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・屋敷編

Wed-01

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 てのひらにふわりとした感触が触れた。否、自分がそれに触ったのだ。さらりと流れていった黒い髪。ころころと笑う声。
 そうだ。自分には「妹」がいた。どうして今まで忘れていたのだろう。彼女の小さな頭をなでてやっていた。あの夕日が差し込む縁側で。日が斜めに差してきて、彼女の顔をだいだいに染めた。小さな女の子が、嬉しそうに声をあげて、抱き着いて来る。
――お兄ちゃん
 だが、その声がどんな高さだったのか、どんなふうに響いたのか、もう思い出せない。彼女と暮らしていた日々は遠く、もう夢の中。
 夢の中でしか、ない。




 青年は目を醒ました。
 いつもの天井・・・・・と目が合う。
 最後の記憶を思い出して、それから今自分がここにいるということは、どちらにせよ、あの男が自分を屋敷へと持ち帰ったのだろう。
 昼間の温かい日差しが、障子越しに差して来る。そのほのかで柔らかい日光に、青年は重たい身体を起き上がらせた。
 既に部屋のなかに他の『花』たちはいない。彼らは彼らで日中の仕事に出たのか、それとも自由に動けるこの時間を謳歌しているのか。どちらにせよ、青年がひとり、そこで伏していた。
 つい、首元へと手をやる。
 昨日、ここに輪をかけられて、吊るされていた。跡になっているかもしれない。だが、確認しようにも鏡がないし、どうなっているのかわからない。触れても、皮膚の感触だけが残る。
「……なんのつもりなんだ」
 藤滝。
 藤滝美苑。
 あの男の本意が全くわからない。
 あのような場所に連れ回すこと自体おそらく『花』としてはイレギュラーなことなのだろう。
 自分への牽制に見えた行動。それ以外に考えられないが、ああして、自分を連れていったことには――。
 と、思考が重たい。
 あの男に抱かれたわけではないが、それでも、蹂躙された肉体が気だるくて、青年は思考を放棄した。
 だが、これからあの夜が始まるのだということを思い出して、体を起こす。今のうちに、少しでも羽を伸ばしておかなくてはならない。
 あの男は本物だからだ。
 本気で、売り上げが伴わなければ、彼は青年を落とすつもりだろう。
『豚箱』でしぼりとられていた男たちのわななきを思い出して、彼は身震いした。ここも地獄だ。だが地獄はもっと他にもある。
 ため息が出た。
 だめだ、このままでは。
 青年は重たい腰をあげて、部屋を出た。
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