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4 困惑と動悸の日々

4‑15 アァルトネン一族の秘技

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     🌪

 エリオス殿下の身に、何が起こっているのか⋯⋯

 エリオス殿下は膝に手を当てて地面を向いたまま息が整うのを待ってから、上体を起こしてこちらを向いた。

「殿下、このまま、浄化をしながら森へ進みましょうか」
「いけそうかい? ここからかなり距離はあるよ?」

 殿下が土と闇の魔法で狂行進スタンピート中の魔獣を一纏めに足止めして、それらを全て包み込む火球を落とすことで焼き尽くした。
 ここから発生源と思われる森まで、村が二つと林が六つ、街道や草地も含む。
 結構な距離ではある。

「大丈夫だと思います」
「そう。済まないね。ここまでも、君の飛行魔法があったから、これ程早く駆けつけられたんだ。精霊魔法は素晴らしいね」

 そう。個性のない小さな風霊をたくさん呼び、個性や高い知性を持つ風の精霊を舵取りに、死んだ日の朝学校へ飛んだのと同じ飛翔魔法を使い、エリオス殿下の手を取って私と二人で、ここまで飛んで来たのだ。

 普通に馬車で向かうと王都から数日かかる距離でも、障害物のない空を、馬車の何倍も早く飛んで来たら、数時間で済んだ。

 身体にかかる風圧の負担や身の回りの酸素濃度を保つための風霊の層のバリアと、浮遊と飛翔と鳥や蟲などの物理的な障害物を避ける壁と移動速度を上げるという、複数の魔法を、自分一人だけでもまだ二回目なのに、エリオス殿下とふたり分同時展開することになるけれど、アァルトネンである私は、自分でコントロールするのではなく、心に思い描くだけ。そしてそれを実現可能な状態であるようしっかりとイメージして精霊に頼むだけ。

 一般的な魔術を扱う人は、細かく計算して、緻密に編み上げた魔術式を創り出し、繰掌や魔法陣などに組み上げて、繊細な魔力操作を行いながら魔法を発動させる。
 複数の魔法を、同時展開する事も身体に負担が高く精度も高度なら、消費魔力もまた高い。
 普通の魔法士達が飛んだり瞬間移動したり出来ない(まだ成功させていない)理由である。

 アァルトネン一族の者は、精霊に好かれる体質を活かし、精霊にイメージをゆだねて魔法を使って貰う、他者とは形態の違う魔法を使い、必要なのはイメージの明確さと、消費魔力、あらゆる現象への知識、精霊に分け与える魂の活力──霊気と、精霊が魔法を行使するにあたり生まれる僅かな澱を浄化する能力を有している。

 自然界に自然に存在する働き以外のことを、精霊に自分達の都合で行わせる事で、少しだけだけど、疲労的ストレスや存在値を動かす負担への澱のようなものが発生する。
 その澱を身の内に受け止めて浄化する、光と闇の魔導能力を持っていないと、自身の身を澱で灼いたり、澱が人の心にある負の精神エネルギーを結びついて瘴気に変わってしまう。

 私は、祖父や母から、その光と闇の魔導能力を、アァルトネン一族の誰よりも強く受け継いだ。
 そして、エリオス殿下ほど莫大ではないけれど、強大な魔力も。


 エリオス殿下を運びながら、一定距離を移動しては、魔獣が狂行進スタンピートで撒いた澱や、被害から発生する負の感情や魔素などのよくないもののこごり、それらが既に一部瘴気と化している土地を浄化しながら、発生源と思われる森まで進んでいく。
 
「あの、エリオス殿下。第三王子殿下以下、騎士団の人々にはバレるかもしれませんけれど⋯⋯」
「ん? なんだい?」

 怖ず怖ずと、エリオス殿下の顔を覗くように仰ぎ見る。身長差から、上目遣いになるのは仕方ないけれど、あまりいい印象はない態度が失礼だと思われるかもしれない。

「わたくしが、土地やもの(人も含む)に染みつく前であれば、こうして瘴気や澱を浄化出来ることは、その、あまり口外しないでいただけると⋯⋯」
「ああ、そうだね。本当は、アァルトネン一族の特性として、大々的に宣伝出来ればいいのだろうけど、そうもいかないかもしれないね」

 神に仕えて、神聖魔法を行使する訳ではないので、定着してしまった瘴気を分解・浄化する事は出来ない。
 このことが広まると、周りに浄化能力を期待されて、能力を超えた範囲の事まで求められるようになるのが、容易に想像できる。

 また、制限があるにせよ、浄化能力を有していることが広まると、聖教会との軋轢が生じる問題もある。
 彼らは神に仕えて神聖魔法を得、人々に奉仕することで、自らの魂を昇華させ徳を積んで、少しでも神に近づくことが存在意義である。
 負の感情や魔素から堕ちてしまった人々を救うことを歓びとする、奉仕と慈愛の存在である彼らのテリトリーを侵す存在となり得るのだ。

「今は、広範囲のこの被災地が、瘴気に呑み込まれないようにするために、わたくしの力の及ぶ限り浄化させていただきますけれど、元々そんなに瘴気に変わるほどの檻は出なかった、というていの報告にしていただけるとありがたいです」
「影のヒーロー(英雄)⋯⋯ヒロインだね」
「そんな大仰な者ではありませんわ。アァルトネン一族の筆頭家の体質を活かしただけです。それに、能力の高低は個人差があって、アァルトネン一族の者なら誰でも出来るという事でもありません。自身の身に受け止められる分しか浄化出来ない者の方が多いくらいですから、あまり過剰な期待は負担となるでしょう」
「そうだね。わたしは、エステルと知り合えて、同時期に学友となれてよかったよ」

 それは、私の言葉だ。

 家族に疎外感を持って、でもその不満や不安を表に出せず、常に俯いて育った私に、初めて手を差し伸べてくださった、光のような方、エリオス殿下。

 ──アァルトネン一族として王家に国に仕えるだけでなく、私個人として、魔法士達の頂点に立つ貴方に生涯忠誠を誓い、殿下のために、持てる力を捧げますから、これからもお側にいさせてください




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