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Ⅳ.幸せに忍び寄る悪夢
1.美弥子と詩桜里
しおりを挟む美弥子達が山を下りた事で、少し気が軽くなる。
隠れなくていいし、いつ来るかと気にする必要はなくなる。
彼女が私を嫌う理由は解らないけど、自分の領域に突然入り込んできた異分子が気に食わなかったか、目障りに思ったのかもしれない。
父親同士が又従兄だという、今までに交流のなかった隣人よりも他人のような親戚が、部屋の一部を占拠し、家族の団欒空間に割り込む。
気を遣いすぎて、息苦しかったのだろう。
趣味も近いようでジャンルが違い、多くの友達がいて両親に愛されて育った美弥子と、父親に背を向けられ母親は身体が弱く触れ合う機会が少なく、家族や周囲の気にかけてくれる大人達の顔色を覗って育った、対人能力に難ありの私。
育った環境も、考え方も、好みも何もかも違いすぎて、傍に居ても苦痛だったに違いない。
私は、感情に蓋をして、読書や家事の殻に籠もることが出来るけど、美弥子は吐き出し方も閉じ方も解らなかったのだろう。
私が野々原家に引き取られた日、彼女はまだ14歳の多感な少女なのだ。
私という異分子に、敏感になっても仕方がない。
だから、耳を閉じて感情に蓋をして閉じ籠もるのが得意な私の方から、静かに彼女から距離を置いたというのに。
それでも、彼女には耐えがたい苦痛だったのか。
他にも、私には考えも及びつかない理由で、私に嫌悪感を抱いたのだろうか。
どちらにしても、彼女は神殿に残り、『聖女』としてこの国を救う事を受け入れ、私は、棄てられ、ハウザー砦町の養われっ子として、普通に生きていくことを選んだ。
この先、道は交わらないと信じよう。
華々しく活躍する聖女様として活動する彼女を陰ながら応援はするけれど、妖精や精霊と交信出来る事を積極的に英雄行為のために使う気にはなれないし、手伝う気もない。
この街で瘴気が発生して彼女達が助けに来てくれても、顔は出さずにこっそり助力はするけれど、共闘する気もない。
何より、私達を誘拐同然に召喚し、聖女や巫女として働けという、大神官達と関わりたくはない。
どうせ日本に還っても、両親は居ないし、祖父母は施設に入ってから認知症が進み、私が解ってなかったみたいだし、このままこの町で、カインハウザー様の庇護の元、シーグと共に生きていくと決めたのだ。
シーグと言えば、美弥子は同級生の岸田君に少し似ているシーグのことが気になるみたい。
最初は岸田君に似てるから、ちょっと気になるだけかな?と思ったけど、何度も追いかけ探してまで声をかけるというのは、もしかしたら、気に入っちゃったのかもしれない。或いは、日本への望郷の念の拠り所としているのか。
でも、シーグは私の番いなんだから、譲れない。譲りたくない。
そう思うことは、悪くないよね?
番いって事は、連れ添い、連れ合い、夫婦関係って事だもんね?
