仮面幼女とモフモフ道中記

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97話 2つ目の遺跡にて

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 アレクもセラも、そしてフィルも赤眼の敵との間に身を滑らせ、エリィを背後にするまでの早さと言ったら唖然とするほどだった。
 おかげで成長した肢体にボロ布が纏わりつくだけの、みっともない姿は見られなくて済んだが、エリィは微かに眉根を寄せて、足元に落とした元衣服を見つめる。

(心から皆に見られなくて良かったと思うわ…素材が安いものだからだろうけど、成長しただけでほぼ残骸と言って良い程まで細切れになるとは思ってなかった。
 まぁ、放置されてた衣服や靴だし、安いと言うだけじゃなく脆くもなってたんでしょうね。とはいえ袖部分とか、一部は残ってすごく痛かったけど……まだ全部の欠片は回収できてないみたいだし、次からは装備の事も考えてから回収しないとだわ)

 緊迫した場面にも拘らず、そんな事を考えながらも自分の現在の姿を考えて、収納から布を取り出し胴にしっかりと巻き付けた。
 ついでに言うなら仮面を隠すように巻いていた包帯も今はなく、紫色の宝玉が輝く銀仮面が露出している。


 どちらも対峙したまま動きはない。
 恐らく時間にしてみれば大した長さではなかっただろうが、張り詰めた空気の中、永遠に続くかと錯覚しそうになるほどの間の後、先に動いたのは赤眼の方。
 赤い目が微かに眇められた後、のそりと暗がりから進み出てきたのは、金色の体毛を持つ大きな狐だった。
 4本の足先近くは白色で、一部の体毛が踵辺りで伸びている。耳の辺りなど一部分は漆黒で、それもアクセントになっていて酷く美しい。尾はとても長く、正確には後ろから確認する他ないだろうが、見える限りでは6本以上に分かれているように見える。9尾ならぬ6尾の狐と言ったところだろうか。
 それがぐっと首を下げ再び低く唸りながら祭壇を抜けて、エリィ達の周りを回る様に殊更ゆっくりと動く。
 その動きのおかげで全身が闇から抜けてで、エリィ達の眼前に晒された。
 こんな場合でなければ、抱き着きたくなるほど柔らかそうな立派な毛並みで、何より目を引くのは6本以上に分かれて見える尾だろう。体長よりも長くしなやかに揺れている。

 その狐が歩みを止めると同時に口を大きく開く。
 耳を劈くほどの甲高い声で一鳴きすると、狐の周囲に青白い狐火が幾つも現れた。クイっと顎をしゃくるような動きをすると、それに合わせたかのように狐火がエリィ達めがけて飛んでくる。
 それを回避すべく、セラとアレクは横跳びに、フィルは何故か後ろのエリィをお姫様抱きに抱え上げ後ろへと飛びのく。
 すぐさまセラとアレクは元の位置に戻り、アレクは2対4枚の翼を大きく振って羽根矢を狐の顔めがけて飛ばし、セラは体勢を低くしたまま自分の周囲に風を纏わせた水の玉を作り出す。

 後ろに飛びのいたフィルは、腕の中で放せ降ろせと暴れるエリィににこりと笑みを向けた。

「随分と成長なさいまして、嬉しい限りでございます」

 場にそぐわない言葉に言いようのない表情で固まっているにも拘らず、微笑を浮かべたままフィルが続けた言葉に、エリィは息を呑んだ。

「彼女とは顔見知りでございまして、叶うならばこの場はワタクシめにお預け願えませんでしょうか?」

 あの魔物が顔見知り?…と思考が追い付いていないのだろう、一瞬金色の狐の方へ顔を向け、再びフィルに戻してからエリィはぎこちなく首を縦に振る。

「やりすぎますと魔石になってしまいますのでね。叶うならば捕縛できればと思っております」

 そこまで聞いて、エリィがピクリと身を固くした。
 まさか…と小さく呟くエリィを静かに下ろすと、フィルは剣を抜きセラの隣に並ぶ。
 だが抜いた剣を構えるでもなく、だらりと腕も伸ばしたままだ。

「珍しい失態ですね。誇り高い貴方がこのような醜態を晒すなど……。しっかりと思い出してエリィ様より説教して頂くとしましょう」

 グルルルと歯を剥き出しに、苛立たし気に唸る狐を見据えたまま、フィルが続ける。 

「セラ、狐火の対処をお願いしても宜しいでしょうか? アレクは尾の牽制をお願いします。叶うならば彼女に大きな傷はつけずに済ませたいので」
「承知した」
「え!? 尾って、無茶いうなや!! 僕のかーいらしい羽根矢なんぞ、あの尾っぽに効く訳あらへんやろ!!」

