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第三章
#52 ホツメル市を目指して
ハヌガノを出立する日、朝食前に王子のお部屋に朝のご挨拶に行った。
これは、“恋人任務”を仰せつかったときから特に変わったことがなければ行っている。
で、この日の朝、ホランド様のお部屋に待機させられたまま、結局直に王子に会ってご挨拶することは叶わなかった。
その上で、俺がここ最近ずっと定位置だった先頭集団の王子のお側という場所から、遠征当初の定位置だった第一騎士団の居る後方集団に戻るよう言い渡された。
ナーノ様からその事を告げられたとき、目の前が真っ暗になるほどのショックだった。
夕べのアレでご不興を買い、顔も見たくないほど嫌われてしまったのだと。
夕べは天国にでも行ったような、夢の中にでも居るような気分だった。
天国から地獄に突き落とされた。
俺はきっと絶望感に打ちひしがれた表情だったのだろう。
「あ、違いますよ。殿下がお怒りとか、あなたを嫌がっているという事ではありません」
ナーノ様は俺の気持ちを読んだらしい。うっすら笑みを浮かべて。
「今、間近で背後からあなたの声が聴こえたら、夕べのことを鮮明に思い出してしまって恥ずかしいとのことでしたよ。・・・後ろからずいぶん可愛がって差し上げたんですね」
ぐはっと吐血しそうなほどの羞恥に見舞われた。なんという露骨なことを突きつけてくるんだこの人は!顔が熱くなる。「も、申し訳ありません」とよく分からないけどとりあえず謝って「今日からは後方集団に戻ります」と指示を反復してから退室した。
その朝はその事を時々思い出してはやに下がりふわふわしてしまった。朝食時など、何度かオルタンスさんやソニスに「しっかりしろ!どうした?」と小突かれる始末だ。
全員の皿がほぼ空になり、食後のハーブティーや焦がし豆茶などで一服していると、団長からこれからの予定についての指示を下された。
曰く、ここからホツメル市までは商人や民間なら2日見る行程だが、遅れを取り戻すためにも今夜中には到着するよう急ぐ、とのこと。
フェタグエド市からハヌガノに入ったときと同様な状況だ。
図らずもハヌガノではゆっくり過ごせたし温泉にまで入れてみんな十分英気が養えただろうからな、と。
続いて王子の訓示が有る。
まずは労いのお言葉。そしてホツメル市から先は王都まで国道も整備されており劇的に楽になることが予想されるが、決して油断はしないように、それと共に途中立ち寄る都市も豊かで充実した都会が多くなるけれど羽目を外しすぎないように、とのことだった。
「あともう一踏ん張りです。全員が怪我ひとつ無い姿で帰還し、大切な人を安心させてあげましょう」
うっすらと頬をバラ色に染めて微笑むお姿には後光が差しているようで、思わず俺は指を組み祈りを捧げるように目を細めて陶然と拝んだ。
「相変わらずだなおめえ」と対面の席のファドフロスさんが笑った。
そうして我々一行は盛大に見送られて出立した。
ハヌガノ市からホツメル市までは途中、昼なお暗い森の中を通らねばならない箇所も所々有ったものの、基本的には荷車も馬車も通れる程度の商道が整備されているから、往路の時のような悪路に悩むことなくサクサク進めた。
そういえば、馬の支度を調えているときに、後方集団に付く俺を不審に思った先輩達が心配してくれて「どうした?殿下のご不興を買ったのか?それともデュシコス様か?」と訊いてくれたんだけど「いやぁ、そういうわけじゃ・・・」と言いよどんでいたら横合いからレヒコさんが「ヤッちゃったからでしょ」といたずらっぽく割って入ってきて「すぐ傍に付かれたら殿下が落ち着かないからでしょ」と続ける。
