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#75 手に入れたいもの
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「勿論、招聘に従う訳ではありません。場所は中立な第三国で、と言う条件で。その場には、私も立ち合います」
まるで、普通に知人宅に同行しますよ、的な軽い調子で告げた神子様に、俺は思わず立ち上がって声を荒げてしまう。
「反対ですッ!なぜ神子様がわざわざ奴らの前に出て行かなくてはいけないんですかッ」
心臓がバクバクする。鼻息荒く暫くそのまま固まってしまう。
血が止まるほど握りしめた拳が、小刻みに震える。
少し、悲しげに苦笑しながら神子様は、俺の拳を撫でた。
「落ち着いて、ミラン。君の心配するようなことは何も無いよ」
「嫌です!俺は絶対にッ」
「待って、ちょっと、そんな大きな声出さないで!」
「やめるって言って下さい!そんなんだったら儀式にだって出て欲しくないッ」
まるで駄々っ子だ。
けれども、押さえられなかった。
気がつくと背中に回された掌に軽く慰撫される。
「わかった、分かった。大丈夫だよ。落ち着いて。ね。陛下達の御前だよ?イイ子にして?」
ふわりと軽くハグされてから、手を添えて着席を促された。
座ってからも肩で息をする俺のせいでか、場の空気は何となく気まずかった。
「…あー、…なんだ…、郷土の英雄殿は、…クールな男と俺は認識していたのだが…」
エルンスト様が口ごもるように呟く。
「俺もです」
義兄が答える。
「彼はクールと言うよりは、不器用さんなんですよ。見た目がカッコいいからクールに見えるだけで」
苦笑気味の神子様の言葉が耳に入って、俺ははたと我に返って急激に恥ずかしくなった。
すみませんと言って頭を下げた後、目を上げると一様に生暖かい目で見られていた。
少し落ち着くと、とんでもない醜態をさらしたのだという自責に苛まれて、居たたまれなくなる。
侍従が少し冷めたお茶を取り替えてくれた。
空気を変えるために皆が茶菓を嗜む。
そして、改まった頃に。
「私が同席するという事を駆け引きの具にして、王国側から奪い取ってもらいたい物が有ります」
場が落ち着いたとみるや、また神子様がそんな爆弾を落とす。
とっさに声を上げかけた俺の口許に神子様の細い指先が押し当てられて「ちょっと黙ってて。最後まで聞いて?」と釘を刺された。
明らかに狼狽しているお三方と義兄。
「いや、根本的に、実際のところ私もマクミランに同意ではあるのです。神子様がわざわざ奴らの前にお出ましになる必要など無いではありませんか。相手を調子に乗らせるだけでしょう」
リオネス様が困惑気味に、だが、凜として言うと、アーノルド様も頷く。
「フリーネン義兄さん」
神子様が義兄の名を呼んだ。ほぼ初めて名前に“義兄さん”を付けて呼ばれた義兄は、驚きと共に照れから、だらしなく口許を緩ませた。
「義兄さんが、とんでもない魔道具を開発させていることを知っていますよ。確か、立体映像を親機から子機に転送して同じ場面を再現出来るという物ですよね?しかも親機一台有れば、子機は幾つでも出来る」
義兄は、突然の話の方向転換に戸惑いつつも、思い出したように肯定する。
その新製品に関しては、前宣伝の為もあって公開済みだ。
秘匿する期間を過ぎて、ほぼ製品化完了をみての大々的宣伝期間に入っているゆえに、関係各所には知られている。
これは大陸内の国々が、国際会議などを開いた際に、起きがちな問題を解決するために考案された物だ。
それら国際会議の内容は、それぞれの国の新聞で報道されるのだが、やはりその内容を意図的に違えて伝える国もあり、せっかく結んだ条約などが形骸化してしまう事が有る。
また、後に「解釈違い」などと言う口実で従わない国も現れたりする。
それを、各国の要所にそれぞれ子機を置いた上で、親機を国際会議場に設置し、会議の内容を殆ど同時といっていいタイミングで子機に配信し再現出来る、というものだ。
