釣った魚、逃した魚

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#49 コンセデス領主

 コンセデス領は国境際の辺境だ。

長い距離、隣接する魔の森は深く、魔獣の住処であり、森自体が生き物のように魔力を発動している。

俺の故郷のハズレの村は、この辺境の中でも特に、魔の森の濃い部分まで直進出来る区域だった。

そんないきさつもあり、歴代の領主はこの『ハズレの村』の意義を良く知っている。
殆どの年代において、領属騎士の最強戦士はこの村の出身者だと言われている。

物心付くか付かないかの頃から、本気で生き死にに直結する戦いを強いられているのだから、当然だ。
俺に指南を求めてくる村の子供達だって、みんな本気で魔獣を仕留める気でかかってきている。ぬるい気持ちの子供などあの村にはひとりもいない。


ここコンセデス領の領主はまだ若く、義兄よりみっつほど年上だが、義兄とは親友と言っても良いほど信頼し合っている。
というのも、二人は学園で知り合った先輩後輩だ。

昔は辺境らしく、それなりに経済的には、遠い中央から置いてけぼり感があった。
豊かになってきたのは、義兄の父であるグリエンテ商会の会頭がその手腕でめきめきと事業を当て、拡大していった事が大きい。

三男坊だった現領主エルンスト様は、王都の王立学院に通う事は許されなかった。
家庭教師も付けられず、幼少期から平民も混じる領都の学園に通い、そこで義兄と知り合った。

ウマが合ったというのか、価値観が共有出来る相手だったらしく、お互いに情報交換していくうちに、いつしか義兄は経済問題での相談役のような立場になっていた。
特に義兄は、隣接国まで足を伸ばす行商に、幼い頃から同行していた事もあり、他国の情勢と交易関連に強い。
綺麗な部分にしか触れない外交官などよりも、より早く確実な情報源として領主家に貢献した。

辺境伯家である以上、一族はほぼ武人であり、王都から離れているが故に社交には疎い。冬場は極寒となる山岳地帯で、魔の森の脅威とも常に接しており、腹の探り合いなどアホらしいし面倒くさい、そんな事より領民と共に厳しい環境への対応に腐心した方が良いと言い放つ。

そんな中で、長男が突然に投獄される事件が起きた。
王都の学院において、身分をカサに、理不尽に他生徒を弾圧していた高位貴族の子息に敢然と立ち向かったのだが、これが断罪の対象となった。
結果的に、コンセデス領主家から多額の慰謝料を支払い、長男を廃嫡する事で矛先を納めて貰う形になった。

因みに件の長男は現在グリエンテ商会の私設護衛騎士団の影のトップである。
慰謝料は家財や家宝の武器などを売っても足らず、グリエンテ商会がその大部分を準備した。無論、鋭意返済中だ。


そして、領主家次男は幼少期から持病があり、武芸の技能自体は、英雄とされる先々代に匹敵するほどではあったが、スタミナが圧倒的に欠けており、領主の座を継ぐことを辞退した。
ただ、次男は一度その姿を見た者は忘れられないと言われるほどの美形で、麗しの剣豪としてある種のカリスマ性もあった。
今は、辺境伯家の無骨な騎士達をまとめ上げる総帥の座に着いている。

結果的に領主の座は三男が継いだというわけだ。
これだけ見ても、グリエンテ商会と領主家との間に浅からぬ縁がある事が分かる。
ここ最近は、めきめきと豊かになっているコンセデス領を妬む他領の貴族からは、『グリエンテ領』などと揶揄されているほどだ。

だが、領主は豪快に笑い飛ばして「妬くな妬くな!悔しければお前達の領でもフリーネンに匹敵する有能な人材を輩出してみろ!出来まい!ガハハ!せいぜい負け犬共は遠吠えておれよ」と吐き捨てる。


第一印象は、聞いたとおりの豪胆な人だった。
だが、神子様を紹介されたときには、貴族らしい美しい所作で神子様の前に跪き、その指先を掬い上げて両手で額に押し頂き、「お目にかかれたこと、私個人にとっても一族にとっても、今生の誉れでございます」と完全恭順の挨拶をした。

神子様は義兄に、信頼出来るならば正体を明かしても良いと伝えていた。
万が一、実際に会ってみてダメだと思ったら、記憶を消す事くらい出来るからとも。
だが、やはり義兄の信頼に値する人だと思った。

「私がここに身を寄せた事で、もしかすると中央からの何らかの圧力を受ける事になるかも知れません。それで、ある種の認識阻害的な結界を張らせて頂いたのですが・・・」

神子様から結界の事を聞いても、「どうぞ御心のままに」と、あっさり受け入れ、逆にこれから訪れる可能性の高い面倒な事態に対して「むしろ、ご尽力頂けて恐縮です。私どもの方でも、今後は出入りする他領者は念入りに調べるよう手配させます」と胸に手を当てた。

「神子様には既に我が国を救済して頂いた大恩があります。我が領に身を寄せて頂けたなど光栄の極み。何不自由なくお過ごし頂きたいと思っております。
無論、望んで冒険者を続けられると仰るならば、その行動に何ら制限を設ける事など有りません。不必要な干渉は一切致しません。どうぞ、お望みのままにお過ごし下さい」

「王家が私を手に入れようと攻め入って来るやも知れません」
「でしょうな」
そんなの想定内、とでも言うように笑い飛ばしながら応えた。

「いざとなったら独立しちまえばよろしいのですよ。どうせ政変が起こるならそのドサクサもいい建前ですな。
父は一番上の兄が断罪された時点で、中央には失望しているんです。だって、子供のケンカですよ?それに中央が首を突っ込む。アホかいなってもんです。
あの時からウチの頑固ジジイの悲願ですよ。独立が。
仮に中央が総攻撃してきても負けませんからね。何せウチには、ホラ、彼も居ますから」
そう言ってなぜか俺の方に掌を向けられた。

神子様は終始楽しそうに笑っていた。
「分かりました。ありがとうございます。では、思う通りやらせて頂きます」
零れる微笑みは花がほころぶようで、さすがに無骨な領主閣下も少しだけ見蕩れていた。

言質は取れたと言う事か。
神子様の表情には少し安堵のようなものが有った。
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