元ブラック塾講師、銭湯の上でFIRE生活はじめました。

谷川 雅

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第3部 第10話「錯覚の終焉(後編)」

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風を切るエンジン音の中、義春の頭は異様なほど冷静だった。
「間に合ってくれ……」
車載ナビとスマホのGPS、そして調査会社からの情報を重ね、山中の林道に向かって車を走らせる。
舗装が途切れたあたりで車を止め、懐中電灯を片手に森の中へ。
そのとき、微かな声が風に乗って耳に届いた。
「やめてください……! 話してください!」
紬の声だ。
義春の心臓が跳ねた。
走る。全力で、枝をかき分け、岩場を越えて。
そして――ようやく、見つけた。
山小屋のような古い作業小屋。扉は半開きで、そこに紬と、あの“元同級生の男”がいた。
「……! 貴様っ、なぜここが……!」
ストーカー男が目を見開く。その手には、紬の腕。
「その手を離せ」
義春の声は、低く、静かに、だが怒気をはらんでいた。
「これは、誤解なんだよ……紬は、俺といたいんだ。でもお前が、洗脳してるから……!」
「洗脳?」
紬が呆れたように笑う。
その笑みは、どこか乾いていた。
「ねえ。私、あなたの婚約者でも、恋人でも、友達ですらないよね?」
男の表情が一瞬、ひきつった。
「私、ずっと思ってたの。どうして『婚約してた』なんて勘違いできるのか。文化祭で一緒に実行委員しただけ。連絡先も、クラスLINEだけだったじゃない」
「違う……違うんだ……あれは運命だった……!」
「運命じゃない。ただの記憶の捏造。お願い、私の前に、もう二度と現れないでください。あなたが私を“想っていた”と信じたいのなら、私の幸せを願ってください。……私は、今、とても幸せなんです」
紬の声は震えていなかった。
まっすぐ、静かに、彼を断ち切る刃のようだった。
「う、うそだ……! お前は本当は、あんなやつに脅されて……!」
その瞬間、背後から警察が突入してきた。
「動かないでください! 両手を見える位置に!」
ストーカー男は呆然としたまま拘束され、その場に崩れ落ちた。
「ま、待って……俺が……俺が悪いのか……?」
だが、その問いに答える者はいなかった。
代わりに、紬は義春の腕の中に飛び込む。
「……来てくれるって、信じてた」
「絶対、来るって決めてた」
ふたりの声は小さかったが、周囲の喧騒とは無関係に――静かに、温かく、森の中にとけていった。
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