世界はいつも自分を中心にまわっている。

まるおさん

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一章 第五話

1.さぁ、みんなで考えよう(前編)

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 時は少し戻り、イナト達が魔獣に遭遇した同日。
 昼前、ヨアン村外れの炭焼き小屋――。

 ヨアン村の集落から北へ少し離れた所、ベイノック山の尾根が伸びた麓に、ひなびた小さな炭焼き小屋があった。
 今日、朝から出掛けていた村長は、この炭焼き小屋に住む老人を訪ねていた。

「おーい!  儂じゃ!  居るか!?」

 村長が玄関から大声で呼ぶと、少し待って玄関のドアが開いて、中から白髪を後ろに流した、見るからに不機嫌そうな老人が顔を出した。

「喧しい! そんなに叫ばんでも聞こえとるわ!」
「ジャーティックよ、相変わらず可愛気の無い顔しとるのぅ」
「世間話ならとっとと帰れ。お前と話す事は無い。さっきから若いのが騒いでおると思ったら、余計五月蝿いのが来おってからに」
「まぁまぁ、とりあえず中でゆっくり話すとしようぞ」

 そう言って中に入ろうとする村長を、ジャーティックと呼ばれた白髪の老人は呆れた顔で迎え入れた。
 土間に小さな暖炉と古い木でできた食卓。酒樽の他には最低限の生活用品があるだけの質素な部屋であった。村長は馴れたふうに丸木で作られた食卓の椅子に座り、ジャーティックは酒樽から自分の分だけ酒を注ぐ。

「儂の分は?」
「無い」
「ケチ」

 村長の文句を気にする事もなく、ジャーティックは村長の対面に座ると、厳めしい顔で切り出した。

「で?  わざわざ飲み話をしに来た訳では無かろう」
「あぁ……。最近、村の周りで少しきな臭い匂いがしておってのう。辺りを行商や兵士のフリした奴等が嗅ぎ回っとる」
「ほぅ。確かにこの間、ウチにも兵士が二人来たな。一人は士官だという茶髪の若い騎士が仲間の捜索に協力してくれと頼みに来寄った。もう一人は一兵卒のなりをした奴が、盗賊の残党が山から出てくるかもしれないから気を付けるように、と偉そうに宣って行きおったわ」

 ジャーティックは手元の酒を一口飲み、皮肉っぽく言った。それを聞いて村長は吹き出して笑った。

「あっはっはっはっ! 兵士がお前に? 何と間抜けな!」
「今でも王都に出入りする事があるワシの立場も知らんとは……。現役の頃なら、そんな斥候、その場で切り捨てておったわ」
「儂らも隠居して、皆、戦争を知らん代になったからのう。その分平和になったという事なんじゃろうが」
「じゃが、お前の言うとおり、何者かが動いておるのも確かなようじゃ。ウチのも時折、夜中に匂いに気付いて騒いでおった」
「それでなんじゃが、そこでお前の力を貸して欲しい。もし村に万が一があれば、儂だけでは村を守りきれんかもしれん」

 村長の申し出にジャーティックは村長をちらと一瞥し、一間をおいて答えた。

「ふん。良かろう。村の周りを若い奴らに見張らせ、何かあれば直ぐに動けるようにしておく」
「すまんな。手間をかける」
「止せ、虫酸がはしる」

 そう言ってジャーティックはまた一口、酒を口へ運んだ。村長はどこか懐かしむように小窓の外の景色を眺め、ふうと息を吐く。

「村から歩いて来るだけでも、しんどいようになってしもうたわ」
「其のままとっとと、くたばれば良い」
「馬鹿言え!  サクラが一人前の女になるまでくたばってたまるか」
「なら、すぐにでも逝けるな」
「ぐぅ」

  眉一つ動かさなかったジャーティックの目尻が細まり、つられたように村長も白い歯を見せて静かに笑った。

 小窓から指した陽光が土間に反射し白く輝いている。
 そこで語らう二人の姿は、互いに余生を穏やかに過ごす御隠居というよりも、むしろ無邪気にいたずらを企てる悪童のようであった。



 明日、王都アトスキム、城内議事堂――。

 王都アトスキム。ヨアン村やイーシュの街などが帰属する、アトスキム王国の首都であり、国内随一の都である。市街の外周を高い防壁が取囲み、その中に注ぐノーイス川の支流が天然の掘となっている。その中心にそびえ立つ、古い石造りのアトスキム城が象徴である。
 