周りは、その言葉にウッと詰まる俺の反応を見て「あぁ・・・」と何かを察し「なぁんだ」とか「爆発しろ」「こいつめ」などと冷やかした。
ただ、「おぉ、おめでとう、童貞卒業か!」と言われたときに「いや、それはまだ・・・」と言いかけたら周りの空気が固まった。先輩達がこわばった表情で互いに目を見交わしキョドっている。
「えっ、うそ!まさか最後までヤ・・・むぐぐ・・・」
レヒコさんが目をまん丸にして言いかけたところをテオフィノスさんが口を塞いでそのままずるずると連れ去った。
気まずげに散っていく先輩達。ビルオッドさんが目をそらしながら俺の肩をポンポン叩いて「大丈夫だ。またチャンスは有るから。頑張れ」と慰めてくれたのが、なんとも・・・。
途中、見晴らしの良い高台の草原で昼食を取ることにした。
草原と言っても所々にちょっとした灌木が点在している。そして、少しスロープが有り、上の方は所々に岩場もある。下の方は湿原になっていて、短めの葦のような雑草に囲まれた溜池が昼の日差しにキラキラ光っていた。
眺めの良さそうなところの岩に皆腰掛け、宿で用意してもらった弁当を広げる。
バナナのように簡単に皮がむけ、でも、味は梨に近いみずみずしい果物と、丸いパンとチーズ、それとゆで卵とサイコロ状のハムという割とシンプルな弁当だがパンは焼きたてを入れてくれたらしく、まだ外はパリッと中はしっとりしていて美味しい。魔法袋に入れてあったミルクを皆さんに注いで回っていたらアロンさんやイグファーさんに「お前がそうやって給仕する姿を見るのもなんだか久しぶりだなあ」と微笑まれた。
「王都に帰っても、皆さんが声かけてくださったら、騎士団の訓練の合間にいつでも俺、腕を振るいますよ」
俺がガッツポーズでそう言うと先輩達は少し寂しげに「うん。出来たら良いけどな」と苦笑した。
え、出来なくなっちゃうの?そんな事は無いでしょう。団長だって俺が入団試験合格したのは取り消さないって言ってたし。でも・・・。
王都に戻ってから俺は一体どういう立場になるんだろうか。
願わくば今いるこの討伐隊の皆さんとは今後も同じスタンスで接したい。本当にこの世界での今の俺が有るのはここの皆さんおかげだから。
ちょっとしんみりした気持ちになっていたらデュシコス様が近寄ってきた。
「これから入るゲンデソル領が王妃様派だというのは夕べ話したとおりだ。覚えているか」
「勿論です。夕べあれだけじっくり教えていただいたのですからきっちりと頭に入っております。ゲンデソル領の特産は岩塩と乳製品と高級磁器が代表的なみっつですね。伯爵様は貴族院の重鎮だから常時王都屋敷の方にいらっしゃってこちらの領地の方には弟君が代官としていらっしゃると聞きましたが」
「ふっ、ちゃんと覚えていたか。夕べお楽しみだったようだからそんなことなどすっ飛んだかと思って心配したが」
「・・・なっ・・・!」
デュシコス様までがそんな冷やかしを!そういうことをしないお堅いお方だと思っていたのに。俺が真っ赤になって絶句していると愛用の杖で小突かれた。
「分かり易すぎだバカめ。それよりホツメル市では小まめに索敵をしろ。気を抜くな。あと、基本あそこでは誰であれ挑発に乗るなよ。それと水筒にはいつも安全な水を入れておけ。誰かに飲み物を出されても鑑定していない物は決して飲むな」
え、なにそれ、怖いんですけど。ホツメル市ってそんなに物騒なところなの?