 フィルは口元に綺麗な弧を描かせると、頼みましたよと呟いて地面を蹴った。
 狐の顔がその姿を追うように、セラとアレクから外れる。すかさず風を纏った水球を狐火に向けて飛ばす。勢いのせいか水球はまるで槍のようだ。
 それに合わせてアレクも羽根矢を飛ばすが、ここでアレクが何かに気づいた。

「あえ? もしかして魔法が使いやすうなっとる?」

 そう呟いて動きを止めた隙を狐の方も逃さない。大きく豊かな尾で薙ぎ払おうとするが、それを何とか躱し、アレクは後方のエリィに大声で叫んだ。

「エリィ! もしかしたら魔法が使えるかもしれん!」

 大きな声にエリィは自分の手をじっとみると、一度グッと握ってから力を抜いて開く。
 エリィはそのまま発動させないまでも、何が使えるのか確認しているようだ。
 何度か手を握ったり開いたりと繰り返した後、クイと顔を上げた。
 途端に氷の鎖が四方から狐に襲い掛かる。
 狐はハッと振り切れそうな勢いで首を巡らせると、大きく胴を捩ってそれを交わしながら横に飛びのき、頭上から重力に任せて落下してくるフィルを尾で薙ぎ払おうとする。
 その刹那、セラが狐の足元めがけて水球を飛ばせば床は水浸しになり、足を踏ん張ろうとした狐はそれが叶わず、ズッと滑って身体が傾いだ。
 制御を失ったのか狐火が撒き散らされるが、それはアレクが羽根矢で弾く。
 そのまま拘束できるかとエリィが氷の鎖を伸ばすが、足を取られていたはずの狐は大きく口を開いて火球を作り出し、床めがけて飛ばすと、その勢いを利用して体勢を立て直す。

 尾の攻撃を中空で留まる事で躱したフィルは、剣で狐火を払いつつ左手を軽く曲げて、その手の平に渦巻く風の玉を作る。

「もう少し遊んでくださいな。そうすれば狂乱の色も落ち着くでしょう」

 呟き終わらないうちに、手の中にあった暴風球を狐に向けて飛ばす。そのまま連射して風の玉をぶつけると、徐々に狐は顔も背け全身で防御の体勢になった。

 再び狐が顔を上げた時、鮮血色だった瞳は時折明滅するように色を変えると微かに空気が震えた。

【……ケ………クル…イ……タ、スケ……ァァァアア…】

 一瞬鮮やかな金色に染まった双眸が再び鮮血色に塗り替えられる。
 ググっと全身に力を漲らせ、低く沈めた体勢から一気に貯めた力を開放すると、それが圧となってフィル達を吹き飛ばした。
 強かに背を打ち付けたアレクにエリィが近づき抱き上げる。
 フィルは瞬間体勢を崩したが、すぐに整え再び剣先と左手から風球を連射し始めた。
 セラは流石と言うべきか、圧をいなして既に反撃の大勢だ。

 猛攻に一瞬怯むものの、狐の方も大人しくやられてはくれない。
 尾を振りかざし、薙ぎ払うのかと思いきや、数本を切り離す。
 それをみたフィルが両目を剣呑に眇めた。

「その尾をすぐに消してください!」

 秒も待たずにセラが、切り離されそれぞれが光の玉になって床に降り立つ前に、飛び掛かって嘴を突き刺す。
 アレクも光の玉を消すのを手伝うべく、羽根矢を飛ばした。

 やや顔をひきつらせた狐は、切り離した尾が次々と消されて行く様を目の当たりにするも、フィルの連射に再び防御を余儀なくされる。
 追い打ちをかける様に連射の手を止めないフィルが、エリィに視線を向けた。
 それに気づいたエリィは、ありったけの魔力を込めて氷の鎖を作り出し、身を丸くしている狐に向けて四方から勢い良く伸ばした。
 鎖に気づいた狐が咄嗟に飛びのこうとするが、最早手遅れだった。
 狐の身体に絡みつき、そのまま締め上げて来る鎖に、狐は体勢を維持できず、ドォッと大きな音を立てて床に倒れ込んだ。




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