8 / 31
✿7.8:酸漿
しおりを挟む
額月を取られた。
好きだと言って告白してきたのは彼女のほうだった。それなのに輝地にあっさりと別れを告げ、その心はどこかへ行ってしまった。
女に振られたのが、悔しいのではない。
その女の行先が異常に腹立たしいのだ。
灯。
同い年の少年には人々が欲しがるものすべてを持っている。
まず、金。家が見事に富裕家庭なだけあって、クラスの中で一番羽振りのいい。そして、容姿。廊下ですれ違ったとき、彼に振り向かない女子などいないくらいに彼の美貌は冴えている。
運動神経もよく、学業も優秀。
いうことなしの存在でありながらも、輝地を常に陥れようとしている存在。
いつからだか忘れてしまったが、彼が特殊な目線を送ってくのを輝地は気が付いていた。学級内で「一番」の称号にぴたりと当てはまる存在が自分という存在を気にかけてくれているのだと思うとなんだか嬉しくもあったのだが、その視線がただの温かなまなざしではないということを後々になって嫌というほどに知った。
彼はことあるごとに、輝地の成功を妨害してくる。
今回はトップをねらえそうだと思ったテストの日、全ての科目の受験が終わった後に自身の机の引き出しから出てきたのは、手書きのカンニング・ペーパーだった。
筆跡が輝地に似ていることから、同級生から一気に白目で見られ、後日の追試が決まった。そのときの味方は担任の教師のみだった。疑惑のペーパーの筆致が微妙に輝地のものと違うとして、最後まで味方でいてくれた。
テストだけではない。何かにつけて、輝地の生活に暗闇が差す。
その原因が灯であることに気が付くまで時間は少しかかったが、それでも犯人を見出すことができてよかった。誰もが灯の味方に付いてしまい、自身の主張は霧の露と化したとしても。
それが、恋愛関係にまで及び始めた。
付き合っていた額月が、急に別れを切り出し、灯と付き合いだした。
とられたのだ。
その事実が輝地に着火した。
「おい、お前、いい加減にしろよ!!」
輝地は灯を呼び出すと彼の胸倉をつかんで叫んだ。今までやられっぱなしのたまった怒りが爆発音を立てる。
血走った眼で灯を睨むが、それを飄々と受け流すように、灯は口元を緩く笑った。
「どうしたの、輝地くん」
「どうしたもこうしたもねえ!! なんでてめぇは俺の大事なもんすべて持って行っちまうんだよ!!」
「大事なもの?」
「額月をとったのはてめえだろ⁉」
「ああ、額月さんね。彼女からぼくを好きだって言ってきたんだよ」
「俺にもそう言ってきたっつーの」
「女の心はうつろいやすしってね」
「いい加減にしろよ! そのへらへらした笑顔の下に隠している本性、いい加減出せって」
「出す? 何を?」
きょとんとした表情の灯に輝地はテンポが崩れていく。
「いいの? ぼくがきみをどう思っているか、知って。でもそれでどうなるの? きみに額月さんを返したら、そのかわりにきみがぼくを愛してくれるの?」
「は? お前、何言ってんだよ」
「何って、こういうのを本性っていうんでしょう?」
蠱惑的な笑みを浮かべる眼前の対象に、嫌悪と恐怖と苛立ちと怒り、身体じゅうを掻きむしりたくなるような気分の悪さが襲ってくる。
「お前、一体、何者だよ」
「灯だよ。灯って名前がついてるのに」
返す言葉を失って、ただ輝地は立ち尽くした。灯もそれ以上、何も言ってこなかった。
(了)
✿7月8日:
酸漿Winter Cherry
鬼灯とも。異名として輝血、奴加豆支など。花言葉を調べたら「偽り」「ごまかし」など。秋というイメージが強いのですが、一応七月八日の誕生花になっているみたいです。花の時期だからでしょうか。なんかもう、オレンジ系の絵具を塗った上にオレンジで重ねる感じの水彩風景を頭の中で思い浮かべながら書きました。線画は鉛筆で書き、主要な部分だけ筆でなぞったような。いや何の話やねんってなりますわな。