「あ、そうだ、お前にこれを渡しておこう」
デュシコス様はポケットをまさぐって体温計くらいの大きさのガラス棒を渡してきた。
「簡易的だが、飲食物の鑑定が出来る魔道具だ。先端を付けると色が変わる。毒なら赤くなり、ピンクになったら媚薬、白濁は睡眠薬、青くなったら麻痺だ。何も変化が無ければ問題ない」
ちょっと、マジッスか。そこまでしますか。そんなにか。
「ありがとうございます」
手渡されたアイテムを押し頂いて俺は改めて気を引き締めた。
石畳の道はホツメル市が近づくにつれ、民家が増え、豊かな農場や遠くの丘に放牧されている牛や羊の群れを見かけるようになってきた。
空には翼を広げた鳶のような鳥の高く長い鳴き声が旋回する。
我々一行が早足で駆け抜け通り過ぎるのを村人達が不思議そうに振り返って見送る。
集落を抜け、暫く野性のままの雑木林や草原を抜け、また集落が見えてくる。何度かそれを繰り返していたら遙か遠くの丘を縁取るように城壁のような物が見えてきた。
日は既に遠くの稜線に沈み、残照だけで明るさを保っているが、刻一刻とそれも色を変えていき、夕暮れの色合いになってくる。見えたときにはもうすぐだと思った城壁は実際には意外に遠く、なかなか近づけない。この要領ではきっと城門を潜るときにはすっかり宵になっていることだろう。
俺たちはもう心底腹ぺこだった。
一刻も早く城塞の中に入り、どこでも良いからメシをがっつきたかった。
その頃にはもう空腹が極まって俺たちこそが領都を襲う魔獣のようだっただろう。
「メシ――――っ!!」
と叫びながら突っ走っていた者も一人や二人では無かった。
だから門番に検問されている時間ももどかしくて、むしろもう門番を頭から囓りたいくらいだった。危なかった。
市街地に入り、終い際の店に襲撃する勢いでなだれ込み、店の残り物までを食い尽くした頃にはやっとホッと人間に戻れた感じだ。
ゴロゴロ燻製肉の入った根菜たっぷりトマトスープとか、真ん中をヘコませた厚切りライ麦パンのラクレットのせとか、クルミやカシューナッツのようなナッツ類や塩漬け魚のフレークなどが叩きつけたかのように大量にまぶされているバケツ大のサラダ。ほうれん草と茸がぎっちり入った馬鹿でかいキッシュ、コンソメ風の下味がついている鶏肉と香草とダイスチーズの入ったふわっふわの、枕くらいの大きさのオムレツ。そして香草と天然岩塩とヨーグルトで下味が付いている白身魚のフリッタやジャガイモの素揚げがてんこ盛り。
まだ熱々の複数種ベリーのパイ。熟したプラムとリンゴに似たフルーツとブドウの盛り合わせ。そしてホットワインや果実水。
食った食った。餓鬼のように食ったわ。いつもは歓談しながら飲み食いする我々が無口になったくらいだった。
食堂のおやっさんは牛だの羊みたいな肉類がなくなっちまってすみませんとか言っていたけどこれだけのモン出してもらったらもう大満足ですよ。めっちゃ美味かったし。
さて。
果たして、これから宿を探してこの人数受け入れてもらえるところが見つかるのでしょうか。
食堂をあとにしたときは、最悪町外れの林で野宿か、と思ったくらいもう夜更けだった。
噴水の有る中央広場に王子と騎士団を残して団長とナーノ様、ルネス様が宿を当たりに商業ギルドに出かけた。広い都市だからまずはギルドで登録されている宿屋を探した方が早いと思ったのだろう。
ギルドからの連絡で、すぐさま歓迎の体で迎えに来たのは、数名の護衛を引き連れた貴族の男。中央広場で待機していた我々の前にその人物達が団長達と共に現れた。
見ると団長達の表情は「まずいことになった」的な様子で。
