異世界転移が決まってる僕、あと十年で生き抜く力を全部そろえる

谷川 雅

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第3部 第76話 「海水で育つ野菜――現世への“橋”を作る研究」

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 夕暮れの研究棟。窓から差し込む橙色の光が、陽介と紬の机を染めていた。
 積み上がった報告書を横に置き、陽介はぽつりと呟く。
「……そろそろ、帰る話も考えなきゃな。」
 紬は手を止め、静かに顔を上げた。
「そうね。ずっと避けてたけど……この世界のことを大事にしながら、現生に戻る準備も進めないと。」
 二人の間に流れる空気は、ほんの少しだけ張り詰めていた。
 陽介は机の引き出しから、現生で使っていたスケッチブックを取り出す。そこには、大学院時代に描いた未完成の研究プランが眠っていた。
「帰る時、手ぶらじゃ意味がない。向こうですぐ役立つものを持って帰りたい。」
「条件は三つね。」と紬が指を折る。
「①現生に持ち帰ったらすぐ活用できるもの。②いろんな環境で育てられるもの。③今までにない作物。」
「……で、出た答えがこれだ。」
 陽介がページを開くと、そこには“海水耐性野菜”の文字。
________________________________________
「海水で育つ野菜?」
 紬の瞳がきらりと光る。
「そう。現生だと沿岸部は塩害で農地が制限されてる。でも、塩水で育つ作物があれば、農地は一気に広がる。」
「確かに……水資源が限られてる地域でも使えるし、砂漠沿岸でもいけるかもしれない。」
 紬は頷きながら、すでに頭の中で現生の地図を広げていた。
「ただ、これは普通の育種じゃ難しい。塩分を無害化する細胞構造を作る必要がある。……そこで、魔法大学との協力だ。」
 陽介の声に力がこもる。
「魔力による植物改良と、現生の遺伝子知識を組み合わせれば、理論上は可能だ。」
________________________________________
 数日後。
 ミズノ農業大学と王都魔法大学との間で、正式な研究協定が結ばれた。
 調印式の会場では、農業と魔法の研究者たちが握手を交わし、試験栽培用の温室が共同で建設されることが発表された。
「これで、魔法界の植物学者とも直接やり取りできる。」
 式の後、紬はほっと息をつく。
「向こうの世界に戻る鍵が、まさか海水野菜の研究から始まるなんてね。」
「でも、悪くないだろ?」
 陽介は笑う。
「この世界でも役立って、現生でも希望になる。そういう研究こそ、俺たちがやるべきことだと思う。」
 窓の外では、建設中の温室の骨組みが夕日に照らされ、未来への輪郭を浮かび上がらせていた。
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