【完結可】異世界召喚された聖女の俺、再会を約束した騎士にもう一度会いに行ったら男の姿のままでした。

良音 夜代琴

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6巻 春の嵐と新学期

フィールドワークに行こう(2/2)

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 彼は、妹が死んだのは私のせいだとも妹が悪いとも言わなかったし、私を慰めたり励ましたりもしなければ、謝ることもなかった。


「口は閉じた方がいい。口呼吸と鼻呼吸ではリスクが違う」

 私はポカンと口を開けていたらしい。
 注意を受けて、慌てて閉じた。

「そう、それがいい」
 そう言って彼は笑った。

 ずっとほとんど表情を変える事なく喋り続けていた男が、突然ふわりと笑うなんて。
 よれっとした服装をしておいて、私よりも年上の男性のくせに、そんな花のように微笑むなんて反則だと思った。

 私の胸が、ズドンと何かに撃ち抜かれた。

「できるなら、足元よりも前方を見て歩く方がリスクが減る。ウォーキングや速歩では25m先を見るように言われているが、防犯面では20mが推奨されている」

 できるなら。と彼は言った。
 できる範囲でいいという。

「私の話はそれだけだ。遅くなってしまったが、今回ぶつかってしまった事は私の前方確認不足もある。君だけの責任ではない事は伝えておこう」

 いや、そこは謝ってもいいと思う。
 私も謝ったのだから。

 そう思ってから、私は本当に心から彼に謝っただろうか。と振り返る。
 とにかく腹を立てている様子の彼から逃れたくて、口先だけで謝罪を口にしただけではなかっただろうか。

 勝手にぶつかってきて勝手に怒り出した理不尽な人だと思っていた。
 けれど、そんな私こそが、心無い人だったんじゃないだろうか。

 向こうからすれば、勝手にぶつかってきたのは私の方なのだから。

「ぶつかってしまって、ごめんなさい……」

 心を込めて謝罪の言葉を口にする。
 気持ちを込めて頭を下げたのは、もう随分と久しぶりだった気がした。

「ああ、いいよ。こちらこそ不注意ですまなかった」

 耳に届いた声は、思ったよりも優しげで柔らかった。
 その響きに驚いて顔を上げてから、次に、この人も謝るんだと驚いた。

 そうか、さっきまで私が本気で謝っていなかったのを、この人は分かっていたのか……。

「時間を取らせたね。気をつけて帰りなさい」

 まるで先生みたいな事を言って、彼はサッと立ち上がる。

 結局お説教はされなかったな。
 振り返ってみれば、彼の話は全部、私のためのアドバイスだった……。

 最後まで私の名前を聞くこともなく、自分の名前を名乗る事もなく。

 彼は私の立ち上がったベンチから風呂敷を回収すると、手早く荷物をまとめた。


 こちらを振り返ることもなく立ち去るその人の後を、私は思わず追いかけていた。


 ***


「ふぅん」という声にそちらを見ると、蒼が2人分の食器の乗ったトレーを持ってキッチンに入ってきていた。

「じゃあ、最初は母さんが父さんに惚れたんだ?」

 蒼の問いに、母さんが楽しそうに笑って答える。

「そうなのよ、だって稔さんってそもそも恋愛に全然興味がなかったんだもの」

 ……それはわかるような気がする……。

 父さんは学生の頃から……つまりは今の俺と同じくらいの頃からずっとこうだったんだなぁ。

「アオイ様、ミノル様が明日か明後日の朝にはフロウリアに行きたいとおっしゃっています」

 リンの報告を受けて、蒼が思案顔になる。

「もうか……。まあ、ギリ行けるっちゃ行けっけどさ……」

 え、行けるんだ?

 知らなかったのは俺だけじゃないらしく、リンも瞠目している。

「父さん、ディアは向こうに連れてったら向こうの時間で歳取るようになるし、その状態でディアがこっちに戻ってきても、ひと月持たずに寿命で死ぬからな」

「そうなのかい!?」

「おいディア、話してねーのかよ」

「聞かれていませんでしたので……」

「ったく……。今セリクがそれを何とかするための魔道具を作ってんだけどさ、時間操作ってのがめちゃくちゃややこしいらしくて、こっちじゃ資料も時間も足んねーからオレらもフロウリアに行こうかとは思ってたんだよな……」

「時間操作なら玲菜に相談してみたら? 確か彼女はそういうの研究してたはずだよ」

 玲菜はキリアダンにいた頃、結婚していた彼と一緒に年を取りたくてずっと時間操作の研究をしていたらしい。
 結果としては時間停止魔法を作るのが精一杯だったらしいけれど……。

 ちなみに玲菜の時間停止魔法も、俺の作った記憶消去魔法と同じく禁忌扱いになっているらしいので、その魔術陣は一般的には知られていない。

「あー……、そっか、なるほどな、わかった」

 蒼の表情を見るに、玲菜がなぜ時間操作を研究していたのか思い当たったらしい。

「LINE紹介しようか?」

「いや、コミュニティから声かけてみる」

 ああそっか。そういう手もあるんだなぁ。
 そういえば、蒼の前に聖女をしていた爽真君も、もしかしたらあのコミュニティを見つけたりしてるんだろうか。

 今度探してみようかな。

「けどなんか、向こう行ってもじっくり研究できるかってーと微妙っぽいんだよな……。司祭が変わってから元聖女もなんかグイグイ仕事振られるって聞いてるし、教会もちょっと安心できねーっつーか……」

 蒼はフロウリアの現状に詳しいなぁ。
 忙しくて手が回ってない俺に代わってマメにSNSを見てくれてるんだよね。
 何かあれば教えてくれるという蒼に、俺はすっかり甘えてしまっている。