その迎えはゲンデソル伯の弟の使いで、我々の到着を待っていたというのだ。
彼はまず王子に挨拶をして名乗り、用件を伝えるべきだったろう。だが、彼がまず真っ先に向かったのは俺の元だった。
彼が俺に礼をとろうとするのを制止し「まずは殿下へのご挨拶をどうぞ」と冷たく言ったら鼻白んだような顔をして王子の前に歩み寄った。
何となく討伐隊一行全体に冷ややかな空気が流れた。
こんなの索敵鑑定しなくたって悪意があるのが分かるわ。
初っぱなから王子を軽んじているその態度にむかついた。
案内されて付いて行った場所は城のような領都屋敷。
まあ、流石にでかい。しかも堅牢そう。
玄関には家令を始め大勢の使用人が歓迎の体で迎え入れてくれたが、どことなく感じる値踏み感に居心地の悪さは否めない。
そして、我々の到着の知らせを受けたらしき当主代行の伯爵の弟君が大階段を降りながら両手を広げて大げさに歓迎の声を上げた。
「ようこそ領都ホツメル市へ。当主代行を務めます、カイナード・シリス・ゲンデソルでございます」
そう言いながら彼もまた俺の方に向かってきそうだったので「殿下はあちらです」と手で指し示した。一瞬驚いた顔をしたゲンデソル弟は一瞬不快そうに唇を歪めたが大げさに「おぉ、これはこれは私としたことが。大変ご無礼致しました」と芝居がかったボウアンドスクレープで王子に礼をした。
ギルマスのヤンガス氏が見せたときには大げさとは思いつつも、まず彼は商人だしという認識もあり、イケオジでもあり、どことなくお茶目さも手伝い好意的に感じたものだが、同じような動作でもこのゲンデソル弟のはどことなく小馬鹿にされているようで微妙な気分だ。
「わざわざのお迎え大儀でした。先刻は到着が遅くなったこともあり、空いている宿に寄ろうと思っていたのですがギルドで待っていてくださったとは。気遣いをありがとう。今宵は一同お世話になります」
王子はにこやかに礼を述べた。
「お食事はもう既にお済みだと団長閣下から伺いましたので、まずは皆様をお部屋にご案内させていただきます。どうぞごゆるりとおくつろぎください」
2人ずつ一人の案内役が付いてゾロゾロと誘導されていく。
オルタンスさんが誘導されていくときに俺も付いていこうとしたら止められ、「召喚者様はこちらに」と一人だけ若い執事見習い風の美青年に誘導された。
「私は召喚者様のお世話をさせていただくクリオンと申します。どうぞ何でもお申し付けくださいませ」
この時点で「ん?」と思った。
案内された部屋はやたらと広くて、マホガニーのアンティークなサロンテーブルと椅子や、それに併せた重厚な調度品の数々、ホテルのロビーでしか見たこと無いようなでかい生花のアレンジメントが飾られているいかにも超高級そうな磁器の花器、天蓋付きのベッド、等々大仰な部屋で、しかも、結構広めの浴室や、護衛や侍従が控えられる継ぎの間付きで。
「え、ここを私一人で?」と執事見習いの青年クリオンに問うてしまった。
青年はのぞき込むように首を傾けて、少しだけ赤みが差す金髪を揺らしながら微笑む。
「左様でございます。何かご不自由がございましたら何なりとお申し付けくださいませ」
ものすごくイヤな予感がしたから「殿下のお部屋はどちらですか?」と訊ねた。
青年があからさまに少し戸惑う。
「・・・なぜですか?」
「ちょっとご用事があるので。殿下のお部屋までご案内お願いします」
困惑しながらも案内されてたどり着いた王子の部屋は、案の定俺の部屋よりも歴然とランクが低かった。
「殿下、ナーノ様、ホランド様、旅装を解かれる前にしばしお待ちを。こちらに・・・」
