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20.ハルの心は買えない
しおりを挟む「食べるんだ、ハル」
デヴォンが硬い声で私に命令する。
どれだけ凄まれようとも、何一つ口の中に入れようとも思わなかった。
目の前の食事を食べたら、デヴォンに屈するような気がした。ここで愛人になる事を認めてしまうのと同じだと、私の中で意地が生まれた。
私、ここから出て、グレイさんに会うんだ。
それで、一緒に食事をする。
だから私は何度でも拒絶をした。
「ハルっ!!」
怒鳴られようとも、テーブルを叩いて威嚇されようとも。
――――私のこの手が震えようとも。
「嫌っ!!」
何度でも、何度でも。
そんな頑なな私に痺れを切らしたデヴォンが、とうとう椅子から立ち上がりこちらへとやってくる。憤然とした彼は、私の肩を強く掴んだ。
「何故食べない!」
「あんたの愛人になるなんて真っ平だからよ! こんな所に閉じ籠ってあんたと二人で食事とか冗談じゃない!」
イヤイヤ、とむずがる子供の様に必死に首を横に振る。
今の私に出来る抵抗なんてたかが知れていて、自分の気持ちを訴えることしか出来ない。食事を拒絶するという事ででしか、私は抗う事が出来なかった。
「何でだ、ハル。何故そこまで俺を拒絶する。お前、あの男とは食事に行ったりしていたじゃないか」
「だから? グレイさんと食事に行ったからって何であんたとも食事に行かなきゃいけないの? あんたとグレイさんは違う」
「どこがだ」
「全部! 全部違う!」
あんたとグレイさんを一緒にするな。全然違う。
だって、デヴォンは『石なし』の私しか見てないじゃないか。
私が石なしだから、抱くと超絶気持ちいいという迷信を信じてどうにか囲おうとしているだけだ。その下心しか見えない。
でも、グレイさんは、確かに私の血が欲しいから近づいたのかもしれないけれど、私に歩み寄ろうとしてくれている。
私を人間として見てくれて、私の心を見てくれて、そして私を人間に戻してくれた。
――――この石至上主義の世界で、私と友達になりたいと言ってくれたんだ。
だから、こんな無理矢理私の気持ちを無視するようなやり方をするデヴォンとは全く違うんだ。
そんな奴と暢気に食事なんて出来るはずがない。
「石の数があっちの方が多いから懐いてるのか?」
「馬鹿じゃないの? そうやってすぐ石の数を引き合いに出す意味、本当に分かんない」
「まぁ、あいつは聖教会の上の方だろ? 神のいとし子って言われてどれだけ偉いんだか知らないけど、金だったら俺の方が持っている。俺に懐いても損はない」
「だから! そういう事じゃないんだって!!」
石の数とかお金とかいい暮らしだとか、そういうのを私は基準にしていない。
誰かと一緒にいて心地いいと思うのはそういう所に起因していないんだから、そこを引き合いに出されても比べる事すら出来ないんだ。
今の私には、それが大事ではないのだから。
「だったら、何なんだ! どうすればお前は俺のいう事を聞く!!」
目の前で怒声を浴びせられて、私は一瞬身体が竦んだ。
デヴォンの目が怖いくらいに見開かれていて、その奥に怖いくらいに怒りの炎が揺らめている。
デヴォンを怒らせた。
でも、だから何だというんだ、と自棄になる自分がいる。
もし、このままここで一生囲われるのであれば、私は死んだも同然だ。
自由を無くし、デヴォンを待ち続けて、そして好きでもない男に抱かれる足枷のついた一生。それに何の意味があるというのか。
「私はあんたの言う事なんか聞かない。何をどう差し出されようとも、私は屈したりしないんだから」
今、ここで殴られようとも構いやしない。
そんな事で私の心が変わるはずがないのだから。
負けじと私は真っ直ぐにデヴォンを睨み付けた。
「ハル……、お前……」
梃子でも私の心が動かないと分かったデヴォンは驚いた顔をして、私の肩から手を下した。
今まで金や容姿で女を好きにしてきていた彼にとって、私の拒絶は信じがたい事だったのだろう。
ざまぁみろと私は言いたい。
そんなもので買えるほど私の心は安くないのだと。
この異世界にやってきて、この心は他の人に安易に渡せないほどべらぼうに高くなったんだから。
「――――私、帰るから」
私は再度、デヴォンに告げた。
「じゃあ、俺と一緒に帰ろうぜ」
――――え?
突然聞こえてきた第三者の声に驚いて、私は一瞬息を止めた。
まさか、ありえない。
そう思って振り向き声のする方に視線を向けると、そこにはその『まさか』の状態が起こっていて、さらに驚いたのだ。
部屋の窓がいつの間にか開けられていて、その窓枠に足をかけて入ろうとしている侵入者。
「グレイさん……」
私が会いたいと強く望んだはずの彼が、そこにいたのだ。
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