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廃教会(俺)
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打ち捨てられた教会に、鍵はかけられていなかった。
俺たちより随分先に入ったウィム達が中を探索して埃をざっとはらった頃、俺たちもようやく教会に着いた。
「暖炉はここ一箇所みたいねぇ」
ウィムの言葉を聞きながら俺がマントを絞ろうとすると、師範が慌てて止めた。
「そ、それは私がやりますからっ」
確かに。やたらと刺繍がぎっしりなこのマントは、乱暴に絞ったが最後、二度と元に戻らないかもしれないな。
「頼む」
手渡したマントの重みで師範がよろける。
それを抱き留めれば、布越しにも、走って汗ばんだ師範のしっとりした体温が伝わって、俺の欲は否が応にも煽られた。
ああ……。師範は本当に、いつまでも美しいままだ。
淡く輝く銀髪は雨粒にキラキラと彩られて、陶器のような白い肌に闇色の瞳が瞬く様は、まさに究極の美だと思う。
師範の美しさに見惚れていると、師範の頬が桃色に染まった。
元から師範は人より恥ずかしがり屋だが、昨日から時折見せる愛らしい反応は、明らかに今までとは違っている。
まるで俺を意識しているような……、そんな師範の初心な様子に、俺の理性は度々窮地に立たされていた。
「師範……」
俺の声に、師範は俺をうっとりと見つめたまま「ギリル……」と応える。
ああ、このまま、この人の全てを俺のものに出来たら……。
「えーっとぉ、いい雰囲気のとこごめんなさいねぇ? 雨も止みそうにないし、今夜はここに泊まることにするから、二人には周囲を確認してぐるっと結界だけお願いしていいかしらぁ」
見れば、ウィムは暖炉の掃除をしたのか鼻と頬に煤をつけて、申し訳なさそうに苦笑している。
後ろではティルがいつの間にか集めた薪を暖炉に組んでいた。
「ああ、悪い。すぐ行ってくる」
師範も「すみません」と謝って俺と二人、もう一度外に出た。
辺りに魔物の気配がないことを確認して、師範が結界を張り終えると、俺が仕上げに聖なる剣で辺りを浄化するのが、野宿の時のいつもの手順だ。
俺は剣を振り上げると、ふと動きを止めた。
「……師範は俺がこうやって浄化しても辛くないのか?」
「そうですね、力が抜ける感覚はありますが、不快ではありませんね」
「それって、大丈夫なのか?」
「心地よい疲労感と言いますか……例えるなら、長風呂の後の状態に近いですね」
「やめとくか」
「いえ、してあげてください。ウィムさんのためにも」
ああ、確かに、俺が浄化するとウィムは元気になるんだよな。
肌の艶とか見るからに違うからな。
……まさか。
ウィムはちょっと身体が弱い奴なんだと思ってたが、実は間違いで、師範のそばにいるせいでアイツずっと無理してんじゃねーのか?
「ギリル?」
「あ、ああ。分かった」
師範の声に、俺は下ろしかけていた剣をもう一度振りかざすと、心の力を込めて空を切る。
俺が聖剣を振る様を、師範はうっとりと見つめていた。
教会に戻ると、こちらに気付いたウィムが手を振ってくる。
「お疲れさまねぇ。こっちもやっと火がついたから、濡れた服を乾かしちゃいましょうねぇ」
暖炉前にはロープも張られていて、ウィムがティルダムの服を掛けているところだった。
そこへガタゴトと音を立てて、ティルダムが奥から何か大きなものを引っ張ってくる。
これは……。
「ベッドを……ここに運んでいるのですか?」
師範の声に、ティルダムがこくりと頷く。
「そうなのよぅ、奥に寝室は三つあったんだけど、暖炉がここだけなのよねぇ」
ウィムの説明に、俺は首を傾げる。
「まだそんな寒くねーし、そのままでいーんじゃねーの?」
「そりゃ体力バカのアンタは大丈夫でしょうけど、師範が寒そうにしてるじゃない」
呆れ顔で言われて、俺は師範を振り返る。
師範の顔色はいつもより青ざめていた。
「師範……」
師範の顔は俺が一番見てたはずなのに。
いつも先に気付くのはウィムで、俺は……。