まだ、正式に公表したり届け出をしたわけじゃないけど、シーグが町の人に受け容れられて、生活が安定したら、領主さまであるカインハウザー様に伝えて、二人で暮らそうと思ってる。
今は、町の養いっ子と領主館に居候の犬の振りをした狼だけど。
この世界では15歳になれば成人である。
みんな一度は独り暮らしをし、社会経験を積んだら一人前とされ、二十歳までに結婚する人が多いと言うから、私達もそんなにおかしくはないだろう。
ただ、子供は仔犬で産まれるのか、ちゃんと人間の赤ちゃんで産まれるのかが気になるけど。
もし、仔犬の姿で産まれるのなら、産婆さんを呼ぶことは出来ない。独りで頑張らなきゃ。
《アラ、ワタシがいるじゃナイ。そりゃ妖精の結婚と人間の結婚が違うのは理解ってるワヨ。どうやって産まれて来るのかもネ。山犬や馬、山猪や兎、ナンなら獣人達も、幾つものお産も観てきてるワヨ?》
何千年も結婚を繰り返して存在値と知識量を大きくし続けて来た、この世界の生き字引的な、サポートもありがたい妖精王サヴィアンヌ。
彼女のおかげで、私はこれまで困難もすり抜けられたし、何度も死なずに済んだと感謝している。
《アラ、今日は一段と殊勝じゃナイ? ワタシが守護してるからには、大船に乗ったつもりデドーンと構えてナサイョ。カラカルの妖精王の名は伊達じゃないワヨ?》
勿論、信用しているし、頼りにもしている。
──妖精王は寛容だし偉大で慈悲深いが、それでも妖精族だ。信用はし過ぎるな
いつだったか言われた言葉。
本来、妖精は気紛れで気分屋。
今日味方だった妖精が明日は敵だったり、助言を信じて行動したら嘘だったり、可愛い嘘から大きな仕込みまでイタズラされたり騙されたり、かと思えば女神の御遣いかというくらいの慈悲を見せる。
それら相対する者にとっての立ち位置はすべて、彼らの気分次第なのである。
それに対して精霊は、この世界を構築し営む元素の力そのもので、妖精のように感情には左右されない存在だ。
世界を営む存在ゆえに、嘘をつかず、素直で勤勉。休むことを知らない。感情を持ちよく眠る妖精とは大きく違うが、その力の源と存在の祖は同じらしい。
また、彼らに信頼され手を貸してもらうには、素直で正直で誠実であり続けなければならない。それは、自分に対してもだと、カインハウザー様は言う。とにかく矛盾は生じてはならず、嘘をつくなどもっての外だという。
風の精霊フィリシアは、私が神殿から文字通り放り出された瞬間から見守ってくれる大精霊で、人の形を持ち、言葉を解す。
妙齢の女性の姿をしていて、空を飛んだり風を起こしたり。風の渦巻く壁で私を護ってくれたり、長く世界を見守ってきた知識と判断能力で、助言もしてくれるし、本当に頼りにしている。
数千年存在し続け、かなりの力を持っている。
私の、妖精達を、ハウザー砦町の人達を救いたいという、感情の欠片を核に複数の精霊が集まって、私の希望を叶えるための力を求めて融合した、私の分身とも言える合成精霊という特殊な、世界で唯一の存在のアリアンロッド。
最初は私に雰囲気の似た、十歳未満の女の子の姿をしていたけれど、今では、私が自分でつけた名前からイメージする姿に成長している。中身はそんなに変わってないけれど、少しづつ使える魔法は器用になってきている。
彼女が産まれる瞬間、私とカインハウザー様の魔力や霊気が同調していた関係で、アリアンロッドはカインハウザー様を父親のように慕っている。
私が何処にいても、アリアンロッドはカインハウザー様に会いたいと思うと一瞬で飛んでいってしまう。さすが、風の精霊をベースに生まれただけはある。
『シオリ?』
領主館にいるときは狼の姿のシーグ。
湿った鼻先をツンと私の手に触れてくる。
いけない、華々しく行進する美弥子を見てたら、変に考え込んじゃった。
「ゴメンね、何でもないの。ちょっと、美弥子ともっと仲良く出来ないのかなって、気になっただけなの」
一緒に美弥子達の進軍を見ていたみんなの顔が、微妙だった。
私達の関係と仲が良くないことは、なんとなく気づいているのだろう。
さほど顔立ちは似ていなくても、欧州各国の人種に近いここの人達の中で、私達日本人の見た目は珍しいし、違いはわかりにくいかもしれない。美弥子は精霊に感染して髪色は変わっているけれど、それでもここの人達は精霊を感じ、魔術を使い、霊気を読み取る。
私達が血縁だとバレている可能性はある。
もしそうなら、美弥子が召喚された異世界からの聖女であると知っているカインハウザー様には、私も、異世界人だとバレているのかもしれない──
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