 昼過ぎ、城内にある議事堂に数名の騎士達が集められた。
 クインス・アフトリカ大尉率いる調査団の撤退、およびケイウス・オーガディ准将率いる復興支援隊の一時帰還に合わせて、バブルラクン関連の作戦行動の報告と今後の施策についての会議が開かれていたのである。
 広間の中央に置かれている円卓の周りに、クインスやギアード、ケイウスなど、これまでの作戦に関わった騎士達が着席し会議を行っている。
 ケイウスが一通りの報告を終えたところで、ある一人の女性将校が即決出来る事柄について指示を出していた。

「廃村となった民の受け入れに関しては、引き続き各地の国営農地と教会に一時受け入れを要請して、順次受け入れられるように。オーガディ准将、教会との交渉はそのまま貴方に任せて良いかしら?」
「はい!  妹にも便りを出しておきます」
「他に何かあるかしら?」

 沈着冷静に会議を取り仕切る女性将校の名はプリューネ・マイル。中将にして王都の行政の中枢を担う『三騎士団長』の1人。先の討伐戦の折りから王都で行政面の指揮、支援を統括するバブルラクンに関する作戦の最高責任者である。
 プリューネは続けて、調査団の報告に議題を移し、クインスに話を振る。
  
「クインス大尉、ご苦労だったわね。怪我の方はもう大丈夫なの?」
「はい。戦闘以外は支障ありません」
「その後、進展は有ったかしら」
「はい。イーシュで残党とみられる者達、合計18名が出頭、逮捕されています。私を襲った2名を合わせて、討伐戦で逃げ延びたとみられる人数と概ね一致するため、普通なら残党による略奪などはここから沈静化すると思うのですが……」
「何かしら?」
「ここからはギアード准尉が。今回は負傷した私に代わって、ほとんど彼が陣頭指揮を執ってくれたので」
「ギアード准尉、話して頂戴」

 クインスとプリューネが促すまま、ギアードは応えた。

「はい。今回クインス大尉が襲撃され消息が判らなかった際に、イーシュやチャヌなど山域周辺の拠点と連携して警備網を敷き、山を囲み残党の行動の監視、制限を計りました。その後、残党が出頭してきたタイミングがほぼ同時期であったことから、囲い込みの効果によるものと考えていたんですが……」
「続けて」
「これは僕の推測でしかないんですが、襲撃された状況としては両班とも複数名で奇襲されています。そして、イーシュに出頭してきた際も一度に二人以上での投降が多いため、まだ少数でも組んで行動しているか、もしくはこの機に乗じて他勢力の盗賊が移動してきている可能性が考えられます」
「……。どちらにしても、確証はないのね?」
「はい……」
「マイル団長。彼の意見は確かに推測の域を出ませんが、私の襲撃された状況を考えると、ある程度の戦力を有する賊が、あの山域にいる可能性は否定できないと思います。次の作戦では戦力の増員は、不要な今回のような犠牲を増やさない為にも必須かと考えます」
「……解ったわ。その件については一度考えてみる。負傷した大尉の後任も決めないといけないしね」
「その事なんですが、団長、指揮についてはこのまま私にやらせて貰えないでしょうか」
「指揮とはいえ、現場に立つ以上、手負いのまま行かせるわけにはいかないわ。何か理由があるの?」
「僭越ながら、協力を要請するイーシュのノーガット所長は相手の出自で対応を変える傾向があります。不本意ながら私の家の名前が役に立つかと。それに、このまま私だけ降りたのでは今までに倒れた部下達に示しがつきません」
「そう……。解ったわ。では部隊の再編の準備をしておいて。それとイーシュに作戦拠点として利用すると連絡を――」

  
  ―――。

  ――――――。


 後刻、アトスキム城内、官僚宿舎――。

 城内にある騎士達の宿舎、その廊下をアクアスが歩いていた。
 とある同輩を訪ねてきたのだが、慣れない文官の詰めている宿舎の為、扉に彫られている番号を一つ一つ確認しながら歩いている。

「……ここか」

 アクアスはとある部屋の前で立ち止まりノックした。けれども反応はない。    
 部屋の主の性格上、非番の日は無理矢理に連れ出さないかぎり滅多に自分から外出するような事はしない。であれば居留守を使っているとアクアスは読み、ノックを繰り返した。

 コンコン!

