仮面幼女とモフモフ道中記

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23話 静謐の境界

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 踏み入った場所は、確かに古ぼけた石造りの建物だった。
 元は白かったであろう石材で作られた、何の変哲もない建物で、アレクが言う遺跡だとかダンジョンだとかだなんて、到底思えない外観だった。
 結界が張られていた事も、ただそれだけの事。

 暗がりの中、淡い光を放った紋様に、エリィは小さく『ぇ』と声を漏らすが、その声はアレクにもセラにも届いていなかった。
 
 そして消えた壁の向こう。
 この目の前に見えているものは何だろう。一瞬思考に隙間が生じた。

 ほの暗い闇を抱えた通路が伸びている。
 通路を縁取るように、壁際にずらりと並ぶ白い円柱の柱には、それぞれランプが設置されているのが見えた。その光はまるで死者の国を漂う霊魂のように、青白く寒々しい。
 通路の床も壁も、消えた模様付きの壁を境界にして、素材も作りも異なるようだ。境界の奥は白いレンガのようなものが規則正しく敷き詰められており、天井部分はアーチを描ている。
 どこぞの霊廟だと言われても頷けてしまう佇まいだ。

「これ、奥に行かないといけないの…?」

 境界の手前で、進むのを躊躇っているエリィが憮然と呟く。

「せや、この奥にあるはずやねん!」

 何故かドヤるアレクに、沈黙が流れた。


「な、なんで黙り込むんや!? ここは『お~』とか『わ~』とかいう場面やろ!?」
「いや、だって…」

 パタパタと飛びながら、不満を露わに耳手と両前足をブン回すアレクから、エリィはそっと顔を背け通路の奥の方を見る。
 つられるようにセラも通路奥へ視線を流した。

 真っすぐに伸びる通路、カーブしたりしているようには見えないのに最奥が見えない。

「どれだけ歩かせる気よ」
「記念すべき初攻略やのに、なんでそないに面倒くさそうなんやああああ!?」
「これが遺跡と言うものなのか、人間種は何故このようなものを作るのだろうか」
「あ~あぁ、そうね。意味わかんないわよね。まぁ遺跡でもダンジョンでもいいけど、こんな長い通路を作る必要ないとは思うわ。って言うか、これ御墓よね? RPGお馴染みの『何とかの墓』って名前の迷路。アンテッドが出てくるとかだったら、本気で勘弁してほしいんだけど」
「墓ちゃうわ!!」
「いや、もしかしたらそれ以前の話かも? ぽつんと存在する壊れかけの建物の中に、どうやったらこの長さの通路が建造されてるって言うの? 明らかに違法建築だわよ、時空が歪んでるとしか思えないわよ。肝試しの怖さじゃない怖さまで加算されるとか聞いてないわ」

 エリィは低い呟きと共に、がっくりと肩を落として溜息をついた。

「…本気でこれを行けとか言う?」
「欠片取りに来たのに、行かんでどないするんや…」
「いやだからさ、アレクが取ってきてくれたらいいんじゃないかな~と」

 目をこれでもかと釣り上げたアレクの耳手拳骨が無言で振り下ろされたが、金属音を立てて痛い目を見る羽目になったのはアレクの方だった。
 


「アレク殿、今の所、敵がいる気配は俺には感じられない。先ほどまでのように俺が主殿を乗せて歩くというのではいけないだろうか」
「ん~、それでもええとは思うんやけど、この狭い通路で何かあったらなぁ…」
「ふむ、懸念は理解できるのだが、主殿の体調は戻ったわけではない。俺には肌の色が悪く見えるのだが、どうだろうか?」

 指摘されてギョっとアレクが慄く。
 この境界の壁に近づくまで、エリィは失血ダメージが抜けておらず、セラが乗せて運んでいた。
 考えるまでもなく、短時間でそれが改善するわけがない。

「ぁ、それは…ごめん、エリィ」
「え? 面倒くさいのは本音だし。それに大げさよ、こんなに喋れてるんだから問題ないと思うわ」

 セラが屈んで、へらりと笑っているエリィに乗るように促す。
 一瞬何とも言えない間をおいてから、仕方なさそうにのそりと、エリィがセラによじ登って跨った。

 エリィがちゃんと跨ったことを、目でも確認してからゆっくりとセラが立ち上がる。
 境界の向こう側、白レンガのような床の方へ、そうっと前足の爪を進ませた。
 この境界線に害意があるのなら、爪先が触れただけでも何らかの反応があるだろう。
 暫くして自分の爪に何も変化がない事確かめると、エリィを乗せたセラが大きく一歩を踏み出した。



 境界を越えた途端空気が変わった。
 とても寒々しい印象だったし、何よりずっと封印されていたようなものだから、澱んでいても不思議ではないのに、入ってみて感じるのは、波紋のない水面のような静けさと凛とした涼やかな感覚。そう、例えば冬の早朝の境内を思わせる静謐さだ。


 アレクは浮いて移動しているので、床石を叩くセラの爪音だけが通路内に響く。

 カツン
  カツン
    カツン…


 警戒しながらも一定の歩調で進んでいく一行の後ろで、ぽっかりと開いていた入り口が音もなく閉じられた。

 
 
 
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