俺は、俺に与えられた部屋に三人を案内し「どうやらお屋敷の方が殿下のお部屋と私のお部屋を間違えたみたいです。どうぞ」
「・・・あ、い・・・いえ、それは」
クリオン青年は狼狽していたが「お気になさらず。間違いは誰にでもありますよ」と俺は口元だけ微笑んで目に殺気を含ませてその肩に手を乗せた。
これは、“恋人任務”を仰せつかったときから特に変わったことがなければ行っている。
で、この日の朝、ホランド様のお部屋に待機させられたまま、結局直に王子に会ってご挨拶することは叶わなかった。
その上で、俺がここ最近ずっと定位置だった先頭集団の王子のお側という場所から、遠征当初の定位置だった第一騎士団の居る後方集団に戻るよう言い渡された。
ナーノ様からその事を告げられたとき、目の前が真っ暗になるほどのショックだった。
夕べのアレでご不興を買い、顔も見たくないほど嫌われてしまったのだと。
夕べは天国にでも行ったような、夢の中にでも居るような気分だった。
天国から地獄に突き落とされた。
俺はきっと絶望感に打ちひしがれた表情だったのだろう。
「あ、違いますよ。殿下がお怒りとか、あなたを嫌がっているという事ではありません」
ナーノ様は俺の気持ちを読んだらしい。うっすら笑みを浮かべて。
「今、間近で背後からあなたの声が聴こえたら、夕べのことを鮮明に思い出してしまって恥ずかしいとのことでしたよ。・・・後ろからずいぶん可愛がって差し上げたんですね」
ぐはっと吐血しそうなほどの羞恥に見舞われた。なんという露骨なことを突きつけてくるんだこの人は!顔が熱くなる。「も、申し訳ありません」とよく分からないけどとりあえず謝って「今日からは後方集団に戻ります」と指示を反復してから退室した。
その朝はその事を時々思い出してはやに下がりふわふわしてしまった。朝食時など、何度かオルタンスさんやソニスに「しっかりしろ!どうした?」と小突かれる始末だ。
全員の皿がほぼ空になり、食後のハーブティーや焦がし豆茶などで一服していると、団長からこれからの予定についての指示を下された。
曰く、ここからホツメル市までは商人や民間なら2日見る行程だが、遅れを取り戻すためにも今夜中には到着するよう急ぐ、とのこと。
フェタグエド市からハヌガノに入ったときと同様な状況だ。
図らずもハヌガノではゆっくり過ごせたし温泉にまで入れてみんな十分英気が養えただろうからな、と。
続いて王子の訓示が有る。
まずは労いのお言葉。そしてホツメル市から先は王都まで国道も整備されており劇的に楽になることが予想されるが、決して油断はしないように、それと共に途中立ち寄る都市も豊かで充実した都会が多くなるけれど羽目を外しすぎないように、とのことだった。
「あともう一踏ん張りです。全員が怪我ひとつ無い姿で帰還し、大切な人を安心させてあげましょう」
うっすらと頬をバラ色に染めて微笑むお姿には後光が差しているようで、思わず俺は指を組み祈りを捧げるように目を細めて陶然と拝んだ。
「相変わらずだなおめえ」と対面の席のファドフロスさんが笑った。
そうして我々一行は盛大に見送られて出立した。
ハヌガノ市からホツメル市までは途中、昼なお暗い森の中を通らねばならない箇所も所々有ったものの、基本的には荷車も馬車も通れる程度の商道が整備されているから、往路の時のような悪路に悩むことなくサクサク進めた。
そういえば、馬の支度を調えているときに、後方集団に付く俺を不審に思った先輩達が心配してくれて「どうした?殿下のご不興を買ったのか?それともデュシコス様か?」と訊いてくれたんだけど「いやぁ、そういうわけじゃ・・・」と言いよどんでいたら横合いからレヒコさんが「ヤッちゃったからでしょ」といたずらっぽく割って入ってきて「すぐ傍に付かれたら殿下が落ち着かないからでしょ」と続ける。