子機が映し出す立体映像は、記録魔石と併用すれば、まるごとを記録もできる。
子機を設置するのが闘技場や劇場ならば、かなりの人数が同時にそれを共有出来ることになる。
まあ、国際会議で使用される公用語を理解出来ることが前提だが、この言葉を用いている国は全体から見ても多い。
そもそも、殆どの国の言葉が、この公用語が言語体系の基盤となって枝分かれしていることから、全くさっぱり分からないという国の方が少数派となる。
無論専門用語などは、理解に教養が必要だが。
「3Dホログラムのライブ配信版みたいな…。
何というか、つまり、えーと…。
子機を設置した競技場や劇場で、実際にはその場に居ないはずの国際会議の様子が、立体で完全再現されると言う事ですよね」
さすがの義兄も、意味が分からない箇所もあり「んん?」と聞き直すような仕草をしたが「…まあ、だいたいそんなところです」と大雑把に捉えて答えた。
「すごいですね。凄い技術です!」
「…え、神子様、ひょっとして…」
息を飲んで、エルネスト様が言いかけると、神子様は少しだけ口角を上げて頷いた。
そのやりとりで、その場に居た者達は、全員が神子様のやりたいことを理解した。
「…で…」
アーノルド様が口を開く。
「神子様が王国側から奪い取って欲しいという物は、何なのですか?」
「過去の、歴代の神子達が書き記した、手記です」
「えっ、そんな物が有るのですか?」
「はい。王宮図書館の禁書庫に原本があるはずです。図書館の司書がそのように説明していました。禁書庫では無い一般エリアの、本当に端っこの方に写本が並んで居たのをみて、訊ねたのです」
「内容は、検めたのですか?」
「はい。全部で8代目分まであったでしょうか。でも…」
四代目を読んでいる途中で、宰相に図書館への出入りを邪魔されるようになって、全巻を読破出来てはいない、と告げる。
当時俺も、護衛として図書館には同行していた。
ただ、少し距離を取って控えていたから、何を読んでいたのかまでは知らない。
図書館司書が小声で「歴代の神子様達の手記は、同じ異世界からいらした神子様にしか解読出来ませんから」と言って、読んで欲しがっていたのは聴こえていた。
まるで、普通に知人宅に同行しますよ、的な軽い調子で告げた神子様に、俺は思わず立ち上がって声を荒げてしまう。
「反対ですッ!なぜ神子様がわざわざ奴らの前に出て行かなくてはいけないんですかッ」
心臓がバクバクする。鼻息荒く暫くそのまま固まってしまう。
血が止まるほど握りしめた拳が、小刻みに震える。
少し、悲しげに苦笑しながら神子様は、俺の拳を撫でた。
「落ち着いて、ミラン。君の心配するようなことは何も無いよ」
「嫌です!俺は絶対にッ」
「待って、ちょっと、そんな大きな声出さないで!」
「やめるって言って下さい!そんなんだったら儀式にだって出て欲しくないッ」
まるで駄々っ子だ。
けれども、押さえられなかった。
気がつくと背中に回された掌に軽く慰撫される。
「わかった、分かった。大丈夫だよ。落ち着いて。ね。陛下達の御前だよ?イイ子にして?」
ふわりと軽くハグされてから、手を添えて着席を促された。
座ってからも肩で息をする俺のせいでか、場の空気は何となく気まずかった。
「…あー、…なんだ…、郷土の英雄殿は、…クールな男と俺は認識していたのだが…」
エルンスト様が口ごもるように呟く。
「俺もです」
義兄が答える。
「彼はクールと言うよりは、不器用さんなんですよ。見た目がカッコいいからクールに見えるだけで」
苦笑気味の神子様の言葉が耳に入って、俺ははたと我に返って急激に恥ずかしくなった。
すみませんと言って頭を下げた後、目を上げると一様に生暖かい目で見られていた。
少し落ち着くと、とんでもない醜態をさらしたのだという自責に苛まれて、居たたまれなくなる。
侍従が少し冷めたお茶を取り替えてくれた。
空気を変えるために皆が茶菓を嗜む。
そして、改まった頃に。
「私が同席するという事を駆け引きの具にして、王国側から奪い取ってもらいたい物が有ります」
場が落ち着いたとみるや、また神子様がそんな爆弾を落とす。
