悪役令嬢は婚約破棄されたら求婚してきた公爵の手を取らない

Estella

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第一章 『再臨の悪役令嬢』

第一章12 『背後に警戒せよ』

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 次の日。

「どうもこんにちは、本日の会談の報告をしに来ました」

「……」

「今日も好きです!」



 次の日。

「どうもおはようございます、本日の会談の報告です。今日は結構いいですよ、わたしの粘りが効いているようです」

「……はぁ、」

「あと、今日も好きです!」



 次の日。

「こんばんは~、今日はなんと譲歩もとれました。先生からは何か意見ありませんか?」

「いや……」

「でも好きです!」



 ――次の日、仕事を手早く終わらせて、ヴィクトルは本邸へ向かうために執務室の部屋を出た。毎月いつまでに仕事を終わらせるか、いつ新たな仕事を取りに来るか、それはセリーナに決められている。
 外交上の重大な決策以外の仕事は、全てヴィクトルのものだ。だが例え決策をしても、それ以降の雑務もセリーナはやらない。

 ちなみに仕事が増えても、納期が緩められることはない。
 もしかしたら今回も仕事が増えるかもしれない、だがもう慣れてしまって何の感情も浮かばなかった。
 与えられたものをこなす以外の選択肢は、最初から――。

「こんにちは、お疲れ様です。好きです。本邸に行くんですか?」

「……あぁ」

 曲がり角の奥から、ふいに艶やかな黒髪が揺らめいた。眠たげな目をしてはいるが、その瞳には尋常でない熱量がこもっている。
 淡白で残酷な日常を騒がしくする少女は、今日も嫌がり帰宅を望むそぶりを見せない。

「一緒に行っても……」

「――やめろ」

 そう吐き捨てて、すたすたと歩き去る。彼女が付いて来る気配は、なかった。

 これが陰謀なら、いつに増して意地が悪い。
 自分の苦しみが見たいという策略は飽きるほど見てきたが、これは演技をしなくてはならないこの少女も可哀想だ。
 どうせ裏切るのなら、早くそうして欲しい。どうせ騙されることはない。だから早く諦めて、その演技から解放されればいいのに。



 それは、用事を終えて本邸から出ようと廊下を歩いていた時だった。
 明らかな侮蔑と共に、面白いものを見るかのような笑みを浮かべた本邸の侍女たちが、新聞の束を押し付けてきた。

 ――ひどい人ですねー。カレリナの公爵令嬢さえ苦しめているだなんて。生まれつきの悪人なのかしら?
 ――公爵令嬢、可哀想……あの男に婚約破棄もされて、こんな人と一緒に暮らさなければならないなんて。
 ――セリーナ様に聞いたんですが、あれって貴方様の差し金なんでしょう? 怖すぎ……。
 ――公爵令嬢はみんなの憧れです。何かしたら許しません!

 根も葉もないうわさを流されているが、聞き流した。否定しても意味はない。噂話をする人間にその話の真偽は関係ない。むしろ否定する程に、彼らを増長させることになる。
 ――否定しなくても、沈黙は肯定などと言われて増長に繋がるかもしれない。つまるところ、味方がいない自分にできることは何もない。

「まずい……」

 ぽつり、とつぶやく。
 自分の噂の事ではない。侍女に叩きつけられた新聞の内容の話だ。

 別邸の廊下を歩きながら新聞を読んでいたが、案の定雲行きが怪しい感じになっている。

『カレリナ公爵、アデリナ・カレリナ外務代表がファンドーリンに向かわれてから一週間が経ちましたが、同盟締結に進展はありますか?』
『内容の精察に時間がかかっているようです。打ち合せなしで急に申告したため、仕方ありませんね』
『娘さんがファンドーリン外務代表の別邸に住んでいることに抗議はしないのですか?』
『ファンドーリン側の考えがあるのだと思っています』

『ファンドーリン公爵、何故カレリナ外務代表を別邸に住まわせたのですか?』
『違うのよ……。私はいけないと言ったのだけれど、あの子が聞かないの。皆さんもわかるでしょう? あの子は魔力が強いから、私もどうにもできないのよ』
『それはお気の毒に……』

