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第二章:恋心の芽生えと宮廷の陰謀編
第12話「宮廷の陰謀」
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月日は流れ、アウレリアは十七歳になっていた。
かつての愛らしい少女は、今や国中の誰もが振り返るほどの美貌と、王族としての威厳を兼ね備えた女性へと成長していた。
次期女王としての資質は十分。
だが、その輝きが増せば増すほど、影で蠢く者たちの焦りもまた、頂点に達しようとしていた。
「―――陛下。もはや、猶予はありませぬぞ」
王宮の会議室。
重苦しい空気の中、第一宰相の座を追われたマルバス侯爵が、テーブルを叩かんばかりの勢いで国王アルノーに詰め寄っていた。
「あのアウレリア姫様の心酔ぶり……あれは異常です! まさに魔女の傀儡! このままでは、この国は名実ともに魔女に乗っ取られますぞ!」
周りに座る保守派の貴族たちも、口々に同調する。
「そうです! 姫様はまだお若い。魔女の甘言に騙されているのです!」
「我らが救い出さねば、王家の血統が絶えまする!」
国王アルノーは、眉間に深い皺を寄せて溜息をついた。
「だがなぁ、マルバスよ。ドミナ殿のおかげで国が富んでいるのも事実。それに、アウレリア自身があの方を慕っているのだ。無理に引き離せば、姫が悲しむ」
「陛下! 甘いことを仰っている場合ですか!」
マルバス侯爵は、懐から一枚の書状を取り出し、バシッとテーブルに叩きつけた。
「これをご覧ください」
「……なんだ、これは?」
「隣国、フェルム王国のジュリアン王子からの縁談の申し込みでございます」
「縁談……?」
アルノーが目を丸くする。
「ジュリアン王子といえば、文武両道の誉れ高いお方。アウレリア姫の伴侶として、これ以上の適任はおりますまい!」
「し、しかし……」
「フェルム王国との結びつきが強まれば、もはや魔女の力など不要! 姫様を魔女から引き離し、真っ当な人間の幸せを与える……これぞ、親としての務めではありませんか!?」
マルバスの言葉は、巧みに王の親心を突いた。
確かに、魔女と人間の寿命は違う。
娘には、普通の人間としての幸せがあるのではないか――王の心に、迷いが生じる。
「……ううむ」
「善は急げです。すでに王子は、数日後に我が国を訪問する手はずとなっております」
「なっ、勝手なことを!」
「すべては国のため! 魔女に知られる前に、既成事実を作ってしまうのです!」
熱弁を振るう貴族たち。彼らは知らなかった。
その会話のすべてが、部屋の隅にある装飾用の壺に仕掛けられた『聴覚共有』の魔法を通じ、ある人物の耳に筒抜けであることを。
同時刻。宰相執務室。
ドミナは優雅に紅茶のカップを傾けながら、
その美しい顔に冷笑を浮かべていた。
「(なるほど。縁談、か)」
カチャリ、とソーサーにカップを戻す音が、
静寂な部屋にやけに大きく響く。
「(私のアウレリアに、どこの馬の骨とも知れぬ男をあてがう、と)」
ドミナは立ち上がり、窓ガラスに映る自分の顔を見た。真紅の瞳は、見たこともないほど冷たく、昏い光を宿している。
「(親心を利用したつもりだろうが……愚かな)」
ドミナにとって、アウレリアはこの世で唯一無二の存在。数百年かけてようやく見つけた魂の半身。それを、「魔女だから」という理由で奪おうとする害虫たち。
「―――ドミナ様?」
不意に、執務室の扉が開いた。アウレリアだ。
彼女は何も知らず、いつものように花のような笑顔で入ってきた。
「お疲れ様です。あのね、また新しいお菓子を焼いてみたの! 今度は焦がさなかったよ?」
手に持った籠には、少し形の歪なクッキーが入っている。その無邪気な姿を見た瞬間、ドミナの瞳から険しい色が消え去った。
「……ああ、アウレリア」
ドミナは歩み寄り、アウレリアを強く、強く抱きしめた。
「え? ド、ドミナ様……?」
「いい匂いです。…誰にも、渡したくありませんね」
ドミナの腕に力がこもる。
アウレリアは戸惑いながらも、嬉しそうにドミナの背中に手を回した。
「ふふ、私はどこにも行きませんよ? ドミナ様のものだって、言ったでしょう?」
「……ええ。そうでしたね」
ドミナはアウレリアの耳元で囁き、その背後――壁の向こうにいるであろう「害虫」たちに向けて、音のない殺意を放った。
「(私の愛しいお姫様。あなたを奪おうとする愚か者には……相応の『教育』が必要ですね)」
