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オウジサマってなんだ?

29.あの時はどうかしてたのかな

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──少女に関する、余計な記憶は今すぐ抹消するように

 ルーシェンフェルドの冷気を帯びた厳命に、クルルクヴェートリンブルクは震え上がった。
「は、はっ、ただちに抹消します!」

 直立不動に敬礼のポーズをとるが、さて、意識して特定の内容に関して記憶喪失になどなれるものではない。

 むしろ、忘れなければと意識する分、余計に頭の中で反芻してしまう。女っ気のない生活をして来たのでより印象深く、却って鮮明に記憶に刻まれた事案でもある。
 つい反芻してしまったがために赤面してしまい、ルーシェンフェルドの帯びる冷気と静電気が膨れ上がる。

「忘れるのではなかったのか?」
「鋭意努力中であります!」

 ゆらりと立ち上がった、幽鬼のようなルーシェンフェルドに、オウルヴィも椅子の上でふらふらしていたジュードも、立ち上がって二~三歩下がる。

「手伝ってやろう」
「いっいえ、大丈夫です。局長のお手を煩わせなくても、じきに忘れます」
「じきに、ではなく、今すぐ抹消出来るように、頭の中を綺麗に漂白してやろう」
「き、局長~。人の記憶に関する魔道は禁咒です。自ら法を犯さずとも……」
 なまじ綺麗な顔をしているだけに、怒気を孕んで微笑む姿は、中々に迫力がある。

「おかしな事を言う。ここは、魔封石で囲まれた部屋ゆえ、誰も魔道など使えぬ。安心するがよい」

 ──二度と思い出そうなどと思えなくなるよう体に教え込むだけだ。

 思い出そうとすると頭が痛む、思い出すとどこかが異常を訴えるなどの条件反射で思い出せなくなるようにすると言うのか……

 ジュードも下級騎士も、頭、腹や股間など大事な部分を押さえてうずくまる。
「こ、怖ぇ~」

「冗談はさておき、2度と口にしないように」
 ルーシェンフェルドはコロッと態度を変えて、机に向かい直る。
 書いた調書を確認していたオウルヴィと目が合うと、
「あ、大丈夫です。暗かったし至近距離では観てませんから。
 近寄っても俯いてしまい局長に縋っていたので、お顔も間近では見ておりません。可愛らしいお声もほぼ聴けておりませんし、泣き顔も残念ながら」
オウルヴィは片手を挙手し、サッと保身を図る。
(ず、ずりぃ~)×3

 オウルヴィが顔を覗き込もうとしたら俯いてしまったのも、それでオウルヴィがやや傷ついていたのも事実で、ルーシェンフェルドも見ていたので、オウルヴィの言葉に追求はしなかった。

「くだらない話はこれぐらいにして、さっさと終わらせよう。
 それで、なぜ、あのような犯行に及んだのだ?」
 一同ホッとして、取り調べを再開する。

 狭い白壁の室内には、まだ冷気と静電気が漂っている気がした。
 魔封石は乳白色で、部屋の壁をこれで覆うので白っぽく、調度品や万一罪人が暴れても凶器になるようなものは置かれておらず、机と椅子、備品をしまう戸棚があるだけで、元々寒々しい。

 王都に出る過程で、直接王都方面への街道を行くか、1度公爵領へ出て補給するか迷い、ヴァニラの服装ではこの先寒すぎるので、1度公爵領の村へ出ることにした事。
 髪を洗ってやったり、魔力操作の練習に時間をとられ、無理に林道を行かず、もう一泊する事にしたが川沿いで冷えた事。

 山ネズミほどの小さな妖魔と寝ていたが冷えたらしく震えていたので、火を熾そうとしたが、山火事になる事を心配して、ヴァニラが毛布ごと身を寄せて来た事。
 昼間に言っていた、匂いが悪くなくて好意的に相性がいい話を再確認するように、悪い匂いはしなくて安心すると言われて昂揚した事。

「匂い?」
「ヴァニラが言うには、いい匂いと言うのは、相性がいいとか、好みに合う目安になるんだとか。目で見たり耳で聴いたりも勿論だが、匂いは深く記憶に紐付けられる情報で、悪い匂いだと、仲良くなれないんだとか……」
「わかる気はするが……香水臭い女……女性とはあまり近づきになりたくない」

 他の3人も思い当たる節があるのか頷く。
「いい匂いだと、臭いの元を追いたくなるし、それが女性だと話しかけてみたくなりますよね」
 下級騎士が頰を染めて何度も頷く。

「ソクラン・マディウスは匂いフェチ、と……」
「な、なんですか、少尉、ヘンなメモとらないで下さいよ」
「貴公のファンに教えてやろうかとね」

 そんなの居ませんよ。俯いて呟くが、オウルヴィは笑うだけで、サラサラと書き物を進める。

 じんわりと少女の体温が毛布越しに感じられて、頼られてる事や身を寄せて眠れるほどの信頼関係などと、自身の感情とがせめぎ合い、抱き寄せて眠る内に、どうしても自分のものにしたくなって耐えられなかった事。

「それを耐えられない者を罪人と呼ぶのだ。昨夜も言ったがな」
 クルルクヴェートリンブルクが再度、落ち込んだ様子で淡々と答えるジュードを責める。

「あの時はどうしてか、そうすることが1番いい事だと思ったんだよ」
「「……妖魔にあてられたな」」
 ふて腐れた子供のように俯いて呟くジュードに、ルーシェンフェルドとオウルヴィが同時に答えた。

「え?」
「ヴァニラが可愛がっていたという吸精種小妖魔とは別の、夢魔や、生命力を刈り取る大型妖魔の、より強い感情や本能を増幅させて表面化させる能力にあてられたのだろう……もっと森の奥、山岳地方の国境付近にいる種類だが、お前達の良質の魔力を喰らいたくて寄って来たのだろう」


  *** *** *** ***

 ん? ジュード、無罪赦免の可能性?
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