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第二章 開拓村
第210話 出立
しおりを挟む一階に降りていくと、すでに食堂の三分の一が埋まっていた。冒険者が長期滞在することが多い宿だけあって、皆朝が早い。女将さんも調理に配膳にと忙しそうだ。
そんななかでも、私達が入って来たのを目敏く見つけて声をかけてくれる女将さんはさすがプロだよね。
いつもの朝と変わらない、元気いっぱいの朝の挨拶をしてくれたので、こちらも片手を上げて同じように返す。
席に座るとすぐに二人分の朝食を運んできてくれて、ササっと手際よくテーブルに並べてくれる。
「さ、二人共お待ちどうさまっ。あったかいうちにどうぞ召し上がれ!」
「ありがとう、女将さん」
「はいっ、いただきます!」
笑顔で口々にお礼を言う私達の頭に両手を置き、大きな手でくしゃくしゃっと少し乱暴に撫でてくれる。
それから一度、目を合わせてニヤっと笑うと黙って後ろを向き、忙しそうに去っていったのだった。
目立ちたくないという私達に配慮して、お別れの仕方はさりげないものだった。余計なことは何も言わない気遣いがうれしい……胸がグッと詰まって涙が溢れそうになったよ。ありがとう、女将さん。
そして私達は、最後になるかもしれない女将さんの美味しそうな朝食をいただくことにした。
リノも泣きそうに歪んだ顔をしていたけれど、気合いを入れるかのようにパンっと音を立てて叩くと、グシグシと乱暴に目元を拭った。
「うわぁ、いい匂いですね、ローザっ。今朝も美味しそうです!」
気持ちを切り替え、明るい声で話しかけてくれる。同じ思いを共有できる友達がいるっていいなぁ。
「うん。そうだね。とっても美味しそう……」
せっかくの旅立ちに、朝から湿っぽくなるのは嫌だし、私もリノを見習って前を向こう。とりあえず目の前の朝食に集中するか。
今朝のメニューは、大きめの深皿にタップリと盛られたパンの実のリゾットと柑橘系の果実水。美味しそうだ。
まずはリゾットから。出来立てで湯気が立っているそれをスプーンで一口分掬い、フウフウと息を吹きかけて丁度良い具合に冷まし、口に含む。うん、いつも通り美味しい! それに粋な演出もグッとくるというかね……。
「ローザ、これってもしかして……?」
「うん。早速使ってくれたみたいだね、女将さん」
「やっぱりそうですよね。うれしいなぁ」
「そうだねぇ」
リノも気づいたみたい。昨夜渡したドライフルーツを少し、細かく刻んで入れてくれているんだ。ほんのりとした優しい甘みが嬉しい。いくらでも食べられそう。
他にも数種類の茸とハーブ、魔物肉の切れ端も入っている。熱々で体の隅々まで栄養が行き渡るようだった。
明日からは食べられないと思うといつも以上に美味しく感じるなぁ、女将さんの手料理。まだまだ熱いそれを一口ずつ掬っては、フーフーしながら口に運ぶ。
リノも一口食べてからずっと、顔が緩みっぱなしだ。フニャっとして幸せそう……可愛い。今日は彼女も、いつもよりかはゆっくりと味わって食べているなぁ。
まあそれでもリゾットだし、すぐに食べ終わっちゃうんだけどさ。
「「ご馳走さまでした」」
ふう、美味しかった。身も心も温まるおもてなし料理でお腹いっぱいです。
満足して、カタリとスプーン置いた。
食べ終わって席を立ち、いよいよ出発するとなって女将さんを探したところ、朝食の配膳と冒険者の相手でまだまだ忙しそうだった。
なので軽く目礼だけしてから、慣れ親しんだ宿屋を離れることにしたのだった。
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