 コン! コン!

 コンコンコンコン!

 コン! コンコココンコココンコココン! コン! コンコココンコココンコココン!

 ノックで小気味の良い拍子を刻んでいると、部屋の中から誰かが近づいている足音が聞こえ、鍵の開く音がしてドアが開いた。ぬぅっと、中から死んだ魚のような目の男が半分顔を覗かせて言った。

「死ね」

 男は真顔でそう言うと、音を立てて乱暴にドアを閉め、直ぐに内側から鍵をかけた。呆気にとられたアクアスは急いでノックし、ドアを押したりしながら直ぐに声を掛ける。

「ゴメンって!  悪かったから!  開けてって!」

すると、再び内側から鍵の開く音がして、再び露骨に不機嫌な顔を見せた。

「あんだよ?」
「いや、今回の作戦の事で話がしたくて……」
「俺はお前と話す事など無い」
「まあまあ、そう言わずに」
「『先生がやられた』なんてタチの悪い手紙を寄越する奴と話すことはない!  お陰で慌てて弔問に行こうとする所を、同僚に見られて恥かいた!」
「悪かったって!  俺も現場で忙しかったんだよ!」

 ドアを挟んで明確に怒りを露にする男にアクアスがなんとか弁解していると、アクアスの更に後ろから女性の声が聞こえた。そこには報告会議を終えたクインスの姿があった。

「へぇ、そんなに心配してくれたのか。ウィガイヤ」
「げっ……」
「先生!」
「遅くなってすまない。今、報告会が終わったところでな。それよりもウィガイヤ、君がそんなに私の事を心配してくれるとは、苦労して指導した甲斐があったというものだ」
「いや、別に……。知人が死んだかもしれないって聞いたら心配くらいはしますよ」

 満更でもない表情でドア越しに顔を覗き込んでくるクインスとは反対に、ウィガイヤはとてもバツの悪そうに顔を背ける。
 ウィガイヤは言った。

「それより、なんで先生まで?」
「私がアクアスを呼んだんだ。ちょっと君の頭を借りたくてな」
「俺の頭?」
「とりあえず、此処で話すのもなんだ。入らせて貰うぞ」

 ウィガイヤの支えるドアをクインスが抉じ開け、押し入るように二人は部屋の中へ入った。
 部屋の中は質素かつ質の良い家具が必要最低限揃えられており、本の詰まった大きな書棚が唯一の嗜好的な家具であった。クインスとアクアスが意外であったのは、この部屋をウィガイヤが一人で使っているというところで、同期のアクアスから見れば純粋に羨ましいものであった。

「個室かぁ。俺なんて二人部屋なのに……」
「なんだ、随分生意気な部屋にいるんだな」
「ええ、先生が准将執務補佐になんて推してくれるからですよ」
「何か言いたげじゃないか」
「王都内で居られればヒラ文官で良かったのに……。准将の補佐なんてなったから色んな先輩から睨まれるし、准将はすぐ居なくなってその分の仕事は増えるし……」
「君に人と接する機会の多い町の役所は無理だろう。それとも、私の所に来るかね?  特別に秘書官にしてやろう」
「なんで卒業した後も先生に監視されなきゃいけないんですか……」
「当たり前だ。君は武芸はからっきしだが、その分小賢しくて直ぐにサボろうとするじゃないか」
「仕事を効率化して出来た時間を休息に充てているだけです。働き過ぎは身体に良くないですからね」
「身体を壊すほど仕事をしたことがあるのか?」
「…………」

 屁理屈を並べるウィガイヤであったが、訓練生時代から彼の習性を熟知しているクインスの口撃に、為す術もなく押し黙った。その光景をアクアスは愉快そうに眺めている。

「いやー、なんか懐かしいっすねこの感じ!」
「お喋りだけなら帰ってもらえません?  今日俺非番なんですけど」
「そうだな。では、本題に入ろう――」

 それからクインスとアクアスは殆ど使われていない応接用のソファに腰掛け、今回の調査であったことをウィガイヤに話し始めた――。


 ―――。

 ――――――。 

  
「事は大体解りました。で、それで俺に何をしろと?」
「いや、私達もどこか引っ掛かってるんだが、それが何か掴めないんだよ。そこで、この件の記録編纂も手伝っていた君に、文官としての所見を聞きたいんだが」
「うーん……」

