⚔️師範を殺したくない俺(勇者)と、弟子に殺されたい私(魔王)

良音 夜代琴

文字の大きさ
48 / 56

ギリルが聞きたかったこと(私)

しおりを挟む
ウィムさん達に案内された宿は、いつもより少し高そうな、町の中心に近い宿でした。
珍しいですね。普段はやたらと町のはずれの宿をとって来られるのですが。
ぼんやりと考えてから、私はようやく、その意味に気付きました。

もしかして、今までは私を気遣って、わざと人の少ない場所に宿をとっていたのでしょうか。
確かにここしばらくはギリルと色々あったので、闇が滲み出てしまうことも時々ありましたね。

私とギリルは、ここまでずっと、彼らのさりげない優しさに支えられていたのですね……。

思えばいつでも彼らは優しく温かく、時に冗談を言っては私たちを助けてくれていました。
本当に、良い人達に巡り会えたものです。
あの時あのパーティーに入れなかったのは、運が良かったのかも知れませんね。

「司祭様!? お待ちください、司祭様!!」
宿に足を踏み入れようとした私達に、聞き覚えのない声がかかりました。
見れば、ウィムさんに、やたらと身なりの良い男が駆け寄っていました。男の両脇には従者と思われる者が付き従っています。
ウィムさんの前に腕を出そうとするティルダムさんをウィムさんは仕草で抑えると、男に向き直りました。
「だあれそれ、人違いなんじゃなぁい?」
いつもよりも若干高めの声で、ウィムさんはいつもよりも慎重にそう答えました。
「そ、そう、ですよね……。あの方が、こんな所にいらっしゃるはず……」
男はがっくりと肩を落とすと、従者達に支えられて足取り重く馬車へと戻ってゆきました。

ウィムさんは時々こんな風に身分の高そうな方に呼び止められる事があるのですよね。
城に呼ばれたときも、ウィムさんは城どころか城下町にすら入りませんでしたし。
高貴な生まれの方なのでしょうか?

考えてみれば、私はウィムさんのこともティルダムさんのことも、出会うまでのことはほとんど知らないのですよね……。

「いいのか?」と、ギリルが肩をすくめて顎で馬車に乗り込む男を指しました。
「いいのよ」とだけ、ウィムさんは答えて宿に入りました。

「ティルちゃん、さっきの男達覚えてる?」
私達を部屋まで案内したウィムさんが、ティルダムさんに囁く声が聞こえました。
ティルダムさんが、こくりと小さく頷きます。
「じゃあアタシ達はちょっと行ってくるわねぇ」
ウィムさんは笑って私達に手を振りました。
「ん? 何処行くんだ?」
「せっかく町に着いたんだから、色々行きたいとこもあるわよぅ」
「ふーん? 気をつけてな」
ギリルがそっけなく答えて見送ります。
ですが『気をつけて』というのはギリルにしては珍しいですね。
ウィムさんもそれに気づいたのか、ニンマリと口端を上げました。
「ちゃーんと鍵かけときなさいよぅ?」
「分かってるよ」
ギリルはそう答えると、素直に部屋の鍵を締めました。

先ほどの一件がよっぽど効いているようですね。
……少し、慰めておきましょうか。

ベッドに座れば、いつもよりふかふかしていました。
どうやら寝具もいつもの宿より良さそうですね。

「ギリル……」
優しく囁けば、ギリルはなんだか泣きそうな顔をしました。
いつも私が慰められるばかりですから、たまには私も昔のようにギリルを慰めてやりたいものですね。
昔のように両腕を広げれば、あの頃よりずっと大きな身体のギリルが、それでも素直に私の腕に収ま……収まり……いえ、ちょっと、収まりきれてないですね。
本当に、大きく育ったものです。
私は、ギリルの身体を支えるのを諦めて、ギリルと共にころりとベッドに横たわりました。
おや、このベッドは大きいですね?
……ああ、この部屋にはベッドが一つしかないんですね?
なるほど、この部屋は元々、ひとつのベッドで寝る二人のための部屋ということですか。