周りは、その言葉にウッと詰まる俺の反応を見て「あぁ・・・」と何かを察し「なぁんだ」とか「爆発しろ」「こいつめ」などと冷やかした。
ただ、「おぉ、おめでとう、童貞卒業か!」と言われたときに「いや、それはまだ・・・」と言いかけたら周りの空気が固まった。先輩達がこわばった表情で互いに目を見交わしキョドっている。
「えっ、うそ!まさか最後までヤ・・・むぐぐ・・・」
レヒコさんが目をまん丸にして言いかけたところをテオフィノスさんが口を塞いでそのままずるずると連れ去った。
気まずげに散っていく先輩達。ビルオッドさんが目をそらしながら俺の肩をポンポン叩いて「大丈夫だ。またチャンスは有るから。頑張れ」と慰めてくれたのが、なんとも・・・。
途中、見晴らしの良い高台の草原で昼食を取ることにした。
草原と言っても所々にちょっとした灌木が点在している。そして、少しスロープが有り、上の方は所々に岩場もある。下の方は湿原になっていて、短めの葦のような雑草に囲まれた溜池が昼の日差しにキラキラ光っていた。
眺めの良さそうなところの岩に皆腰掛け、宿で用意してもらった弁当を広げる。
バナナのように簡単に皮がむけ、でも、味は梨に近いみずみずしい果物と、丸いパンとチーズ、それとゆで卵とサイコロ状のハムという割とシンプルな弁当だがパンは焼きたてを入れてくれたらしく、まだ外はパリッと中はしっとりしていて美味しい。魔法袋に入れてあったミルクを皆さんに注いで回っていたらアロンさんやイグファーさんに「お前がそうやって給仕する姿を見るのもなんだか久しぶりだなあ」と微笑まれた。
「王都に帰っても、皆さんが声かけてくださったら、騎士団の訓練の合間にいつでも俺、腕を振るいますよ」
俺がガッツポーズでそう言うと先輩達は少し寂しげに「うん。出来たら良いけどな」と苦笑した。
え、出来なくなっちゃうの?そんな事は無いでしょう。団長だって俺が入団試験合格したのは取り消さないって言ってたし。でも・・・。
王都に戻ってから俺は一体どういう立場になるんだろうか。
願わくば今いるこの討伐隊の皆さんとは今後も同じスタンスで接したい。本当にこの世界での今の俺が有るのはここの皆さんおかげだから。
ちょっとしんみりした気持ちになっていたらデュシコス様が近寄ってきた。
「これから入るゲンデソル領が王妃様派だというのは夕べ話したとおりだ。覚えているか」
「勿論です。夕べあれだけじっくり教えていただいたのですからきっちりと頭に入っております。ゲンデソル領の特産は岩塩と乳製品と高級磁器が代表的なみっつですね。伯爵様は貴族院の重鎮だから常時王都屋敷の方にいらっしゃってこちらの領地の方には弟君が代官としていらっしゃると聞きましたが」
「ふっ、ちゃんと覚えていたか。夕べお楽しみだったようだからそんなことなどすっ飛んだかと思って心配したが」
「・・・なっ・・・!」
デュシコス様までがそんな冷やかしを!そういうことをしないお堅いお方だと思っていたのに。俺が真っ赤になって絶句していると愛用の杖で小突かれた。
「分かり易すぎだバカめ。それよりホツメル市では小まめに索敵をしろ。気を抜くな。あと、基本あそこでは誰であれ挑発に乗るなよ。それと水筒にはいつも安全な水を入れておけ。誰かに飲み物を出されても鑑定していない物は決して飲むな」
え、なにそれ、怖いんですけど。ホツメル市ってそんなに物騒なところなの?