「わかったら、早いとこ二人とも着替えちゃってちょうだいな。アタシたちは奥の部屋を使うから、遠慮しないで、ごゆっくりねぇ?」
ウィムは何やら意味深に微笑むと、ウインクをひとつ残してティルダムと奥へ消えた。
俺は、言われた通りに濡れた服を脱いでロープにかける。
振り返れば、師範はまだケープの結び目に苦戦していた。
「師範も早く脱いだ方がいい。身体が冷える」
「すみません、もう少しなんですが……」
どうやら水を吸ったケープの結び目がかたくなったのと、師範の指先がかじかんで震えているせいで上手くいかないようだ。
「師範、眼鏡外して」
「眼鏡ですか?」
師範は不思議そうにしつつも素直に眼鏡を外す。
俺は師範のケープをスポッと頭から引き抜いた。
「あ、ありがとうございます……」
少し恥ずかしそうに呟く師範が可愛い。
このまま師範をずっと見てたら理性がやばいな。
「これ、解いて掛けとくから」
俺は師範に背を向けて、ケープの結び目を解き始める。
後ろから、衣擦れの音だけが聞こえる。
師範、どこまで脱いでんだろうな。
いつも同じ部屋で寝泊まりしてんのに、俺ばっかこんな風に意識して、本当にバカだよな。
俺は解いたケープをロープに干すと、なるべく師範の方を見ないようにして振り返った。
俺も濡れていなかった下着以外は全部脱いだから、風邪ひく前に服着とかねーとな。
「ひゃ」
師範の微かな悲鳴に俺は思わずそちらを見てしまった。
師範は脱いだばかりの下着で胸元を隠すようにして俺を見ていた。
「師範……?」
「なっ、なんでもありませんっ、その、ギリルが……」
「俺が?」
「いえ、その、ギリルが急に振り返ったから、ちょっと驚いただけで……」
師範は、みるみる色付く頬を隠すように俯いた。
なんだそれ。可愛すぎるだろ。
俺は思わず、師範に腕を伸ばしていた。
「へえ。師範……そんなに、俺のこと意識してくれてんだ?」
師範の細い肩を抱き寄せると、いつもひやりとした師範の身体はより冷たく冷え切っていた。
「って、こんな冷えてんじゃねーか」
俺は慌てて荷物から毛布と師範の下着を取って来る。
師範が握りしめていた下着もサッと奪い取ると新しい下着を握らせた。
「ほら、俺が干しとくから、すぐそれ着て」
「は、はい。すみません……」
俺は師範の服を手早くロープに掛けると、下着にようやく袖を通した師範を抱き上げて、ウィム達が暖炉の前に用意してくれてたベッドに座った。
既にベッドは温まっていて、ここなら確かに師範の身体もすぐ温まりそうだ。
俺は少しホッとしながら、毛布で俺ごと先生を包んだ。
「ギ、ギリル!?」
「師範すげぇ冷てーから。俺があっためる」
俺が言い切ると、師範は少し戸惑いながらも、大人しく俺の腕の中におさまった。
「……あ、ありがとう、ございます……」
やっぱりそうだ。
師範は、俺に触れられる事を嫌がってない。
どころか、嬉しそうにすら見える。
俺は期待に急かされるようにして、口を開いた。
「なぁ、せんせ。こないだの続き、してもいいか?」
「そっ、それは……、その……」
俺に後ろから抱き抱えられるようにして座っている師範の顔は見えなかったが、後ろからでもハッキリと師範の頬と耳が色付いたのが分かった。
師範の赤く染まった耳へ、俺は唇を寄せる。
「……ダメか?」
「ダ、ダメではないのですが、その……」
「うん」
「私が……うまく、出来る自信がなくて、ですね……」
「いーよ、後ろは触らないから」
「え?」
驚いた声も可愛いな。俺はそんな風に思いながら「それならいいか?」と念を押す。
「は、はい……」
いいのかよ!!
師範にもう一度許された事実が、俺の心臓を叩く。
「……ですが、それではギリルが……」
「俺は、師範の可愛い顔見れるだけで、十分幸せだから」
「しあわ、せ……」
師範が、まるで知らない言葉のように、俺の言葉を繰り返した。
「……師範は、どんな時が幸せなんだ?」
師範から「幸せ」という言葉の意味は教えられた。
俺自身も、俺なりに幸せを理解しているとは思う。
けど、師範にとって、幸せってなんなんだ?