……意識した途端、顔が熱くなってきました。

うう、この歳にもなって、すぐ赤面してしまうのはなんとかならないものでしょうか。恥ずかしくてたまりません。ギリルに気付かれなければよいのですが……。

「師範……」
ギリルは小さく私の名を呼んで、私の首筋を撫でました。
ああ……、そこは今日、怪我をしたところですね。
「もう痛まないか?」
「ええ、ウィムさんが治してくださいましたから」
思えば、治癒術をかけられるという体験も、今日が生まれて初めてでしたね。
治る際の感覚は今までとそう変わりませんでしたが、彼の扱う光の温かさを、私は初めて知りました。
「今日は、本当にごめん。俺、師範を守れなかった……」
こう言っては不謹慎ですが、こういう、しょんぼりしたギリルも可愛いですね。
「何を言うんですか。貴方は十分私を守ってくれましたよ」
私はギリルを励ましながら、炎のような赤い髪を撫でました。
「……師範、あの時、死のうとしただろ」
ぎくり。とした一瞬の動揺は、ギリルに伝わってしまったでしょうか。
「え、演技ですよ、演技。人攫い達を動揺させるための……」
「師範はさ、諦めんのが早過ぎんだよ」
う。これは、全然信じてませんね……?
「……ですが……」
私のせいで貴方が傷つく姿は、私にとって、死ぬほうがマシだと思えるほどに辛いのだと言ったら……。
貴方は信じてくれるのでしょうか。
「うん?」
先を促されて、私は思わず「なんでもありませんっ」と答えてしまいました。
ギリルは「なんだよ」と口を尖らせましたが、それきりで話を戻してきました。
「もしまた今度、同じような事になったらさ……いや、そんなこと二度と無いようにするつもりだけどな。けど、もし、万が一な、今度同じような状況になったら」
ギリルにしては長い前置きに、私は頷きます。
「今度は絶対、諦めないでほしい」
ひた、と私を見据える新緑の瞳が、私を失うことをとても恐れているのが分かりました。
「俺が絶対に、絶対に助けるから。どんな目に遭っても、生きるのが嫌になっても、もう少しだけ、俺を待っててほしい」
ああ、ギリルは、落ち込んでいるのではなく、怯えていたのですね。
私を失ってしまう事は、彼にとってそれほどまでに、恐ろしい事なのですか……。

弟子が怯えているというのに、じわりと私の胸に湧いたのは紛れもなく喜びで。
私は自分の愚かさに、またうんざりしてしまいます。
こんな事では、そのうち本当にギリルに愛想を尽かされてしまうのではないでしょうか。

私は胸に広がる喜びを必死で隠しながら「わかりました」と答えました。

ギリルはそんな私の心を知らないままに、私を大事そうに抱きしめて「絶対だからな」と念を押しました。

そうですね。貴方の前で命を絶つのは良くありませんでしたね。
私は、貴方の死を確認次第、後を追うことにしますね。

「なぁ師範。俺、ずっと聞きたかった事があるんだ」
耳元で尋ねられて、思わず肩が揺れます。
「な、何ですか?」
「師範はどうして人じゃなくなったんだ?」
ギリルの声は真剣で、興味本位というわけではなさそうです。

「……そんな事、知ってどうするんですか?」
私が問えば、ギリルも質問を返しました。
「誰かに話した事があるのか?」
「いいえ……。言っても、どうにもならない事ですから」
「するのが怖いのと、関係あるのか?」
「っ……」
言い当てられた事実に、ズシンと胸が重くなります。
ギリルはどうして今、こんな事を聞くのでしょうか。

「師範がもし嫌じゃなかったら、話してほしい」
「私が、ではなく。きっとギリルが、嫌になりますよ。私のことを……」
ですから、もう、聞かないでください。
「なんねーよ」
ギリルはきっぱりと言い切りました。
「何があっても、俺は師範が好きだから」

重くなった胸が、それでもギュッと締め付けられます。
『好き』だと言われることが、ただ嬉しいだけではなくなったのは、いつからだったのでしょうか。

「それなら、もうこの話はいいじゃないですか。ずっとずっと……昔のことなんですから」
俯いた私を追うように、ギリルが顔を寄せてきます。
「でも師範は今も、それに囚われてるだろ?」
耳元で囁かれて、私は息を呑みました。

あれから……。
私が生まれ変わってからも、ここに着くまで何度か、ギリルの求めに応じようとはしたのですが。
結局私は相変わらずで、ギリルもそんな私に無理をさせようとはしませんでした。

ギリルの腕力があれば、私を組み伏せることなど容易いはずなのに。
今の私には、恐怖でギリルを傷付けてしまうような力はないのに……。

私が目覚めた時、ギリルの下腹部と手首には、消えない黒い痕がいくつも残っていました。
ギリルに聞いても「知らない」の一点張りで、仕方なくウィムさんを問い詰めて、ようやく話を聞き出したのはほんの三日前の事でした。

いえ、答えを聞かずとも、見れば分かっていたのです。
けれど私は、どうしても、その時の状況が知りたかったのです。
その時貴方が、どんな顔をして、どんな思いでいたのかを、わかりたかったのです……。

ふ。と感じた視線に顔をあげれば、私を見つめるギリルと視線が交わりました。

貴方も……私と同じ気持ちなのですか……?

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される

八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。 蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。 リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。 ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい…… スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」 魔王討伐の祝宴の夜。 英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。 酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。 その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。 一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。 これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。

異世界で孵化したので全力で推しを守ります

のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL

両片思いの幼馴染

kouta
BL
密かに恋をしていた幼馴染から自分が嫌われていることを知って距離を取ろうとする受けと受けの突然の変化に気づいて苛々が止まらない攻めの両片思いから始まる物語。 くっついた後も色々とすれ違いながら最終的にはいつもイチャイチャしています。 めちゃくちゃハッピーエンドです。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

処理中です...