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✿7.13:唐菖蒲
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その感情は隠し通さねばならない。
だが、こんな自分が彼を手放せるわけがない。
唐蒲は仄暗い室内からじっと窓の外を眺めた。夕暮れが差し迫った空をバックに生い茂る学内の木々が枝を伸ばす姿が影絵のように黒く染まっている。
それはいつか夜がくるその一瞬まで、なんとしてでも輝いていようとする最後の太陽のまたたきだったのかもしれないし、眠りの時期における樹木の最後の抗いだったのかもしれない。
景色を見て、思うこと。だがそれ以上に唐蒲の心の中心には重たい靄が存在していた。
そろそろ来るだろうか。
待っているのは理科準備室。なかなか人の気配無き、薄暗い空間。あちこちに散乱していた器具は、ここを使うと決めたとき彼と唐蒲で片付けたため、なかなか整理されている状態になったと思う。それでも、電球の失われた空間に光は乏しく、床に何かが落ちていたら危険だとも思う。長らく放置されていた場所らしいといえばそうなのだが。
でもだからこそ人目を憚って会いたい人間と密会するにはいい場所だ。
毎週木曜日と火曜日。会う時間はそう決めた。なるべく生徒の数が減る時間帯がいい。放課後ギリギリの時間。
待つ彼の心臓が、電池のなくなった時計とシンクロしていく。来るのか、来ないのか。足音は聞こえない。
それでも静かに扉が開かれる音がして、唐蒲は振り返った。
「待ったか?」
その姿を確認して唐蒲は、ほっと胸をなでおろした。同時にそれは幸福のため息だった。
「来てくれたんだね」
「いつものことだろ」
なんていうことはない。そういう態度がたまらない。
唐蒲は剣五――待ちわびていた人物へ左右の手を伸ばして見せた。その身体に剣五の身体が絡みついてくるように抱きしめられる。
「相変わらず、いい匂いするよな、お前の髪」
「そ、そうか?」
唐蒲の背中に回した剣五の手が、唐蒲の髪にそっと触れた。
「……何か、あった?」
いつもよりも重たい感覚を剣五から感じ取った唐蒲が尋ねた。
「ま、まあな」
ぐいっと力強い腕で密着していた胴部を離されると眼前に彼の険しそうな表情があった。
「どうした?」
もう一度聞く。だが彼はしばらくの間、沈黙した。だが、彼は自分の責任を果たすかのように重たそうな口をようやく開いた。
「決まった」
「何が?」
「俺、許嫁いるじゃん。今どき、おかしいかもしれないけどさ」
「う、うん……」
「もうすぐ十八だろ。それで……」
何を言いたいのか、なんとなく分かった。
唐蒲はそっと伸ばした人指し指で彼の丹精な唇の輪郭をなぞった。
「ん⁉」
「いいって。そういうの。最初からわかってたから」
「だが……」
「大丈夫だから。ぼくは」
「お前……」
だから、絶対にさせない。
ふたりでいるときくらいは、彼に、こんな表情を――。
(了)
✿7月13日:
唐菖蒲Gladiolus
グラジオラスとのこと。剣に似た形の花。「密会」「用心」といった花言葉を持っています。
だが、こんな自分が彼を手放せるわけがない。
唐蒲は仄暗い室内からじっと窓の外を眺めた。夕暮れが差し迫った空をバックに生い茂る学内の木々が枝を伸ばす姿が影絵のように黒く染まっている。
それはいつか夜がくるその一瞬まで、なんとしてでも輝いていようとする最後の太陽のまたたきだったのかもしれないし、眠りの時期における樹木の最後の抗いだったのかもしれない。
景色を見て、思うこと。だがそれ以上に唐蒲の心の中心には重たい靄が存在していた。
そろそろ来るだろうか。
待っているのは理科準備室。なかなか人の気配無き、薄暗い空間。あちこちに散乱していた器具は、ここを使うと決めたとき彼と唐蒲で片付けたため、なかなか整理されている状態になったと思う。それでも、電球の失われた空間に光は乏しく、床に何かが落ちていたら危険だとも思う。長らく放置されていた場所らしいといえばそうなのだが。
でもだからこそ人目を憚って会いたい人間と密会するにはいい場所だ。
毎週木曜日と火曜日。会う時間はそう決めた。なるべく生徒の数が減る時間帯がいい。放課後ギリギリの時間。
待つ彼の心臓が、電池のなくなった時計とシンクロしていく。来るのか、来ないのか。足音は聞こえない。
それでも静かに扉が開かれる音がして、唐蒲は振り返った。
「待ったか?」
その姿を確認して唐蒲は、ほっと胸をなでおろした。同時にそれは幸福のため息だった。
「来てくれたんだね」
「いつものことだろ」
なんていうことはない。そういう態度がたまらない。
唐蒲は剣五――待ちわびていた人物へ左右の手を伸ばして見せた。その身体に剣五の身体が絡みついてくるように抱きしめられる。
「相変わらず、いい匂いするよな、お前の髪」
「そ、そうか?」
唐蒲の背中に回した剣五の手が、唐蒲の髪にそっと触れた。
「……何か、あった?」
いつもよりも重たい感覚を剣五から感じ取った唐蒲が尋ねた。
「ま、まあな」
ぐいっと力強い腕で密着していた胴部を離されると眼前に彼の険しそうな表情があった。
「どうした?」
もう一度聞く。だが彼はしばらくの間、沈黙した。だが、彼は自分の責任を果たすかのように重たそうな口をようやく開いた。
「決まった」
「何が?」
「俺、許嫁いるじゃん。今どき、おかしいかもしれないけどさ」
「う、うん……」
「もうすぐ十八だろ。それで……」
何を言いたいのか、なんとなく分かった。
唐蒲はそっと伸ばした人指し指で彼の丹精な唇の輪郭をなぞった。
「ん⁉」
「いいって。そういうの。最初からわかってたから」
「だが……」
「大丈夫だから。ぼくは」
「お前……」
だから、絶対にさせない。
ふたりでいるときくらいは、彼に、こんな表情を――。
(了)
✿7月13日:
唐菖蒲Gladiolus
グラジオラスとのこと。剣に似た形の花。「密会」「用心」といった花言葉を持っています。
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