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第二章:恋心の芽生えと宮廷の陰謀編
第14話「嵐の夜の告白」
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その夜、ルクス王国は数十年に一度と言われる、激しい嵐に見舞われていた。
ゴロゴロ……ピシャーン!!
窓ガラスを叩きつける雨と、地響きのような雷鳴。だが、宰相ドミナの私室だけは、静謐な空気に満ちていた。
彼女が張り巡らせた防音結界のおかげで、外の轟音は遠い海のさざ波程度にしか聞こえない。
「ふふ。昨日の害虫駆除のおかげで、今夜の紅茶は格別」
ドミナは優雅にソファに座り、読書を楽しんでいた。
邪魔な貴族は消え、アウレリアとの平穏な日々が約束された。まさに順風満帆。
コンコン。
控えめなノックの音が、扉の向こうから響いた。
「(おや?)」
ドミナは眉を上げる。
この時間に訪ねてくる者などいないはずだ。
だが、扉の向こうから微かに漂う、甘く清らかな魔力の気配に、ドミナの表情が一瞬で緩んだ。
「どうぞ。開いていますよ」
ガチャリ、と扉が開く。
そこに立っていたのは、薄手のネグリジェにショールを羽織ったアウレリアだった。
顔色が悪い。小刻みに震えている。
「……ドミナ、様」
「アウレリア? どうしました、こんな夜更けに」
ドミナが本を置いて立ち上がろうとした瞬間、
外でひときわ大きな雷鳴が轟いた。
ドォォォォン!!
「ひゃっ!」
アウレリアが肩をすくめ、ギュッと扉の枠にしがみつく。ドミナはすぐに察した。
そういえば、アウレリアは幼い頃から雷が大の苦手だった。
「ああ……怖かったのですね」
ドミナは流れるような動作でアウレリアに歩み寄ると、その震える肩を抱き寄せた。
「よしよし。……私の結界が甘かったようですね。怖がらせてごめんなさい」
「ううん……ドミナ様のせいじゃないの。でも、一人で部屋にいたら、なんだか不安で……」
アウレリアが潤んだ瑠璃色の瞳で見上げてくる。
「……ここで、雨宿りしてもいい?」
「愚問ですよ、私のアウレリア。私の部屋は、
あなたの部屋も同然です」
ドミナはアウレリアの手を引き、暖炉の前のソファへと導いた。
そして、自分の隣に座らせると、魔法で暖炉の火を大きくする。
「ほら、こっちへ。寒いでしょう」
「うん……あったかい」
アウレリアはドミナの腕の中にすっぽりと収まり、その体温に安堵したように息を吐いた。
パチパチと爆ぜる暖炉の音だけが、二人の間に流れる。
「ドミナ様」
「はい」
「私ね、最近……ちょっと怖かったの」
「雷が、ですか?」
ドミナが優しく髪を梳《す》くと、アウレリアは首を横に振った。
「ううん。……大人になるのが」
アウレリアは、ドミナの服の袖をぎゅっと握りしめた。
「もうすぐ十八歳になるでしょう? そうしたら、私は女王として立たなきゃいけない。周りの人は『結婚相手はどうする』とか、『国の未来は』とか、難しいことばかり言うの」
昨日の縁談騒動のことは知らなくとも、アウレリアは周囲の空気から「変化」の圧力を感じ取っていたのだ。
「もし、私が大人になって……ドミナ様の手が届かないところに行っちゃったら、どうしようって」
「アウレリア……」
「私、ドミナ様がいないと……ダメなの。自信がないの」
アウレリアは顔を上げ、切実な瞳でドミナを見つめた。
「ずっと、そばにいてくれますか? 私が女王になっても、お婆ちゃんになっても」
それは、ドミナが何百年もの間、孤独の中で待ち望んでいた言葉だった。
誰かに必要とされること。
それも、愛する「運命の相手」から、唯一無二の存在として求められること。
ドミナの胸の奥で、暗い独占欲が、歓喜の炎へと変わる。
「(ああ……愛おしい)」
ドミナはアウレリアを抱きしめる腕に、少しだけ力を込めた。
「約束しますよ、アウレリア」
耳元で、甘く、深く、魂に刻み込むように囁く。
「私はあなたの影、あなたの半身。たとえ世界が終わりを迎えても、私だけは、あなたのそばにいます」
「……ほんと?」
「ええ。誰にも、あなたを奪わせたりしません。神に誓って」
アウレリアは安堵し、ドミナの胸に顔を埋めた。
「よかった……。大好き、ドミナ様」
「ふふ、私もですよ」
そのまま、アウレリアは安心したのか、
すー、すー、と寝息を立て始めた。
ドミナはその無防備な寝顔を見つめながら、
窓の外の嵐を睨みつけた。
「(さて。アウレリアが眠りにつきました。静かにしなさい)」
ドミナが指を弾くと、空を覆っていた黒雲が一瞬で消し飛び、嘘のような満天の星空が広がった。
世界すら書き換える魔女の力。
そのすべては今、この腕の中で眠るお姫様のためだけにある。
ゴロゴロ……ピシャーン!!
