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第119話 落としどころが難しい
しおりを挟むそんな不安定な様子のシルヴィアーナのことも気になるが、ルイーザ達三人の令嬢達もフォローしなくてはならない。
「君達もだ。今宵のこと、周りからは色々と言われるだろう。だが、国のためにも耐えて欲しい」
「ええ、公爵様。覚悟はしておりましたから」
ダフネは、表情を動かさず冷静に頷いた。
(随分と落ち着いている……頼もしい令嬢だ)
さすが、次期宰相と黙されていたリアン・ブラッドリー公爵令息との婚姻を望まれていただけはある。
周辺諸国の言語を複数習得済みだとも聴いているし、才色兼備とは彼女のような令嬢を言うのだろう。
公爵に向ける瞳は感情の揺れが一切排除されており、実に貴族らしかった。
それでもこうして対面してみると、よく分かる。
ランシェル王子と王妃の立場が弱まり、宮廷の勢力図も変わる今だからこそ、簡単にはいかないと言うことをすでに理解している顔つきだった。
虎視眈々と侵略を狙っている隣国に、帝国との変わらぬ友好関係を見せつける必要もある。
二国間の間に目に見えた亀裂があると、何を仕掛けてくるかわからない。
何しろ今回、隣国寄りの貴族の不正を大量に暴いたばかりなのだ。
隣国の歴史は浅く、元々あったいくつかの小国を前王が一代でまとめて瞬く間にのし上がった国であり、代替わりした現王も好戦的な性格で、領土拡大の野心を隠そうとしていない。
きっと、長年の工作が失敗したことを知らされたら、激怒することだろう。
ダフネの場合、純血主義者達の派閥に属している家と、帝国派閥で王妃寄りの家との融和を目的にした婚姻だったからこそ、落としどころが難しいのだ。
国王が優秀な現宰相の力をどこまで削ぐつもりなのか……それにかかっている。
「さて、ヴァレンチノ辺境伯令嬢と剣聖殿の件だが、これはすぐ認められるだろう。ただ……」
「わたくしとロウ伯爵令嬢の場合は難しい……ということですのね?」
「……ああ、そうなる」
「……」
一番身分が低い上に、控えめな性格をしているアンジュリーナは、先程から聞き役に徹していた。
だが交わされる会話の内容に耐え兼ね、ついに手に持った扇で顔を覆ってしまう。
ロウ伯爵家の場合は、魔力の補強を目的としていたからこそ、破談は厳しいとは思っていた。
彼女の婚姻相手は、第一に魔力の器の大きさが、それに加えて伯爵家に出ない魔法属性持ちが望ましいのだ。
密かに思いを寄せるようになった彼は、そのどれにも当てはまらない。
失望と諦めからうっすらと涙の張った瞳を見たダフネは、とっさに膝の上で固く握りしめられていた彼女の手を取る。
しっかりと包み込むように握られ、共感に満ちた眼差しを向けられる。
二人の視線が交錯した瞬間、心の深いところに響いた言葉以上の励まし。
握りしめられていた手から伝わる温もりと共に、小さく頷いた友にハッとしたように瞳を瞬かせ、アンジュリーナは零れ落ちそうになる涙を必死に飲み込むのだった。
「自棄になってはいけないよ。いつでも私達を頼ってくれていいのだからね。分かったかい?」
「はい、公爵様」
「……よろしく、お願いいたします」
頭を下げる二人に、ランスフォード公爵は鷹揚に頷いた。
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