 イリヤと、セリーナ。二人へのインタビューが、載っている。
 外務代表たるアデリナがいないので、必然的に父のイリヤが新聞社のインタビューに応じている。
 それはともかく、彼女がここにいることはそこそこホットな新聞になっているようだ。

「……どうすべきか……」

「何がですかー?」

 ひょい、と背後から声がかかる。何故か全く気配を感じなかったため、一瞬心臓が跳ねた。ひゅ、と喉へ空気が変に流れる。

「っ……! 何故、そこにいる……!」

 身長に大きな差があるため、飛び跳ねてヴィクトルが何をしているか覗き込もうとしたアデリナが、きょとんと眼を瞬かせた。

 珍しく、彼女の背後に護衛の男はいない。今更だが、男二人の環境下に娘が居て、家族たちは不安がらないのだろうか。それとも、この世に彼女を傷つけられる人間は少ないからいいのだろうか。

「先生とお話したかったので、探していました。大好きなので」

 それが当たり前とでも言うかのような態度。むしろ何故聞かれたのかという表情。

 あの新聞を、外務代表として実権を持ち様々な活動を行い情報網を所持しているアデリナが、知らないはずがない。
 危ない噂が立ちつつあるのに。もし誰かに言われてやっているなら、早くやめないと間に合わないのに。セリーナにも顔があるから、本邸に移動したいとさりげなく言えば断られはしないのに。

 それなのに、なぜ――?



 次の日、その次の日、もっと次の日、次の、次――。

「――先生、当主はやはり同盟を結ぶことを渋っているようです。急に驚くほど難航し始めました……そうすればわたしが帰ると思っているんですかね? 残念ですが居座る予定なので……」

 今日も彼女は、ヴィクトル・ファンドーリンの執務室を訪れる。もはや定例になった進捗報告と愛の告白と共に。
 当然報告のない日も彼女は訪れる。どんな話をするかは、その日の気分次第だ。毎回仕事などを理由に彼女を追い出しているのに、決して懲りたりはしない。

 いつの間にか、大体彼女が何時に来るかまで予想できるようになってしまった。
 繰り返される日常が、微かに打破されている。これも、彼女と貴族たちの考え通りだろうか?

 もうあまり、考えたくない。

「……公爵令嬢」

「? はい。あ、でもアデリナと呼んでくださってもいいのですが……!」

「もうノックするな」

「へ?」

 名前呼びをスルーされたのは想定内だったが、急なその言葉はアデリナの虚を突いた。
 ノックをするな、というのは鍵がかかっていない限り勝手に扉を開いて入ってもいいということではないか。

「わかる」

「――!」

 彼は恒常的に言葉足らずだ。だが、読み取ろうと努力すれば何が言いたいか理解するのは簡単だ。
 彼から言葉を奪い取って、その上で突き放し歩み寄ろうとしない人々が、あまりにも多かっただけである。

 つまりノックをしなくてもアデリナだと分かるから、ノックされるよりそのまま入ってきてくれた方が彼にとってましだということなのだろう。
 確かに、天下一ハッピー、みたいな足取りで彼の執務室に向かうのはアデリナくらいのものだ。

「はい、次回から突入しますね!」

「……来るな」

「愛してるので、嫌ですね――――」

「……」

 彼はアデリナの告白や名前呼びをスルーするし、アデリナもその言葉は聞けない。それぞれの矜持があるのだ!
 これ以上は仕事の邪魔になるだろう。そう判断して、アデリナはあいさつした後に執務室から退出する。

 今日もまた彼と話すことができて、もう幸せいっぱいだ。当然前回の惨劇を避けるためすべき課題は山ほどあるが、同盟締結にいそしむ間は何も動けないし、

「――驚きました、兄上と普通にお話しているんですね」

 ――。

 この屋敷には今、レナートとアデリナとヴィクトル以外、誰もいないはず。
 だがこの声は、その誰のものでもない。

 柔らかで優しいが決して弱々しくはない、その声の方向を見る。

「あら、珍しい」

 ――アレクセイ・ファンドーリン。
 ファンドーリン公爵家次男にして、取り上げられることの最も少ない人物。そんな彼に向かって、アデリナは不敵な笑みを浮かべた。
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