窓ガラスを叩きつける雨と、地響きのような雷鳴。だが、宰相ドミナの私室だけは、静謐な空気に満ちていた。
彼女が張り巡らせた防音結界のおかげで、外の轟音は遠い海のさざ波程度にしか聞こえない。
「ふふ。昨日の害虫駆除のおかげで、今夜の紅茶は格別」
ドミナは優雅にソファに座り、読書を楽しんでいた。
邪魔な貴族は消え、アウレリアとの平穏な日々が約束された。まさに順風満帆。
コンコン。
控えめなノックの音が、扉の向こうから響いた。
「(おや?)」
ドミナは眉を上げる。
この時間に訪ねてくる者などいないはずだ。
だが、扉の向こうから微かに漂う、甘く清らかな魔力の気配に、ドミナの表情が一瞬で緩んだ。
「どうぞ。開いていますよ」
ガチャリ、と扉が開く。
そこに立っていたのは、薄手のネグリジェにショールを羽織ったアウレリアだった。
顔色が悪い。小刻みに震えている。
「……ドミナ、様」
「アウレリア? どうしました、こんな夜更けに」
ドミナが本を置いて立ち上がろうとした瞬間、
外でひときわ大きな雷鳴が轟いた。
ドォォォォン!!
「ひゃっ!」
アウレリアが肩をすくめ、ギュッと扉の枠にしがみつく。ドミナはすぐに察した。
そういえば、アウレリアは幼い頃から雷が大の苦手だった。
「ああ……怖かったのですね」
ドミナは流れるような動作でアウレリアに歩み寄ると、その震える肩を抱き寄せた。
「よしよし。……私の結界が甘かったようですね。怖がらせてごめんなさい」
「ううん……ドミナ様のせいじゃないの。でも、一人で部屋にいたら、なんだか不安で……」
アウレリアが潤んだ瑠璃色の瞳で見上げてくる。
「……ここで、雨宿りしてもいい?」
「愚問ですよ、私のアウレリア。私の部屋は、
あなたの部屋も同然です」
ドミナはアウレリアの手を引き、暖炉の前のソファへと導いた。
そして、自分の隣に座らせると、魔法で暖炉の火を大きくする。
「ほら、こっちへ。寒いでしょう」
「うん……あったかい」
アウレリアはドミナの腕の中にすっぽりと収まり、その体温に安堵したように息を吐いた。
パチパチと爆ぜる暖炉の音だけが、二人の間に流れる。
「ドミナ様」
「はい」
「私ね、最近……ちょっと怖かったの」
「雷が、ですか?」
ドミナが優しく髪を梳《す》くと、アウレリアは首を横に振った。
「ううん。……大人になるのが」
アウレリアは、ドミナの服の袖をぎゅっと握りしめた。
「もうすぐ十八歳になるでしょう? そうしたら、私は女王として立たなきゃいけない。周りの人は『結婚相手はどうする』とか、『国の未来は』とか、難しいことばかり言うの」
昨日の縁談騒動のことは知らなくとも、アウレリアは周囲の空気から「変化」の圧力を感じ取っていたのだ。
「もし、私が大人になって……ドミナ様の手が届かないところに行っちゃったら、どうしようって」
「アウレリア……」
「私、ドミナ様がいないと……ダメなの。自信がないの」
アウレリアは顔を上げ、切実な瞳でドミナを見つめた。
「ずっと、そばにいてくれますか? 私が女王になっても、お婆ちゃんになっても」
それは、ドミナが何百年もの間、孤独の中で待ち望んでいた言葉だった。
誰かに必要とされること。
それも、愛する「運命の相手」から、唯一無二の存在として求められること。
ドミナの胸の奥で、暗い独占欲が、歓喜の炎へと変わる。
「(ああ……愛おしい)」
ドミナはアウレリアを抱きしめる腕に、少しだけ力を込めた。
「約束しますよ、アウレリア」
耳元で、甘く、深く、魂に刻み込むように囁く。
「私はあなたの影、あなたの半身。たとえ世界が終わりを迎えても、私だけは、あなたのそばにいます」
「……ほんと?」
「ええ。誰にも、あなたを奪わせたりしません。神に誓って」
アウレリアは安堵し、ドミナの胸に顔を埋めた。
「よかった……。大好き、ドミナ様」
「ふふ、私もですよ」
そのまま、アウレリアは安心したのか、
すー、すー、と寝息を立て始めた。
ドミナはその無防備な寝顔を見つめながら、
窓の外の嵐を睨みつけた。
「(さて。アウレリアが眠りにつきました。静かにしなさい)」
ドミナが指を弾くと、空を覆っていた黒雲が一瞬で消し飛び、嘘のような満天の星空が広がった。
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