師範は……俺といる時間は、幸せじゃねーってのかよ。
俺には今この時が、一番幸せだってのに……。
どうしようもない悔しさと、自身の不甲斐なさに、俺はじわりと奥歯を噛んだ。
俺たちより随分先に入ったウィム達が中を探索して埃をざっとはらった頃、俺たちもようやく教会に着いた。
「暖炉はここ一箇所みたいねぇ」
ウィムの言葉を聞きながら俺がマントを絞ろうとすると、師範が慌てて止めた。
「そ、それは私がやりますからっ」
確かに。やたらと刺繍がぎっしりなこのマントは、乱暴に絞ったが最後、二度と元に戻らないかもしれないな。
「頼む」
手渡したマントの重みで師範がよろける。
それを抱き留めれば、布越しにも、走って汗ばんだ師範のしっとりした体温が伝わって、俺の欲は否が応にも煽られた。
ああ……。師範は本当に、いつまでも美しいままだ。
淡く輝く銀髪は雨粒にキラキラと彩られて、陶器のような白い肌に闇色の瞳が瞬く様は、まさに究極の美だと思う。
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まるで俺を意識しているような……、そんな師範の初心な様子に、俺の理性は度々窮地に立たされていた。
「師範……」
俺の声に、師範は俺をうっとりと見つめたまま「ギリル……」と応える。
ああ、このまま、この人の全てを俺のものに出来たら……。
「えーっとぉ、いい雰囲気のとこごめんなさいねぇ? 雨も止みそうにないし、今夜はここに泊まることにするから、二人には周囲を確認してぐるっと結界だけお願いしていいかしらぁ」
見れば、ウィムは暖炉の掃除をしたのか鼻と頬に煤をつけて、申し訳なさそうに苦笑している。
後ろではティルがいつの間にか集めた薪を暖炉に組んでいた。
「ああ、悪い。すぐ行ってくる」
師範も「すみません」と謝って俺と二人、もう一度外に出た。
辺りに魔物の気配がないことを確認して、師範が結界を張り終えると、俺が仕上げに聖なる剣で辺りを浄化するのが、野宿の時のいつもの手順だ。
俺は剣を振り上げると、ふと動きを止めた。
「……師範は俺がこうやって浄化しても辛くないのか?」
「そうですね、力が抜ける感覚はありますが、不快ではありませんね」
「それって、大丈夫なのか?」
「心地よい疲労感と言いますか……例えるなら、長風呂の後の状態に近いですね」
「やめとくか」
「いえ、してあげてください。ウィムさんのためにも」
ああ、確かに、俺が浄化するとウィムは元気になるんだよな。
肌の艶とか見るからに違うからな。
……まさか。
ウィムはちょっと身体が弱い奴なんだと思ってたが、実は間違いで、師範のそばにいるせいでアイツずっと無理してんじゃねーのか?
「ギリル?」
「あ、ああ。分かった」
師範の声に、俺は下ろしかけていた剣をもう一度振りかざすと、心の力を込めて空を切る。
俺が聖剣を振る様を、師範はうっとりと見つめていた。
教会に戻ると、こちらに気付いたウィムが手を振ってくる。
「お疲れさまねぇ。こっちもやっと火がついたから、濡れた服を乾かしちゃいましょうねぇ」
暖炉前にはロープも張られていて、ウィムがティルダムの服を掛けているところだった。
そこへガタゴトと音を立てて、ティルダムが奥から何か大きなものを引っ張ってくる。
これは……。
「ベッドを……ここに運んでいるのですか?」
師範の声に、ティルダムがこくりと頷く。
「そうなのよぅ、奥に寝室は三つあったんだけど、暖炉がここだけなのよねぇ」
ウィムの説明に、俺は首を傾げる。
「まだそんな寒くねーし、そのままでいーんじゃねーの?」
「そりゃ体力バカのアンタは大丈夫でしょうけど、師範が寒そうにしてるじゃない」
呆れ顔で言われて、俺は師範を振り返る。
師範の顔色はいつもより青ざめていた。
「師範……」
師範の顔は俺が一番見てたはずなのに。
いつも先に気付くのはウィムで、俺は……。
「わかったら、早いとこ二人とも着替えちゃってちょうだいな。アタシたちは奥の部屋を使うから、遠慮しないで、ごゆっくりねぇ?」
ウィムは何やら意味深に微笑むと、ウインクをひとつ残してティルダムと奥へ消えた。