 ウィガイヤは顎に手を当てて、少し考えを巡らせる。一月前、戦闘に関しては数日で終結した討伐戦であったが、その被害規模の大きさから、銃後の王都では文官達により、多岐にわたる事柄の記録編纂が行われた。ウィガイヤも人手不足に加えて直属の上司が前線へ援軍に出たという故あって、記録編纂に携わっていたのだ。その中であった記憶と今の話の内容を照らし合わせ、改めて無視できない問題を取り上げた。

「気になる所と言うなら最初からなんですけど……、結局奴らの目的って、何だったんでしょうね?」
「目的?」
「あれだけの人数を集めたからには、何かしら目的があった筈だろ?」

 アクアスが反応にウィガイヤが付け足す。すると、先の問いにクインスにが答えた。

「先の討伐戦のときに捕縛した者の証言にも、それに繋がるような内容は出てない。頭数が必要な事で分かりやすいのは、武力蜂起か周囲の実効支配といったところだが……。それならあの結果でもって終わるはずだ」

 自らの言葉に納得していない様子でクインスは言う。
 バブルラクンの行動目的の洗い出しは、復興現場等で平行して行われていたものの、戦いにより組織による被害はほぼ終息したため、王都の騎士達の間では事件全体が「終わったもの」という意識が少なからず漂っていた。
 それに対して納得していないクインスの様子を察してウィガイヤが尋ねた。

「そもそも何がそんなにひっかかるんですか?」
「これは私個人としてなんだが、私を襲った幹部連中が敗走した残党にしてはどうにも手練れでな」
「そりゃあの場面で戦線を離脱出来るやつはそれなりの奴なんでしょ――、いや、そうすると確かに1ヶ月近くもあったのにまだ近くに居すぎるような気もするな……」
「ああ、それに先の戦いの事がどうにも釈然としないんだ。自分で言うのもなんだが、奴らは少数とはいえ精鋭が揃っていて、あの防衛戦は敵ながら見事だった。だからこそ、逃げ出した幹部達と一緒に頭目が逃亡せずに残っていたのが腑に落ちないんだよ」
「……倒した頭目が影武者という可能性もありますが、取り敢えずまずは奴らの目的について考えてみましょう。たしか、イーシュで捕らえた残党の中に幹部が居たんですよね?」
「ああ。サニオスという男だ。取り調べで組織の事も挙がったが、特に目立つ情報は無かったよ」
「どんな感じでした?」
「やつれてはいたが、太々しい奴だったよ。まともに答える気すら無い様だった」

 ウィガイヤは俯き少し考えて言った。

「となると……、もしかしたら、目的はまだ生きてる可能性があるかもしれないですね。命惜しさに戦場から逃げ出す勘定が出来る奴が、この期に及んで減刑の交渉材料を切らない筈がない」

 ウィガイヤの推測に、アクアスは咄嗟に反応した。

「待てよ。なら、奴らはまだ何かしら動いてるってことか?」
「あくまで想像だ。妄想と言ってもいい。ただその幹部や今イーシュに囚われている奴らからすれば、いつ処断されてもおかしくないからな。ただ、捕まっただけなら、意味深に情報を持ってるフリして黙ってても裁判での印象が悪くなるだけだ。だったら、とっとと仲間を売った方が首が繋がる可能性が増す。俺なら気に入らないやつに出来る限り責任を擦り付ける。俺ならそうする」

 ウィガイヤの説明に続く言葉に二人は軽く引いていたが、減刑交渉について、組織の情報を他の構成員よりも多く持つであろう幹部がそれをしていないという指摘には納得した。

「君の悪癖についてはさておき、確かに一理あるな。だが、そうまでして守る目的があるとすればなんだ?」
「うーん。そればっかりはなんとも。目的を持って生きた事がないから分かりませんね。職場のトラブルなら、俺を虐めてその時誰が一番得をしてるかを考えたら大体の黒幕は判るんですけど……」
「誰が得をするか……」

