勿体ないと思ったのだ。
僕は、招待状と一緒に添えられていた手紙に目を向ける。 彼の親族が言うには、彼の字で間違い無いそうだ。
彼はそれを小さな剥き出しの箱にいれ、僕の名を、箱に書いていたという。
たった一枚だけ、それも、たった一言。
「君の世界は完璧だ」
書かれてるのは、それだけだった。
全く、意味が分からない。 誰もが自分の世界を完璧だと思っているし、僕はそれを誰かに見せたことも、押し付けた事もない。
それでも、このちぎられたノートの切れはしに書かれたメモにはそう書いてある。
僕は答えを求めたが、すっかりその気がなくなって、いつもの公園のベンチに座った。
家に帰るまえに、ここで必ず一息ついてからノートに今日あったこと、そして、誰にも知られずにひっそりと物語を書いていた。
ふと、草の影に何か小さな箱が置かれているのを目にして、何気なしに開けてみた。
不思議だった。 そこには何度も破った後のあるノートの切れ端が詰められていた。
まるでパズルのように、散らばったそれを書きあつめて、一枚一枚丁寧に繋げてみた。
ノートにはこう書かれていた。
『悪いことだとは思っていた。 でも、君の世界を、その物語を覗かずには居られなかった。
ここは、俺の家でもあり、窓を開ければすぐに君が見えたからだ。 でも、声をかけることは出来なかった。
その美しい物語を、止めてしまうのではないか、と不安になったから。
ある日、俺の寿命が間も無く終わることを知った。 だからこそ、君に自分の思いを伝えることはしなかった。
いつか、君の物語が完成したら……俺はその世界の住人になりたい……なぜなら…………から。』
僕は、恐る恐る……ポケットの中にしまいこんだ切れ端を空いた部分に繋げた。
『いつか、君の物語が完成したら……俺はその世界の住人になりたい……なぜなら……君の世界は完璧だから。 』
安らかな君の顔を思い浮かべ、僕は涙が溢れて止まらなかった。 大声で泣き叫ぶ僕を見て、他の人が驚くのも気にしなかった。
「どうして……そんなの、生きているときに言えば良かったのに……!!」
僕はそのノートを全て集めて、家に持ち帰り、端から端までテープで繋いだ。
たった1つの物語だった。
僕はそれを、僕の物語の一部としてしまいこんだ。
――君が、僕のお話の最後の住人になったのは……君のためじゃなくて、僕のためだったと、僕はここに刻んで、この物語は幕を閉じよう。
―完―
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