俺は、言われた通りに濡れた服を脱いでロープにかける。
振り返れば、師範はまだケープの結び目に苦戦していた。
「師範も早く脱いだ方がいい。身体が冷える」
「すみません、もう少しなんですが……」
どうやら水を吸ったケープの結び目がかたくなったのと、師範の指先がかじかんで震えているせいで上手くいかないようだ。
「師範、眼鏡外して」
「眼鏡ですか?」
師範は不思議そうにしつつも素直に眼鏡を外す。
俺は師範のケープをスポッと頭から引き抜いた。
「あ、ありがとうございます……」
少し恥ずかしそうに呟く師範が可愛い。
このまま師範をずっと見てたら理性がやばいな。
「これ、解いて掛けとくから」
俺は師範に背を向けて、ケープの結び目を解き始める。
後ろから、衣擦れの音だけが聞こえる。
師範、どこまで脱いでんだろうな。
いつも同じ部屋で寝泊まりしてんのに、俺ばっかこんな風に意識して、本当にバカだよな。
俺は解いたケープをロープに干すと、なるべく師範の方を見ないようにして振り返った。
俺も濡れていなかった下着以外は全部脱いだから、風邪ひく前に服着とかねーとな。
「ひゃ」
師範の微かな悲鳴に俺は思わずそちらを見てしまった。
師範は脱いだばかりの下着で胸元を隠すようにして俺を見ていた。
「師範……?」
「なっ、なんでもありませんっ、その、ギリルが……」
「俺が?」
「いえ、その、ギリルが急に振り返ったから、ちょっと驚いただけで……」
師範は、みるみる色付く頬を隠すように俯いた。
なんだそれ。可愛すぎるだろ。
俺は思わず、師範に腕を伸ばしていた。
「へえ。師範……そんなに、俺のこと意識してくれてんだ?」
師範の細い肩を抱き寄せると、いつもひやりとした師範の身体はより冷たく冷え切っていた。
「って、こんな冷えてんじゃねーか」
俺は慌てて荷物から毛布と師範の下着を取って来る。
師範が握りしめていた下着もサッと奪い取ると新しい下着を握らせた。
「ほら、俺が干しとくから、すぐそれ着て」
「は、はい。すみません……」
俺は師範の服を手早くロープに掛けると、下着にようやく袖を通した師範を抱き上げて、ウィム達が暖炉の前に用意してくれてたベッドに座った。
既にベッドは温まっていて、ここなら確かに師範の身体もすぐ温まりそうだ。
俺は少しホッとしながら、毛布で俺ごと先生を包んだ。
「ギ、ギリル!?」
「師範すげぇ冷てーから。俺があっためる」
俺が言い切ると、師範は少し戸惑いながらも、大人しく俺の腕の中におさまった。
「……あ、ありがとう、ございます……」
やっぱりそうだ。
師範は、俺に触れられる事を嫌がってない。
どころか、嬉しそうにすら見える。
俺は期待に急かされるようにして、口を開いた。
「なぁ、せんせ。こないだの続き、してもいいか?」
「そっ、それは……、その……」
俺に後ろから抱き抱えられるようにして座っている師範の顔は見えなかったが、後ろからでもハッキリと師範の頬と耳が色付いたのが分かった。
師範の赤く染まった耳へ、俺は唇を寄せる。
「……ダメか?」
「ダ、ダメではないのですが、その……」
「うん」
「私が……うまく、出来る自信がなくて、ですね……」
「いーよ、後ろは触らないから」
「え?」
驚いた声も可愛いな。俺はそんな風に思いながら「それならいいか?」と念を押す。
「は、はい……」
いいのかよ!!
師範にもう一度許された事実が、俺の心臓を叩く。
「……ですが、それではギリルが……」
「俺は、師範の可愛い顔見れるだけで、十分幸せだから」
「しあわ、せ……」
師範が、まるで知らない言葉のように、俺の言葉を繰り返した。
「……師範は、どんな時が幸せなんだ?」
師範から「幸せ」という言葉の意味は教えられた。
俺自身も、俺なりに幸せを理解しているとは思う。
けど、師範にとって、幸せってなんなんだ?
師範は……俺といる時間は、幸せじゃねーってのかよ。
俺には今この時が、一番幸せだってのに……。
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