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✿10.

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 不安だった。
 ひとりで戦わなくてはならないから。
 舞台に立つときはいつもひとりだ。周囲の役者との距離を測って、いかに自分がどうふるまうのか、ずっと頭のなかで計算して。
 それはカメラの前から消えてもそう。これからどういう立ち位置で仕事をしていくか、だとか、どのオーディションに参加するか、だとか、これからの仕事の方向性は、どう売り出していくのか、だとか。
 画面の中でも外でも必死にもがいて。
 だからこそ、つらかった。
 それでも、目指したい場所があるから。
 胸を張って、彼の隣にいたいから。
 けれど、こうして強くあろうとして、徐々に弱くなっていく自分がいて。
 自信を持てば持つほど、自分に自信が持てなくなっていて。
 ほんのささいなことでも、彼が自分から遠ざかっていってしまいそうなのが、怖くて。
 だから、ほんとうに些細なことにも、過敏に反応してしまって。怖い。
 だから。
「千尋さん……ほんと、ありがとうぅ」
「なんか、新崎くん、泣きべそかいているみたいになってる」
 ふふっと軽く笑ってくれる千尋が、くれた証拠は――自分を大切にしてくれているという物的証拠ホワイト・ディのお返しに、ものすごく安堵して、悔しいくらいに救われている。
「それより、ご飯、冷めちゃうと思うんだけど?」
「はい、食べます」
「ほら、机について……」
「無理。先に千尋さん、食べちゃいたい」
「はぁ!?」
「いいでしょ。千尋さん」
「いやいやいや。待って待って。え!? えっ!?」
 新崎は切なさとでもいうのだろうか、千尋への愛おしさで胸が弾けてしまいそうだった。千尋に手を伸ばす。抱きしめる。
「待って待って! タンマ!! ちょっと、ダメだって」
「……なんで? もう俺、千尋さんで頭狂ってるから無理」
「頭冷やしなさい!」
 ゴン!
 千尋が新崎の頭を叩いた。
「いってぇ」
「冷静になりなさい! 明日も撮影があるんでしょう!! まず撮影第一! 今日はしっかり食べて、明日のために休息!! わかりましたね?」
「……は、はい」
 だめっと人差し指を立てて新崎に支持する千尋に新崎は、もうすこし甘やかしてほしくて少し腹が立ったが、それでも、彼の耳が赤くなっていることに気が付いて、まあ、いいかという気にもなる。
 好きなひとに好かれているというのは、こんなにも幸せなのかと。
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