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夏が来れば、思い出す。
あの日、あと一歩の勇気があれば、もしかしたら――なんてことを。
「あれ、もう帰省してきたの?」
朝、ジョギング中の街道で、顔をばったりと合わせた彼――井宮の存在に、俺はどきりと胸を弾ませた。
中学、高校まで、俺はこの街で育った。井宮は昔からの友人。というのは、表向きで、中学も上にあがれば、次第に友人という意味ではなくて、別の意味で惹かれていた。
俺と違って井宮はアウトドア派。そして行動派。いつも日陰にいた俺からしたら、こんな幼馴染に憧れていた。
失敗なんてきっと、こいつは考えないんだろうなっていうくらい、腰が軽くて、幼い頃から、気になったことはあれやこれやと片っ端から、試しにかかるような男であった。
「そー、悪い?」
俺はわざとらしく首をかしげて彼に聞いた。
今朝の彼はジョギングの最中らしく軽装だった。首筋の汗がきらめいて、思わずどきりとしてしまう。
「悪い、悪い。こっち帰ってくるとき、早めに連絡いれてくれよ」
「えー」
「だって、そしたらさ、お前、帰ってくる時期に合わせて俺も、休みとれるじゃんか」
それが嫌で、俺は勝手に帰ってきているんだがな。
「お盆はまだ先なのに~、本当に、たけは予想がつかない男だなか」
「ははは、残念だったな。俺はいつもお前の想像の斜め上にいるのだ」
「って、思い上がるな! よし、夕方、スイカ届けてやる」
「おっ、今年もやってるのか」
「おうよ。俺んちの裏の畑にネット張りまくって、大事に育てたやつだから、でっけえぞ!」
「冷えてるやつ持って来いよ。そっちのがうめえから」
「わーってる。冷蔵庫で冷やしてあるやつにしてやるよ」
「あざーっす」
「んじゃ、俺、これからまたここ一周してから、出勤しなくちゃだから、あとでな」
「おう」
「んじゃー」
走り去っていく井宮の背中を俺は見ていたが、徐々に強くなってくる夏の日差しにまけて、家に戻った。
「ただいまー」
実家の玄関に入れば、どっさりと夏野菜が積まれている。
「おかえり、たけ。どうだった?」
「どうってことも……」
「でも、えらいじゃん」
「へ?」
「東京行っても、毎朝の走り込みだけは、ずっと習慣として残ってるんだろ?」
「そりゃ、俺がデスクワークなもんで、体力的にいつかきつくなるからで」
「えらいえらい!」
「おい、やめろって。俺、もう二十歳過ぎてんだけど!」
「でも、なんかつい、やっちゃうのよね。頭なでなで」
「つい!? ……あ、そういえば、井宮にあった」
「へ!? けんくん!?」
「そう、井宮健司」
「どうだった~?」
「どうって……母さんは近所なんだから、あいつのこと、知ってるだろ?」
大学入学と同時に上京して、そのまま東京で就職してしまった俺と違って、井宮は地元に残って花き農業をしている。ここらは、花の栽培が盛んな地区だ。高齢化してきている業界を見て、自分がこの特産物を盛り上げていきたいと、高校卒業後から働き始めたらしい。
「近所たってね~。まあ、ときどき、スーパーで見かけるけど」
「スーパーねえ」
「なっとう、いっぱい買ってたわよ」
「なっとうか。なにその地味な情報」
「だって~。あ、スイカ食べる?」
「へ?」
「井宮ママからもらったの。冷やしてあるわよ」
「……それ、夕方、井宮ボーイが持ってくるって言ってた」
母は、俺の顔をみて、「あらま」と口元を覆った。
あの日、あと一歩の勇気があれば、もしかしたら――なんてことを。
「あれ、もう帰省してきたの?」
朝、ジョギング中の街道で、顔をばったりと合わせた彼――井宮の存在に、俺はどきりと胸を弾ませた。
中学、高校まで、俺はこの街で育った。井宮は昔からの友人。というのは、表向きで、中学も上にあがれば、次第に友人という意味ではなくて、別の意味で惹かれていた。
俺と違って井宮はアウトドア派。そして行動派。いつも日陰にいた俺からしたら、こんな幼馴染に憧れていた。
失敗なんてきっと、こいつは考えないんだろうなっていうくらい、腰が軽くて、幼い頃から、気になったことはあれやこれやと片っ端から、試しにかかるような男であった。
「そー、悪い?」
俺はわざとらしく首をかしげて彼に聞いた。
今朝の彼はジョギングの最中らしく軽装だった。首筋の汗がきらめいて、思わずどきりとしてしまう。
「悪い、悪い。こっち帰ってくるとき、早めに連絡いれてくれよ」
「えー」
「だって、そしたらさ、お前、帰ってくる時期に合わせて俺も、休みとれるじゃんか」
それが嫌で、俺は勝手に帰ってきているんだがな。
「お盆はまだ先なのに~、本当に、たけは予想がつかない男だなか」
「ははは、残念だったな。俺はいつもお前の想像の斜め上にいるのだ」
「って、思い上がるな! よし、夕方、スイカ届けてやる」
「おっ、今年もやってるのか」
「おうよ。俺んちの裏の畑にネット張りまくって、大事に育てたやつだから、でっけえぞ!」
「冷えてるやつ持って来いよ。そっちのがうめえから」
「わーってる。冷蔵庫で冷やしてあるやつにしてやるよ」
「あざーっす」
「んじゃ、俺、これからまたここ一周してから、出勤しなくちゃだから、あとでな」
「おう」
「んじゃー」
走り去っていく井宮の背中を俺は見ていたが、徐々に強くなってくる夏の日差しにまけて、家に戻った。
「ただいまー」
実家の玄関に入れば、どっさりと夏野菜が積まれている。
「おかえり、たけ。どうだった?」
「どうってことも……」
「でも、えらいじゃん」
「へ?」
「東京行っても、毎朝の走り込みだけは、ずっと習慣として残ってるんだろ?」
「そりゃ、俺がデスクワークなもんで、体力的にいつかきつくなるからで」
「えらいえらい!」
「おい、やめろって。俺、もう二十歳過ぎてんだけど!」
「でも、なんかつい、やっちゃうのよね。頭なでなで」
「つい!? ……あ、そういえば、井宮にあった」
「へ!? けんくん!?」
「そう、井宮健司」
「どうだった~?」
「どうって……母さんは近所なんだから、あいつのこと、知ってるだろ?」
大学入学と同時に上京して、そのまま東京で就職してしまった俺と違って、井宮は地元に残って花き農業をしている。ここらは、花の栽培が盛んな地区だ。高齢化してきている業界を見て、自分がこの特産物を盛り上げていきたいと、高校卒業後から働き始めたらしい。
「近所たってね~。まあ、ときどき、スーパーで見かけるけど」
「スーパーねえ」
「なっとう、いっぱい買ってたわよ」
「なっとうか。なにその地味な情報」
「だって~。あ、スイカ食べる?」
「へ?」
「井宮ママからもらったの。冷やしてあるわよ」
「……それ、夕方、井宮ボーイが持ってくるって言ってた」
母は、俺の顔をみて、「あらま」と口元を覆った。
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