 ウィガイヤの言葉にアクアスは、腕を組んで頭を傾げる。
 おなじく一同は改めて今ある情報をそれぞれ頭の中で整理し、今回の出来事の裏に眠るバブルラクンの根本的な目的に繋がる糸口はないかを考え始めた。

 戦からは逃げ出し、逃げ延びた先では自分から騎士を襲撃。投降し処断される可能性もある身の上でありながら屈服しない。となれば、もしや奴らには生き残る算段があるのではないか。
 おそらく裁判による釈放は無し、ならばこちらの内部でスパイや裏切り者が脱獄の手引きしているのか? そもそもこの状況下から抜け出すには、権力にせよ武力にせよ、強力な力をもつ内通者が不可欠だ。仮にそう仮定して強力な内通者の目的は何か。様々な可能性を考えてみるが、いずれも荒唐無稽な妄想の域を出ない。

 ウィガイヤも自分で言った言葉に立ち返り、『現状、誰が一番得をしているか』を考えてみた。通常、往々にして戦の背景には、それに関わるいずれかの立場において、利害得失が表裏一体に存在するものである。しかし不思議なことに、この件に関わる殆どの人間に大した利が出ている訳でも無い。

(――それどころか、被害だけが撒き散らされてるんだよなぁ)

 ウィガイヤは仕事の際に目に触れたあらゆる被害報告を思い出す。いつかの集落が壊滅し、敵味方合わせて幾人もの人間が死んだ。城内で事務仕事をしている自分にその流れは止められず、せめて記録として書き残すことしかできないと思うと、普段は厭世家ペシミストを気取っている自分でも心が重くなるのを感じた。ふと、二人の方を見ると前線にいる分、さらに厳しい現実を知っているのだろう、やはりどこか重い顔をしている。

(被害……損失……、待てよ?  得をする人間が居ないなら……)

 ウィガイヤが改めて思考に入る中、気配を殺し部屋に近づく影があった。
 三人は変わらず思案にふけ、その影に気付く事はない。
 影はニヤリとほくそ笑むとタイミングを見計らい、その静寂を破るように、窓から姿を表した。

「みんな集まって、どうしたの?」

「「「うわっ!!」」」

 突然の想像しない方向からの声に、三人は一斉に驚いて声のする方を見た。
そこには、窓の外から上体を乗り出すようにしてケイウスが楽しそうにぶら下がっていたのである。

「准将……、ここ三階ですよ?」
「良い天気だし、普通に来たんじゃ面白くないと思って。よいしょっとっ」

 驚き半分呆れ半分といた感じでウィガイヤが言うが、ケイウスは気にせず、背負っている荷物が窓枠に引っ掛からないよう、モゾモゾと部屋の中へ這い入る。そのまま他の二人にも簡単に挨拶を済ませ、荷物の中からまずは小さな小袋をウィガイヤに差し出した。

「ウィガイヤ。俺の代わりに頑張ってくれたお礼にこれ、街で買ってきたお菓子。それと――」
「差し入れありがとうございます。お疲れさまでした」

 ウィガイヤはケイウスの言葉の続きを遮るようにお礼を言い、会話を終らせて帰らせようとするが、ケイウスはそれをさらに遮り続ける。

「それがさ、また別の仕事が出来ちゃって。イーシュの教誨きょうかい担当の司祭さんが2ヶ月くらい前から行方不明になってたらしいんだ。それでもしかしたら事件に関係あるかもしれないし、難民の受け入れについても話しに行かなきゃいけないから、コレお願い!」

 休日にもたらされた書類の山の追加にウィガイヤは絶句した。気にせずケイウスは今度は残る二人の方に話しかける。

「それで、何の話?」
「さっきの会議の事ですよ」
「ああ、あの敵がまだ組んで動いてるんじゃないかっていう?」
「ええ、それで一番思考回路が近いであろうコイツと話しに来たんです」
「なるほど! 確かに適役だと思う」

「あの、今日俺非番なんですけど……」と、ウィガイヤは当然の文句を言いながら、書机に座り渋々オーガディから渡された書類の束に軽く目を通し始める。ケイウスは「うん。だから別に今日から手を着けなくても良いよ」と言いつつも、別段ウィガイヤが書類から離れる事を促すわけでもない。
 そんな中、アクアスふと思い出したようにウィガイヤに声を掛けた。