「あ、そうだ、お前にこれを渡しておこう」
デュシコス様はポケットをまさぐって体温計くらいの大きさのガラス棒を渡してきた。
「簡易的だが、飲食物の鑑定が出来る魔道具だ。先端を付けると色が変わる。毒なら赤くなり、ピンクになったら媚薬、白濁は睡眠薬、青くなったら麻痺だ。何も変化が無ければ問題ない」
ちょっと、マジッスか。そこまでしますか。そんなにか。
「ありがとうございます」
手渡されたアイテムを押し頂いて俺は改めて気を引き締めた。
石畳の道はホツメル市が近づくにつれ、民家が増え、豊かな農場や遠くの丘に放牧されている牛や羊の群れを見かけるようになってきた。
空には翼を広げた鳶のような鳥の高く長い鳴き声が旋回する。
我々一行が早足で駆け抜け通り過ぎるのを村人達が不思議そうに振り返って見送る。
集落を抜け、暫く野性のままの雑木林や草原を抜け、また集落が見えてくる。何度かそれを繰り返していたら遙か遠くの丘を縁取るように城壁のような物が見えてきた。
日は既に遠くの稜線に沈み、残照だけで明るさを保っているが、刻一刻とそれも色を変えていき、夕暮れの色合いになってくる。見えたときにはもうすぐだと思った城壁は実際には意外に遠く、なかなか近づけない。この要領ではきっと城門を潜るときにはすっかり宵になっていることだろう。
俺たちはもう心底腹ぺこだった。
一刻も早く城塞の中に入り、どこでも良いからメシをがっつきたかった。
その頃にはもう空腹が極まって俺たちこそが領都を襲う魔獣のようだっただろう。
「メシ――――っ!!」
と叫びながら突っ走っていた者も一人や二人では無かった。
だから門番に検問されている時間ももどかしくて、むしろもう門番を頭から囓りたいくらいだった。危なかった。
市街地に入り、終い際の店に襲撃する勢いでなだれ込み、店の残り物までを食い尽くした頃にはやっとホッと人間に戻れた感じだ。
ゴロゴロ燻製肉の入った根菜たっぷりトマトスープとか、真ん中をヘコませた厚切りライ麦パンのラクレットのせとか、クルミやカシューナッツのようなナッツ類や塩漬け魚のフレークなどが叩きつけたかのように大量にまぶされているバケツ大のサラダ。ほうれん草と茸がぎっちり入った馬鹿でかいキッシュ、コンソメ風の下味がついている鶏肉と香草とダイスチーズの入ったふわっふわの、枕くらいの大きさのオムレツ。そして香草と天然岩塩とヨーグルトで下味が付いている白身魚のフリッタやジャガイモの素揚げがてんこ盛り。
まだ熱々の複数種ベリーのパイ。熟したプラムとリンゴに似たフルーツとブドウの盛り合わせ。そしてホットワインや果実水。
食った食った。餓鬼のように食ったわ。いつもは歓談しながら飲み食いする我々が無口になったくらいだった。
食堂のおやっさんは牛だの羊みたいな肉類がなくなっちまってすみませんとか言っていたけどこれだけのモン出してもらったらもう大満足ですよ。めっちゃ美味かったし。
さて。
果たして、これから宿を探してこの人数受け入れてもらえるところが見つかるのでしょうか。
食堂をあとにしたときは、最悪町外れの林で野宿か、と思ったくらいもう夜更けだった。
噴水の有る中央広場に王子と騎士団を残して団長とナーノ様、ルネス様が宿を当たりに商業ギルドに出かけた。広い都市だからまずはギルドで登録されている宿屋を探した方が早いと思ったのだろう。
ギルドからの連絡で、すぐさま歓迎の体で迎えに来たのは、数名の護衛を引き連れた貴族の男。中央広場で待機していた我々の前にその人物達が団長達と共に現れた。
見ると団長達の表情は「まずいことになった」的な様子で。
その迎えはゲンデソル伯の弟の使いで、我々の到着を待っていたというのだ。
彼はまず王子に挨拶をして名乗り、用件を伝えるべきだったろう。だが、彼がまず真っ先に向かったのは俺の元だった。