とっさに声を上げかけた俺の口許に神子様の細い指先が押し当てられて「ちょっと黙ってて。最後まで聞いて?」と釘を刺された。
明らかに狼狽しているお三方と義兄。
「いや、根本的に、実際のところ私もマクミランに同意ではあるのです。神子様がわざわざ奴らの前にお出ましになる必要など無いではありませんか。相手を調子に乗らせるだけでしょう」
リオネス様が困惑気味に、だが、凜として言うと、アーノルド様も頷く。
「フリーネン義兄さん」
神子様が義兄の名を呼んだ。ほぼ初めて名前に“義兄さん”を付けて呼ばれた義兄は、驚きと共に照れから、だらしなく口許を緩ませた。
「義兄さんが、とんでもない魔道具を開発させていることを知っていますよ。確か、立体映像を親機から子機に転送して同じ場面を再現出来るという物ですよね?しかも親機一台有れば、子機は幾つでも出来る」
義兄は、突然の話の方向転換に戸惑いつつも、思い出したように肯定する。
その新製品に関しては、前宣伝の為もあって公開済みだ。
秘匿する期間を過ぎて、ほぼ製品化完了をみての大々的宣伝期間に入っているゆえに、関係各所には知られている。
これは大陸内の国々が、国際会議などを開いた際に、起きがちな問題を解決するために考案された物だ。
それら国際会議の内容は、それぞれの国の新聞で報道されるのだが、やはりその内容を意図的に違えて伝える国もあり、せっかく結んだ条約などが形骸化してしまう事が有る。
また、後に「解釈違い」などと言う口実で従わない国も現れたりする。
それを、各国の要所にそれぞれ子機を置いた上で、親機を国際会議場に設置し、会議の内容を殆ど同時といっていいタイミングで子機に配信し再現出来る、というものだ。
子機が映し出す立体映像は、記録魔石と併用すれば、まるごとを記録もできる。
子機を設置するのが闘技場や劇場ならば、かなりの人数が同時にそれを共有出来ることになる。
まあ、国際会議で使用される公用語を理解出来ることが前提だが、この言葉を用いている国は全体から見ても多い。
そもそも、殆どの国の言葉が、この公用語が言語体系の基盤となって枝分かれしていることから、全くさっぱり分からないという国の方が少数派となる。
無論専門用語などは、理解に教養が必要だが。
「3Dホログラムのライブ配信版みたいな…。
何というか、つまり、えーと…。
子機を設置した競技場や劇場で、実際にはその場に居ないはずの国際会議の様子が、立体で完全再現されると言う事ですよね」
さすがの義兄も、意味が分からない箇所もあり「んん?」と聞き直すような仕草をしたが「…まあ、だいたいそんなところです」と大雑把に捉えて答えた。
「すごいですね。凄い技術です!」
「…え、神子様、ひょっとして…」
息を飲んで、エルネスト様が言いかけると、神子様は少しだけ口角を上げて頷いた。
そのやりとりで、その場に居た者達は、全員が神子様のやりたいことを理解した。
「…で…」
アーノルド様が口を開く。
「神子様が王国側から奪い取って欲しいという物は、何なのですか?」
「過去の、歴代の神子達が書き記した、手記です」
「えっ、そんな物が有るのですか?」
「はい。王宮図書館の禁書庫に原本があるはずです。図書館の司書がそのように説明していました。禁書庫では無い一般エリアの、本当に端っこの方に写本が並んで居たのをみて、訊ねたのです」
「内容は、検めたのですか?」
「はい。全部で8代目分まであったでしょうか。でも…」
四代目を読んでいる途中で、宰相に図書館への出入りを邪魔されるようになって、全巻を読破出来てはいない、と告げる。
当時俺も、護衛として図書館には同行していた。
ただ、少し距離を取って控えていたから、何を読んでいたのかまでは知らない。
図書館司書が小声で「歴代の神子様達の手記は、同じ異世界からいらした神子様にしか解読出来ませんから」と言って、読んで欲しがっていたのは聴こえていた。
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