「准将、教会ってイーシュに教誨きょうかいに来てくれているノーブック教会ですか? その間は?」
「いなくなった牧師に古いお弟子さんが居たらしくて、話を聞き付けて来たお弟子さんが臨時で引き継いでたみたいだけど、何かあった?」
「あっ、いや、別に。この前イーシュに行った時に、そこそこ若いお坊さんが居たんで、気になって思い出したんですよ。多分そのお弟子さんだったんすねー」

 アクアスは自分で合点が言ったように頷いている。ケイウスも興味が出てきたのか、その弟子の僧侶の事をアクアスに尋ねた。

「へぇ、どんな人だった?」
「ローブを被ってたんで、顔全体はよく見えなかったんですけど、かなりの男前だと思いますよ。僧侶の割には、かなりいい身体してましたし」
なんだ。……おっと~?」
「准将~?」
「「ははははははは」」

 下らない洒落に意気投合し、楽しげに笑うアクアスとケイウス。先程まで部屋に充満していた重く緊迫した空気は既に無く、ウィガイヤだけが追加された仕事に頭を痛めるのみであった。

「やれやれ、完全に話が逸れてしまったな……。ん?  どうした。ウィガイヤ」
「あっ、いや……」

 クインスはその様子を潮時かと感じながら見ていたが、書類を見るウィガイヤの表情がやけに神妙になっているのに気づいた。
 彼はパラパラと書類をめくっていた手を止め、その中の一枚を注意深く見ていた。

(これは……)

 書類は地図であった。
 北はイーシュから南はノイミタイ砦の南の山域までの町や村落が細やかに記されていて、それぞれが蜘蛛の巣のようにいくつもの線で繋げられていた。
 ウィガイヤは初め、その場所同士の何かの経路が描かれているのかと思ったが、どうにも違和感があった。普段の業務上、地図はほぼ毎日の様に目にするため、軍用から商用まで現在一般的に使われている主なルートは殆ど頭に刷り込まれている。しかし、書き込まれている線の中には明らかに一般的に使われていないであろうルートが記されていて、その上、そもそも地図の情報自体が騎士団が用いる物に匹敵レベルで精巧であったことにウィガイヤは驚きを隠せなかった。
  ウィガイヤはこの地図を持ち込んだケイウスに声を掛けた。

「准将!  これって……」
「ああ、これ。奴らの拠点になってた集落から見つかったんだけど、どうやら、これを使って移動してたみたい。集落のお年寄りから、この経路のウラも取れたんだけど、昔の大戦の時に作られた地下通路とか洞窟とか、後は地元の人が知ってる使われていない古道とか獣道とか、正直かなり使えるものだったよ。前の戦いの時もこの地図を元に動いていたんだと思う」

 ケイウスの説明を傍で聞いていたクインスが言った。

「あの神出鬼没な夜襲はこれだったか……。これがどうかしたか?」
「いや、ちょっと……」

 ウィガイヤはケイウスの説明から、この地図にさらに違和感を覚えた。

(軍との戦いの為に作った?  それにしたら範囲が広すぎる。それにチャヌより北のエニム村やヨアン村は警戒令は出してたが、直接的な被害はなかった筈だ。だとしたら、元々この地域で何かするつもりだったのか?)

 そう思って改めてウィガイヤは食い入るように地図を見た。すると精巧に描かれた地図の中に一つだけ、異質な「場所」があった。
 複雑に線で繋がれた村々の中の一番上部、地図内の最北端に描かれた一際大規模の街イーシュ。そこに繋がる線はベイノック山の中腹にある古寺から伸びた一本のみであった。

(もしかして……最初から奴らがこれを使っていたとしたら……)

 身体の中に張り詰めた空気を抜くように、ウィガイヤはふぅと細い息を吐いた。
 その様子を見て察したのかクインスが待ち兼ねたように話しかける。

「何か思い付いたか!?」

 ウィガイヤはクインスを一瞥し、その後アクアスとケイウスの方を見ると、二人も何か期待ながら真剣な表情を向けていた。

「証拠も根拠もない妄想ですが、聞きたいですか?」

 自信無さげに、自嘲気味に、されどどこか強かに、不気味な表情でウィガイヤは話し始めた――。
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