好きだと言って告白してきたのは彼女のほうだった。それなのに輝地にあっさりと別れを告げ、その心はどこかへ行ってしまった。
女に振られたのが、悔しいのではない。
その女の行先が異常に腹立たしいのだ。
灯。
同い年の少年には人々が欲しがるものすべてを持っている。
まず、金。家が見事に富裕家庭なだけあって、クラスの中で一番羽振りのいい。そして、容姿。廊下ですれ違ったとき、彼に振り向かない女子などいないくらいに彼の美貌は冴えている。
運動神経もよく、学業も優秀。
いうことなしの存在でありながらも、輝地を常に陥れようとしている存在。
いつからだか忘れてしまったが、彼が特殊な目線を送ってくのを輝地は気が付いていた。学級内で「一番」の称号にぴたりと当てはまる存在が自分という存在を気にかけてくれているのだと思うとなんだか嬉しくもあったのだが、その視線がただの温かなまなざしではないということを後々になって嫌というほどに知った。
彼はことあるごとに、輝地の成功を妨害してくる。
今回はトップをねらえそうだと思ったテストの日、全ての科目の受験が終わった後に自身の机の引き出しから出てきたのは、手書きのカンニング・ペーパーだった。
筆跡が輝地に似ていることから、同級生から一気に白目で見られ、後日の追試が決まった。そのときの味方は担任の教師のみだった。疑惑のペーパーの筆致が微妙に輝地のものと違うとして、最後まで味方でいてくれた。
テストだけではない。何かにつけて、輝地の生活に暗闇が差す。
その原因が灯であることに気が付くまで時間は少しかかったが、それでも犯人を見出すことができてよかった。誰もが灯の味方に付いてしまい、自身の主張は霧の露と化したとしても。
それが、恋愛関係にまで及び始めた。
付き合っていた額月が、急に別れを切り出し、灯と付き合いだした。
とられたのだ。
その事実が輝地に着火した。
「おい、お前、いい加減にしろよ!!」
輝地は灯を呼び出すと彼の胸倉をつかんで叫んだ。今までやられっぱなしのたまった怒りが爆発音を立てる。
血走った眼で灯を睨むが、それを飄々と受け流すように、灯は口元を緩く笑った。
「どうしたの、輝地くん」
「どうしたもこうしたもねえ!! なんでてめぇは俺の大事なもんすべて持って行っちまうんだよ!!」
「大事なもの?」
「額月をとったのはてめえだろ⁉」
「ああ、額月さんね。彼女からぼくを好きだって言ってきたんだよ」
「俺にもそう言ってきたっつーの」
「女の心はうつろいやすしってね」
「いい加減にしろよ! そのへらへらした笑顔の下に隠している本性、いい加減出せって」
「出す? 何を?」
きょとんとした表情の灯に輝地はテンポが崩れていく。
「いいの? ぼくがきみをどう思っているか、知って。でもそれでどうなるの? きみに額月さんを返したら、そのかわりにきみがぼくを愛してくれるの?」
「は? お前、何言ってんだよ」
「何って、こういうのを本性っていうんでしょう?」
蠱惑的な笑みを浮かべる眼前の対象に、嫌悪と恐怖と苛立ちと怒り、身体じゅうを掻きむしりたくなるような気分の悪さが襲ってくる。
「お前、一体、何者だよ」
「灯だよ。灯って名前がついてるのに」
返す言葉を失って、ただ輝地は立ち尽くした。灯もそれ以上、何も言ってこなかった。
(了)
✿7月8日:
酸漿Winter Cherry
鬼灯とも。異名として輝血、奴加豆支など。花言葉を調べたら「偽り」「ごまかし」など。秋というイメージが強いのですが、一応七月八日の誕生花になっているみたいです。花の時期だからでしょうか。なんかもう、オレンジ系の絵具を塗った上にオレンジで重ねる感じの水彩風景を頭の中で思い浮かべながら書きました。線画は鉛筆で書き、主要な部分だけ筆でなぞったような。いや何の話やねんってなりますわな。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる