仮面幼女とモフモフ道中記

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24話 欠片の意味

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 結果から言えば、アレクが言う『攻略』は成功した。

 そして今現在、森の中にある温泉を堪能中である。

 小さな滝も流れ込んでいるので、湯温を自分で調整できるのも素晴らしい。前世日本人時代にそれほど旅行をすることはなかったが、日本人である以上、『温泉』だの『風呂』だのという単語には、やはり反応してしまう。
 エリィはしっかり肩まで浸かってウットリと脱力しているし、アレクはエリィの横で湯に浸かりながら毛繕いに余念がない。セラはというと、なぜか流れ込む小さな滝に打たれている。
 それぞれ楽しんでいるようで何よりだ。

 しっかりと結界石を置き、敷物の毛皮も準備完了。焚火も既に熾し終えていて、簡易な拠点の設置は出来ている。懸念事項としてはやや開けた場所であるという事だろうか。今いる場所がよくわからないのだが、何故か魔物ではない動物もちらほらいる事で、森としてはそれほど深い場所ではないと思われる。

 何故今いる場所がわからないのか……

 ふぅと温泉の心地よさに恍惚の吐息を漏らすという、幼女にあるまじき行動をしながら、エリィは先だっての遺跡のことを思い返していた。


 セラの爪音が規則正しく響く通路はとても長かった。
 どこまで行っても真っすぐで、どこまで行っても終わりが見えなかった。
 時計もないし、陽の傾きもわからないので時間はわからないが、体感では数時間は歩き続けたような気がする。何しろ歩くセラに並んで浮遊移動していたアレクが、飛ぶのに疲れて、セラの背に跨るエリィの前に、でれんと情けなく伸びるくらいには疲労を貯めていた。
 魔力を纏っての全力疾走ならともかく、ゆるゆると浮遊移動するくらいは、さほど疲れないというのはアレクの談だ。
 セラの体力がすごいという証左かもしれないが。

 途中数回の休憩を挟んで歩き続け、やっと見えてきた終点にあったのは、やはり白いレンガのような壁と床で覆われた小部屋。
 この小部屋に至るまで、ただの一度も戦闘になることはなく、聖域のような清涼感も途切れることはなかった。

 手分けして調べるためか、エリィがセラの背からひょいと飛び降りた地点で部屋を見回す。
 その間に、再び浮遊移動を開始していたアレクは奥の壁を見つめながら、セラは床の方を調べる為に目線を下方に向けたまま、二人とも小部屋の中央の方へ足を進めた。

「ここで行き止まりなのか?」

 そんなはずはないと首を捻るアレクに、セラが畳み掛けて問う。

「欠片どころか、塵一つさえ見当たらぬようだが」
「おっかしいなぁ、そないなはずないねんけど…」

 首を捻る二人の後方で立ち止まっていたエリィが、小部屋を見回すのをやめて、警戒しつつも前へ進む。
 アレクとセラまであと数歩と言うところで異変が起きた。

 エリィの足元が光を放つ。
 輝線が複雑な文様を描き出したかと思うと、その輝きを増しながら小部屋の床に大きく広がった。

「アカン! これ転移紋や!」

 アレクが叫びながら、せめてエリィだけでも、と耳手を伸ばす。
 転移紋から押し出せたとして、それが正解かはわからないが、跳んだ先の危険度は更にわからない。
 だが、無情にもエリィに耳手が届くより早く転移紋がその役目を果たした。

 
 跳ばされた先に見えたものは、先ほどまでと変わらぬ造りの通路。
 通路、転移、通路、転移…繰り返すこと5回。
 最初の通路以外は、それほど長くなかった事だけは幸運だった。
 漸く辿り着いた終着点には、青白い照明のせいで色味がわからないが、白ないし薄い色合いの布がかけられた祭壇のような台座が一つ。

 
 ここに至るまで、繰り返す通路と転移に辟易はしていたが、しっかりと護られた遺跡だったようで、戦闘どころか虫の一匹さえ見ることはなかった。
 だから大丈夫なのだろうとは思うが、やはり警戒心が消せずに、エリィは慎重に台座を覆う布にその手を伸ばす。

 そして現れたのは、緻密なレリーフが施された台座と、そこに置かれた整形されていない…叩き割ったかのような、まさに欠片が二つ。
 透明度がとても高い紫色と青色の、宝石としか言いようがない欠片だった。


 姿を露わにした2つの欠片はゆっくりと光を纏い始める。
 徐々に強くなる光。だが目を覆うような眩さはなく、優しく静かな輝きだ。
 台座の前で、その光景に戸惑う3人を置き去りに、紫の輝きはエリィに、青の輝きはアレクへと吸い込まれて消えた。



 以上のような顛末の後、再びそこに現れた転移紋に跳ばされて、今に至っているというわけだ。

 欠片が吸収されたことによる変化はというと、アレクは一回りほど大きくなり、翼を収納というか、消せるようになった。喉元にはふさふさと触り心地の良い毛が生え、少々高級感が増したかもしれない。三又の尾も普通の猫のような尻尾に擬態できるようになった。
 これは非常にありがたい。
 この先、人族と関わることもあるだろうと考えると、あまり目立ちたくはない。
 アレクが普通の家猫のような姿になれるということは、利点しかないのだ。

 エリィの方は見た感じ劇的な変化はなかった。もしかしたら身体はアレク同様に少しは大きくなっているかもしれない。しかし装備一式に可変魔法が施されているため、微かな成長程度では気づけないのだ。勝手に大きさを調整してくれるおかげで、窮屈さを感じることがないせいだ。

――――が、変化はあった。

 温泉に浸るべく装備を脱いだことで、それはわかった。

「お~ エリィ、右手が肌色ンなっとるで!」
「これは脱がなきゃわからなかったわよね」

 ダメージによる体調不良も温泉のおかげで少しは軽減したのか、声が少しだけ高い。
 エリィとアレクはキャイキャイと楽しそうに言い合っているが、セラはその光景に固まってしまう。

 エリィの頭部が仮面の続きで覆われているのは見た事がある。だから驚きはしないが、その身体が普通ではなかった。

 服越しには普通の幼稚園児ほどに見えていた身体は、存外に小さく華奢で、下手をすると幼稚園児にさえ見えないかもしれない。口調とのギャップに更に唸ってしまいそうなくらいには。
 だが、驚愕したのは身体の小ささではない。
 仮面の下から、首、そして肩の中程までと右腕は普通の人間だ。
 だがそれ以外は全身銀色だったのだ。それも水銀のような質感で。そこだけを見れば、生物とは程遠い姿をしていた。

 目を丸くしているセラに気づいたエリィが、一瞬きょとんと首を傾げるが、すぐに正しく思い当たったようだ。

「ぁ~っと、驚くわよね、これ。だけど近未来感が半端なくて、私としては気に入ってるのよ」

 うふっと悪戯っ子のようにエリィは笑いながら、人肌の右手でアンドロイドのような左手を撫でる。

「なんかね、こっちでの身体を再生してくれたらしいんだけど、その時にベースにしたのが、なんだっけ…あ~、そうエリスフェラード愛用の指輪だったらしいのよ。それしかその時には無かったって言うんだから仕方ないのよね」

 ケラケラとエリィが明るく笑って続ける。

「で、集めてる欠片っていうのが、そのエリスフェラードの身体が変化した結晶という話よ。で、回収出来たら水銀が人肌に置き換わるというシステムらしいわ。まぁ、アレクの欠片まであるとは思わなかったけど」
「あれは僕かて聞かされてへんだんや。記憶も知識も…色々と抜け落ちとるんやもん、しゃーないやん?」
 
 なるほど、と納得したセラは一つ頷き

「話してくれて感謝する。その事実を知ったところで、主殿に仕える気持ちに変わりはないがな」


 そして冒頭部分に戻る、というわけだ。


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