『魔女のお姫様 ~数百年の孤独を埋めるのは、私が育てた「世界一可愛い女王陛下」だけでした~』

額田ハル

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第二章:恋心の芽生えと宮廷の陰謀編

第11話「芽生えた独占欲」

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昨日の「嫉妬事件」から、一夜が明けた。
王宮の図書室。  
アウレリアは、開いた歴史書の上でペンを止めたまま、カチコチに固まっていた。

「(うう……気まずい)」

昨日の今日だ。自分の感情をぶちまけて、あろうことかドミナの手を振り払って逃げ出してしまった。謝らなきゃいけないのに、顔を見るのが恥ずかしくてたまらない。

そんなアウレリアの背後から、衣擦れの音が近づいてくる。

「アウレリア? ペンが止まっていますよ」 

「ひゃっ!?」

耳元で囁かれ、アウレリアは椅子の上で飛び上がった。恐る恐る振り返ると、そこにはいつも通りの――いや、いつも以上に機嫌が良さそうなドミナが立っていた。

「ど、ドミナ様……あの、昨日は……」 

「ん? 何かありましたか?」 

「え……?」 

「私は何も覚えていませんよ。……ふふ」

ドミナは妖艶に微笑むと、アウレリアの背後から覆いかぶさるようにして、机に手をついた。
いわゆる「椅子ドン」の状態だ。

「あ、あの……ドミナ様? 近いです……」 

「そうですか? 教えるには、これくらいが丁度いいのですが」

ドミナの豊かな紫色の髪が、さらりとアウレリアの肩にかかる。  
甘い香りが鼻をくすぐり、アウレリアの心臓は早鐘を打ち始めた。

「さて、ここですね。……古代魔法文明の崩壊について」

ドミナはアウレリアの手を包み込むようにしてペンを握らせると、そのままゆっくりと紙の上を滑らせ始めた。

「あっ……」 

「力が入りすぎていますよ。もっとリラックスして」

ドミナの体温が背中越しに伝わってくる。
吐息が耳にかかる距離。  
勉強どころではない。
頭の中が真っ白になりそうだ。

「(ドミナ様……どうしたんだろう。いつもより、スキンシップが多い気がする……)」

アウレリアが顔を真っ赤にして俯いていると、
ドミナはそれを見逃さなかった。 
むしろ、愉しんでいた。

昨日のアウレリアの態度。
あれは間違いなく「嫉妬」であり「恋慕」の芽生えだ。ならば、やることは一つ。
その芽を摘むのではなく、たっぷりと水をやり、大輪の花を咲かせて「自分だけのもの」にすること。

「どうしました、アウレリア。顔が赤いですよ?」

「う、ううん! なんでもない! 部屋がちょっと暑いだけ!」 

「おや、そうですか? 私はあなたの熱を感じられて、心地よいですが」

ドミナはわざとらしく、アウレリアの首筋に唇を寄せた。  
チュッ、と。素肌にリップ音が響く。

「!?!?!?」

アウレリアの思考が停止した。今、キスされた? 首に?

「ド、ドミナ様っ!?」 

「おや、驚かせてしまいましたか? 首筋に髪がかかっていて、邪魔そうでしたので」 

「そ、そういう問題じゃ……!」

抗議しようと振り向いたアウレリアの唇のすぐ先に、ドミナの唇があった。  
あと数センチ。触れてしまいそうな距離で、ドミナの真紅の瞳が、絡め取るようにアウレリアを見つめている。

「……アウレリア」

低い、甘い声。逃げ場はない。

「あなたは、余計なことを考えなくていいのです」 

「……余計な、こと?」 

「ええ。他の男のこととか、ね」

ドミナの瞳の奥に、暗く、重い光が揺らめいた。それは独占欲。  
数百年の孤独を埋めるための、底なしの渇望。

「私だけを見ていればいい。私の声だけを聞き、私の知識だけで満たされなさい」

ドミナの手が、アウレリアの顎をくい、と持ち上げる。

「あなたは、私のものですから。……そうでしょう?」

それは質問ではなく、確認。
あるいは呪文のような強制力を持った言葉だった。けれど、アウレリアは怖くなかった。  
むしろ、その重たいほどの愛に、胸の奥が熱く満たされていくのを感じた。

「……はい」

アウレリアは、魔法にかかったように頷いた。

「私は……ドミナ様のもの、です」

その言葉を聞いた瞬間、ドミナは満足げに目を細め、ご褒美を与えるようにアウレリアの頭を撫でた。

「いい子です。愛していますよ、私のアウレリア」

アウレリアは知らなかった。
自分の恋心が、ドミナという最強の魔女の独占欲に火をつけ、もう二度と逃げられない檻の中に自ら入り込んでしまったことを。  
もっとも、彼女自身、その檻から出るつもりなど毛頭なかったのだが。
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