アウレリアの美しい銀髪に口づけを落としながら、ドミナは静かに決断を下した。
排除の時は、来た。
かつての愛らしい少女は、今や国中の誰もが振り返るほどの美貌と、王族としての威厳を兼ね備えた女性へと成長していた。
次期女王としての資質は十分。
だが、その輝きが増せば増すほど、影で蠢く者たちの焦りもまた、頂点に達しようとしていた。
「―――陛下。もはや、猶予はありませぬぞ」
王宮の会議室。
重苦しい空気の中、第一宰相の座を追われたマルバス侯爵が、テーブルを叩かんばかりの勢いで国王アルノーに詰め寄っていた。
「あのアウレリア姫様の心酔ぶり……あれは異常です! まさに魔女の傀儡! このままでは、この国は名実ともに魔女に乗っ取られますぞ!」
周りに座る保守派の貴族たちも、口々に同調する。
「そうです! 姫様はまだお若い。魔女の甘言に騙されているのです!」
「我らが救い出さねば、王家の血統が絶えまする!」
国王アルノーは、眉間に深い皺を寄せて溜息をついた。
「だがなぁ、マルバスよ。ドミナ殿のおかげで国が富んでいるのも事実。それに、アウレリア自身があの方を慕っているのだ。無理に引き離せば、姫が悲しむ」
「陛下! 甘いことを仰っている場合ですか!」
マルバス侯爵は、懐から一枚の書状を取り出し、バシッとテーブルに叩きつけた。
「これをご覧ください」
「……なんだ、これは?」
「隣国、フェルム王国のジュリアン王子からの縁談の申し込みでございます」
「縁談……?」
アルノーが目を丸くする。
「ジュリアン王子といえば、文武両道の誉れ高いお方。アウレリア姫の伴侶として、これ以上の適任はおりますまい!」
「し、しかし……」
「フェルム王国との結びつきが強まれば、もはや魔女の力など不要! 姫様を魔女から引き離し、真っ当な人間の幸せを与える……これぞ、親としての務めではありませんか!?」
マルバスの言葉は、巧みに王の親心を突いた。
確かに、魔女と人間の寿命は違う。
娘には、普通の人間としての幸せがあるのではないか――王の心に、迷いが生じる。
「……ううむ」
「善は急げです。すでに王子は、数日後に我が国を訪問する手はずとなっております」
「なっ、勝手なことを!」
「すべては国のため! 魔女に知られる前に、既成事実を作ってしまうのです!」
熱弁を振るう貴族たち。彼らは知らなかった。
その会話のすべてが、部屋の隅にある装飾用の壺に仕掛けられた『聴覚共有』の魔法を通じ、ある人物の耳に筒抜けであることを。
同時刻。宰相執務室。
ドミナは優雅に紅茶のカップを傾けながら、
その美しい顔に冷笑を浮かべていた。
「(なるほど。縁談、か)」
カチャリ、とソーサーにカップを戻す音が、
静寂な部屋にやけに大きく響く。
「(私のアウレリアに、どこの馬の骨とも知れぬ男をあてがう、と)」
ドミナは立ち上がり、窓ガラスに映る自分の顔を見た。真紅の瞳は、見たこともないほど冷たく、昏い光を宿している。
「(親心を利用したつもりだろうが……愚かな)」
ドミナにとって、アウレリアはこの世で唯一無二の存在。数百年かけてようやく見つけた魂の半身。それを、「魔女だから」という理由で奪おうとする害虫たち。
「―――ドミナ様?」
不意に、執務室の扉が開いた。アウレリアだ。
彼女は何も知らず、いつものように花のような笑顔で入ってきた。
「お疲れ様です。あのね、また新しいお菓子を焼いてみたの! 今度は焦がさなかったよ?」
手に持った籠には、少し形の歪なクッキーが入っている。その無邪気な姿を見た瞬間、ドミナの瞳から険しい色が消え去った。
「……ああ、アウレリア」
ドミナは歩み寄り、アウレリアを強く、強く抱きしめた。
「え? ド、ドミナ様……?」
「いい匂いです。…誰にも、渡したくありませんね」
ドミナの腕に力がこもる。
アウレリアは戸惑いながらも、嬉しそうにドミナの背中に手を回した。
「ふふ、私はどこにも行きませんよ? ドミナ様のものだって、言ったでしょう?」
「……ええ。そうでしたね」
ドミナはアウレリアの耳元で囁き、その背後――壁の向こうにいるであろう「害虫」たちに向けて、音のない殺意を放った。
「(私の愛しいお姫様。あなたを奪おうとする愚か者には……相応の『教育』が必要ですね)」
アウレリアの美しい銀髪に口づけを落としながら、ドミナは静かに決断を下した。
排除の時は、来た。
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