彼が俺に礼をとろうとするのを制止し「まずは殿下へのご挨拶をどうぞ」と冷たく言ったら鼻白んだような顔をして王子の前に歩み寄った。
何となく討伐隊一行全体に冷ややかな空気が流れた。
こんなの索敵鑑定しなくたって悪意があるのが分かるわ。
初っぱなから王子を軽んじているその態度にむかついた。
案内されて付いて行った場所は城のような領都屋敷。
まあ、流石にでかい。しかも堅牢そう。
玄関には家令を始め大勢の使用人が歓迎の体で迎え入れてくれたが、どことなく感じる値踏み感に居心地の悪さは否めない。
そして、我々の到着の知らせを受けたらしき当主代行の伯爵の弟君が大階段を降りながら両手を広げて大げさに歓迎の声を上げた。
「ようこそ領都ホツメル市へ。当主代行を務めます、カイナード・シリス・ゲンデソルでございます」
そう言いながら彼もまた俺の方に向かってきそうだったので「殿下はあちらです」と手で指し示した。一瞬驚いた顔をしたゲンデソル弟は一瞬不快そうに唇を歪めたが大げさに「おぉ、これはこれは私としたことが。大変ご無礼致しました」と芝居がかったボウアンドスクレープで王子に礼をした。
ギルマスのヤンガス氏が見せたときには大げさとは思いつつも、まず彼は商人だしという認識もあり、イケオジでもあり、どことなくお茶目さも手伝い好意的に感じたものだが、同じような動作でもこのゲンデソル弟のはどことなく小馬鹿にされているようで微妙な気分だ。
「わざわざのお迎え大儀でした。先刻は到着が遅くなったこともあり、空いている宿に寄ろうと思っていたのですがギルドで待っていてくださったとは。気遣いをありがとう。今宵は一同お世話になります」
王子はにこやかに礼を述べた。
「お食事はもう既にお済みだと団長閣下から伺いましたので、まずは皆様をお部屋にご案内させていただきます。どうぞごゆるりとおくつろぎください」
2人ずつ一人の案内役が付いてゾロゾロと誘導されていく。
オルタンスさんが誘導されていくときに俺も付いていこうとしたら止められ、「召喚者様はこちらに」と一人だけ若い執事見習い風の美青年に誘導された。
「私は召喚者様のお世話をさせていただくクリオンと申します。どうぞ何でもお申し付けくださいませ」
この時点で「ん?」と思った。
案内された部屋はやたらと広くて、マホガニーのアンティークなサロンテーブルと椅子や、それに併せた重厚な調度品の数々、ホテルのロビーでしか見たこと無いようなでかい生花のアレンジメントが飾られているいかにも超高級そうな磁器の花器、天蓋付きのベッド、等々大仰な部屋で、しかも、結構広めの浴室や、護衛や侍従が控えられる継ぎの間付きで。
「え、ここを私一人で?」と執事見習いの青年クリオンに問うてしまった。
青年はのぞき込むように首を傾けて、少しだけ赤みが差す金髪を揺らしながら微笑む。
「左様でございます。何かご不自由がございましたら何なりとお申し付けくださいませ」
ものすごくイヤな予感がしたから「殿下のお部屋はどちらですか?」と訊ねた。
青年があからさまに少し戸惑う。
「・・・なぜですか?」
「ちょっとご用事があるので。殿下のお部屋までご案内お願いします」
困惑しながらも案内されてたどり着いた王子の部屋は、案の定俺の部屋よりも歴然とランクが低かった。
「殿下、ナーノ様、ホランド様、旅装を解かれる前にしばしお待ちを。こちらに・・・」
俺は、俺に与えられた部屋に三人を案内し「どうやらお屋敷の方が殿下のお部屋と私のお部屋を間違えたみたいです。どうぞ」
「・・・あ、い・・・いえ、それは」
クリオン青年は狼狽していたが「お気になさらず。間違いは誰にでもありますよ」と俺は口元だけ微笑んで目に殺気を含ませてその肩に手を乗せた。
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