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・屋敷編

Tue-10

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「な……!」
 この男はもともと、屋敷の――?
 ぎょっとして、じっと伊佐美の顔を見つめたが、伊佐美は、ふっとそんな青年を笑い飛ばした。
「何かついてる?」
 伊佐美に言われて、青年は、はっとしてうつむいた。
 屋敷は藤滝によってつくられた性の牢獄だ。
 ブラックマーケットを支配しているという藤滝家の次男である美苑が、その財をより増幅させる、ただそれだけの目的のためにつくった場所。男たちのギラギラとした欲望が充満した歪な箱庭の世界。
 青年は、男を、自分を支配している男を、視界の隅に捉えた。彼は、不敵な笑みを微かに浮かべているが、その表情から感情は読み取れない。
 藤滝美苑。
 屋敷に囚われた者のなかで、成り上がり、この男に認められた者が、彼に任命を受けて、花売りという立場から逃れて、彼の仕事・・を手伝う側にまわることがある。
 この伊佐美と呼ばれた男も、そうした藤滝が直々に選んだ手駒の一部、ということだろう。
「ぐずぐずするな、今日の要件は、豚箱の視察だ」
 藤滝が、口を開いた。
 鎖を手に持った伊佐美が、さっと、一礼してから、先頭に立つ。
 豚箱――。
 売り上げをあげられなければ、この豚箱行きだ、と彼が口にした。その場所だ。その場所に、連れてこられているのだ。
 これは、威嚇――そう威嚇に違いない。男の魂胆はきっとそうだ。この場所に自分を落とす・・・前に、このような行動に出るということは、事前に落とされる場所を見せつけておいて、脅かす、そういう魂胆なのだろう。あの意地の悪い藤滝のことだ。
 青年は、警戒から身を固くしたが、伊佐美が鎖を引いた。首を引っ張られて、転びそうになり、ふらつきながら体勢を整えた。
「何をしている」
 藤滝が、青年を見ずに、そういう。
「早くしろ」
「ったく、早くって、いったって、こんな重たいものを首にしていちゃ、身体が動かねえっての」
「ぶつくさいうな」
 藤滝が青年を見た。その顔は冷ややかに笑っていた。
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