「どこも大変なのねぇ」
 母さんの一言に、蒼は母さんを振り返った。

「つーか母さんはいいのかよ。父さん向こう行ったらもう帰って来れねーかもしんねーんだぞ?」

「圭斗もそんなこと言ったけど、蒼もそう言うのねぇ」

「そりゃそーだろ。あっちは銃刀法もねーし、剣持ってる奴はうろうろしてるし魔物も出るしな」

「でも蒼も行こうかなんて話を今してたじゃない?」

「オレはまあ……、気ぃつけっからいーんだよ」

「それなら稔さんも気をつけてくれるでしょ」

「……っ、そりゃそーかもしんねーけどさ……」

 渋い顔をする蒼に、母はもう一度大学生の頃の父さんの言葉を伝えた。

「そーゆー話だったのかよ」

「そういう事。私は、あなた達が元気に帰ってくるのを待ちながら、私の好きな仕事をして、美味しいものを食べて楽しく過ごしてるわ。だからあなた達はそれぞれのやりたい事をやってらっしゃい」

 そう言って母は逞しく笑った。

 俺達は皆、そのおおらかな笑顔にホッとしてしまう。
 父さんは母さんの前にお酒の追加とつまみの並んだ皿を並べながら、柔らかく微笑んだ。

「ああ、それがいい。やはり和枝さんは素晴らしい人だ。君のところに一番に帰りたいと思うよ」

「はいはい、分かってるわよ」

 今思ったけどさ、蒼の甘い感じって父さんに似てるんじゃないのかな……?
 言ったら蒼が機嫌悪くなりそうだから言わないけど。

 蒼は、顔はつり目なとこは母さんに似てるけど、顔の他のパーツと体格は父さんに似て細いよね。

 俺は逆に体格は母さんに似て、顔はたれ目なとこだけ父さん似かなぁ。
 太めの眉とか厚めの唇は母さんに近い。
 あ、でも髪の色とか目の色は、父さんに似て淡いかな。

「じゃあ父さんは行くとしてもひとまず1年だけな。あ、絶対巡礼にはついて行くなよ。問題はオレと兄ちゃんのどっちが連れて行くかだよな。まだ今はセリクとディアは動かせねーし……」

「ケイトが行くなら私も参ります」

「ディアが行くと兄貴と歳の差広がんだろ。オレらは行くとしても安全装――」

 そこへ父が口を挟む。

「いや、可能なら向こうに3~5年は滞在したい。こちらではほんの3日だろう?」

「はぁ!? そんな長居すっと途中寝る必要出てくんぞ?」

「23日の月曜の朝からがフロウリア暦4850年だろう。その数年前から入って、魔物とやらの増加量やそれに伴う瘴気の状態を確認したい」

「そんなん考古学者の範囲じゃねーだろ! つーか父さんは仕事もしねーでこんな事ばっかりして、生活費とかどうすんだよ!」

「おや、そこを突っ込まれるとは思わなかったな」

 ハッハッハと笑う父さんに蒼がギャンギャン噛み付いている横で、俺は隣に座り直していたリンに視線を移す。

 父さんがどうしても行きたいと言って、それが実現可能で、母も承諾しているのなら、向こうに送り届けるのは構わない。
 けど、そうすると俺は1年はこっちに戻って来れなくなるし、リンが俺を1人で行かせてくれるとも思えない。

「リン、ほんの半日だけ、こっちで待っていてくれないかな……?」

 ダメ元で頼んでみたけれど、リンはとても申し訳なさそうに、だけどハッキリと首を横に振った。

「いや、兄ちゃんも無理して父さんの都合に合わせることねーって。もうちょい待てって言っときゃいーだろ。ひとまずオレは玲菜に相談してくっからさ……」

 そう言って部屋に戻ろうとする蒼に、父が言う。

「何を言う。私は最大限お前達の事情に考慮した結果土日を選んだんだぞ?」

「23日は思い切り月曜じゃねーか!」

「そこまでが土日なだけいいじゃないか。10年後の4860年は28日で土曜だが、その前からとなったら平日になるからな。まあ、向こうでは私も現地の人達と交渉するつもりだし、付き添いは最初の数ヶ月で済むはずだぞ?」

「ったく、その自信はどっからくんだよ……」

「これまでの経験だな」

「そんだけ自信があんならオレが今夜にでも父さんだけ送ってきてやりゃよかったな」

 言って蒼が時計を見上げる。
 時刻は20時を過ぎていた。

「なんだ、蒼がそんなに協力的なら父さんも先に蒼に話せばよかったか」

「ちげーよ! このままじゃ父さんが無理にでも兄ちゃん連れて行きそうだから、オレが仕方なく譲歩してんだよっ!」

 蒼に怒鳴られても、父さんは相変わらずハハハと笑っている。
 この何事にも動じない感じは正直凄いと思う。
 これが場数を踏んでいる大人の姿なんだろうか。

 まあ、未知の研究対象を前にした時には動じまくっていたけれど。

「いいか!? フロウリアにはオレが土曜の19時から連れてってやっから! 父さんはこれ以上兄ちゃんとディアに無茶言うなよ!?」

「夜なのか? 朝がいいんだが」

「オレにも都合ってもんがあんだよ!!」

 叫んで、今度こそ蒼は部屋を出て行く。
 去り際に「兄ちゃん達は後で部屋寄ってくれな」と言い残して。

 ああ、ゲートが通れるようになった話だろうか?

 うかがうように隣を見ると、リンも小さく頷いてくれた。

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