身代わりの私は退場します

ピコっぴ

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ランドスケイプ侯爵家の人々と私

28.秘密の書庫

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 馬車の中で、お城に着くまでずっと、お父さまはお母さまに見蕩れていた。
 私の父と母は、仲は悪くなかったけれど、こんなに幸せそうでもなかった。

 時々、私にも話しかけてくださる。
 お嬢さまと親子として会話を交わす事がなく来たのを悔やまれていたので、意識して会話を持とうとされているのだろう。

 お嬢さまと会話がなかった事が、成り代わりに違和感なくしているという皮肉に、心の中で苦笑いをする。お嬢さまが帰って来た後、問題がなければいいけれど、と思いつつ、この温かい家族と贋の親子関係を楽しんでいる私がいるのを感じる。
 これがいつまでも続けばいいのにとも。


 お城は、どっしりとした趣のある石造り。とても大きく堅牢な印象で、中は見たこともないような高級な壺や美しい絵画などが飾られ、柱も壁も扉も、重厚な造りの中にも緻密で繊細な彫刻や塗装に、目を奪われた。
 
「落ち着いて来たと思ったが、やはり王城はあれこれと目移りするか?」
「ええ、どの美術品も素晴らしくて⋯⋯」

 これらはこのお城を訪れる人達に、国王の権威と国の豊かさを知らしめるためのもの。
 お父さまについて奥へ進むと、様子はガラッと変わる。

 それまでの華美な装飾はなりを潜め、質のよい絨毯が敷かれた廊下には、高価な壺や宝物などの飾り物はなくなる。
 壁に絵画が点在するくらい。

「そう。お前の言うとおり、この辺りは王族の住居区で、宝物を見せびらかす必要はない。静かだろう?」

 足音すら吸い取る柔らかな絨毯。使用人は別の通路を使うのだろう、あまり姿は見えず、警備の騎士達はひと言も発さず、まるで甲冑の置物のよう。

 お母さまは、この辺りにも来たことがあるらしい。

「わたくしのお祖母さまが、時の王の末の妹で、何度か一緒に来たことがあるの」

 王家にご縁がある家系とは聞いていたけれど、時の王妹の降嫁先だったとは。

「でも、その書庫の話は聞いてなかったわ。知っていれば、お祖母さまにお連れいただいたのに」
「もしかしたら、知らなかったのかもな。王族でも、書物に興味のある人物か代々の王子しか知らなかったのかもしれんぞ」

 立派な廊下の柱の陰の、使用人用のような細い通路に入り、突き当たりの壁の前に立つ。
 お父さまは、いたずらっ子のような表情かおで、壁に向かって歩を進める。

「え?」

 暗い通路の突き当たりの、黒い壁だと思っていたのは、暗くてそう思っていただけで、その先があった。
 黒い壁を突き抜けるように消えたお父さまの後を、楽しそうなお母さまが続く。

 仕方なく私も足を踏み入れると、何もなくスルリと進める。
 けど真っ暗で、お父さま達のお姿はよく見えない。

「暗いから気をつけなさい。この角を曲がるのだ。手を」

 お母さまと私、それぞれ左右に手を繋ぎ、お父さまは、真っ暗な中、角を曲がる。数歩で扉があり、その中に入ると、急に明るくなる。

「暗さを利用した目眩ましで、隠し通路になっているのだ。使用人もあの先には入らぬ。知らねば何もない突き当たりだからな」

 暗がりを更に角を曲がってから扉を開けるのは、万一にも扉を開けて明かりが漏れるのを、誰かに見留められないためだという。

 高い位置に明かり取りの窓がある。
 先ほどとは違って明るい通路を進み、突き当たりの左手にある階段を下りると、また扉がある。

 お父さまが扉を開くと、古い紙の臭いが充満する薄暗い部屋があった。

「本が傷まないよう、直接日光は入らないようになっているのだ。すぐに目は慣れるから、それまで足元に気をつけなさい」

「おいおい、ヴィル、部外者を連れて来たのか? 違反だぞ?」

 違反だと咎める言葉ながら微笑んでいる、きっちりとなでつけた金茶の髪に空色の瞳の、美丈夫。
 歳は五十路前後と思われる。お父さまのお知り合いだろう。
 と言うか、この王族しか知らないはずの部屋に居らっしゃるのだから、かなりの高貴なお方に違いない。

「申し訳ございません。ヴィルヘルム・ランドスケイプ侯爵が一女、アンジュリーネにございます。
 高貴なお方に許可も得ずの発言、お赦しくださいませ。
 わたくしは、手討ちになっても構いません。どうか父をお許しください。
 わたくしが、古典文学を学びたいと、出来れば初版本や当時の写本で読みたいと我が儘を申したのでございます。
 こちらで学んだ知識が父の職務に役立ったと聞き及び、わたくしももっと学びたいと、女ながらに無理を申しました」

 ドレスをたくし上げ、床につきそうなほど膝を曲げ頭を下げて、深いカーテシーで平伏の意を表明する。
 本来は、王族の方の許可なく臣下が勝手に話し掛けることは許されない。

 だからお手討ちになるのを覚悟で、引き換えに父の恩赦を願い出たのだ。

「ふ、ふふふ。なんと、自身は討たれてもよいから、父親を許せと申すか」

 王族の美丈夫は、小気味よく笑った。




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