『魔女のお姫様 ~数百年の孤独を埋めるのは、私が育てた「世界一可愛い女王陛下」だけでした~』

額田ハル

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第三章:成人の儀と帝国戦争編

第19話「私の可愛いアウレリア」

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成人の儀の興奮も冷めやらぬまま、夜の祝宴が始まった。王宮の大広間には、豪華な料理と美酒が並び、着飾った貴族たちがひしめき合っている。

だが、会場の空気はどこか奇妙だった。  
誰もが、広間の中央にいる二人の姿を、遠巻きに、かつ恐る恐る眺めていたからだ。

「ふふ。随分と静かな祝宴ですね」

ドミナはグラスを傾けながら、わざとらしく微笑んだ。その左腕には、アウレリアがぴったりと張り付いている。

「そう? 私はドミナ様とずっと一緒にいられて嬉しいけど」 

「ええ。私もですよ。ですが……」

ドミナの真紅の瞳が、チラチラとこちらを盗み見ている貴族たちを冷たく一瞥《いちべつ》した。

「(どいつもこいつも、鳩が豆鉄砲を食らったような間抜けな顔だ。……まあ、無理もないか)」

昼間の「誓いの口づけ」。  
あれは、事実上の「魔女による王家乗っ取り宣言」と受け取られてもおかしくない。  
だが、ドミナにとってそんな政治的解釈など、路傍ろぼうの石ころほどの価値もなかった。

「(アウレリアが私を選んだ。それが世界の全てだ)」

「ドミナ様?」 

「なんでもありませんよ。少し疲れましたか?」

アウレリアの頬がほんのりと赤い。
慣れない儀式と演説で高揚しているようだ。

「うん、ちょっとだけ……。二人きりに、なりたいな」

アウレリアが上目遣いで甘えるように囁く。  
ドミナの理性が、ピクリと反応した。

「そうですね。これ以上、有象無象うぞうむぞうにあなたの美しい姿を見せるのも癪《しゃく》です」

ドミナは空いたグラスを給仕に押し付けると、
アウレリアの腰を抱き寄せた。

「帰りましょうか。私たちの城へ」


喧騒《けんそう》から離れ、静寂に包まれたアウレリアの私室。
パタン、と扉が閉まった瞬間、アウレリアは糸が切れたようにドミナの胸に飛び込んだ。

「ん~っ! ドミナ様ぁ!」

 「おや、甘えん坊さんですね」

ドミナは愛おしそうに苦笑し、アウレリアの背中を優しく撫でる。

「今日は本当によく頑張りました。立派でしたよ、私のアウレリア」 

「ドミナ様がいてくれたからだよ。私、ちゃんと女王様に見えた?」 

「ええ。予知夢で見た姿そのままでした。……いいえ」

ドミナはアウレリアの体を少し離し、その瞳を覗き込んだ。

「私の想像を遥かに超えて、あなたは美しく育ちました。気高く、優しく、そして愛らしい。
……これ以上の『伴侶』は、世界中どこを探してもいませんよ」

ドミナの言葉に、アウレリアはへにゃりと破顔した。

「えへへ……。嬉しい」 

「嬉しいですか?」

 「うん。だって私……ずっと、ドミナ様のものになりたかったんだもん」

「…………」

ドミナの手が止まる。

「……今、なんと?」 

「ん? だってそうでしょ?」

アウレリアは小首をかしげ、事もなげに言った。

「ドミナ様が私を見つけてくれた時から、私にいろんなことを教えてくれた時から……ううん、きっと生まれる前から。私はずっと、ドミナ様のものだと思ってました」

その言葉は、あまりにも無邪気で。  
そして、あまりにも残酷なほどに、ドミナの琴線《きんせん》をかき鳴らした。

天然の逆告白。  
それは、ドミナが長年かけてアウレリアにかけてきた「刷り込み」や「独占」を、アウレリア自身が全肯定し、受け入れているという証明だった。

「(ああ……駄目だ)」

ドミナの中で、何かがプツリと切れる音がした。
数百年の孤独。  
アウレリアが大人になるまで待ち続けた忍耐。
「保護者」としての理性の皮。  
それら全てが、アウレリアの無自覚な誘惑によって焼き尽くされていく。

「……アウレリア」

ドミナの声色が、一段低く、熱を帯びたものに変わる。

「はい?」 

「その言葉……後悔しませんね?」

 「え?」

ドミナはアウレリアの手首を掴み、そのまま背後のベッドへと押し倒した。  
ふわり、と銀髪がシーツに広がる。

「ド、ドミナ様……?」 

「あなたが『私のもの』だと言うのなら……証明していただきましょうか」

ドミナの真紅の瞳が、獲物を狙う獣のように、妖しく、くらく光った。

「今夜はもう……逃がしませんよ?」

アウレリアは驚いたように目を丸くしたが、すぐに頬を染め、恥じらうように視線を逸らした。 
しかし、その口元は微かに微笑んでいた。

「……逃げないよ。ドミナ様」

その一言が、長い夜の始まりの合図だった。
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