異世界転移が決まってる僕、あと十年で生き抜く力を全部そろえる

谷川 雅

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第3部 第91話 「最初の発芽――潮風の中に芽吹く希望」

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エルドマリーナの港に、まだ朝靄が残る。
 潮の香りを含んだ風が研究拠点を撫でる中、紬は畝の間を歩き、ひとつひとつの苗床を確認していた。
「……陽介、来て!」
 その声は、海鳥の鳴き声に負けないくらいはっきりしていた。
 陽介が駆け寄ると、紬は小さく身をかがめ、指先で土をそっとかき分けた。
 そこには、淡い緑色の双葉が、塩を含んだ砂混じりの土を押しのけ、しっかりと顔を出していた。
「これは……」
「そう、海水区画の発芽第一号!」
 紬の声は弾んでいた。
________________________________________
 ちょうどその場にやってきたオルドン卿も目を見開く。
「まさか、海水だけで……! 信じられん、これは奇跡か?」
 陽介は笑いながら首を振った。
「奇跡じゃありません。データと経験と、少しの運ですよ」
 近くで作業していた地元の青年団も、興味津々で集まってくる。
「これ、ほんとに食べられるようになるんですか?」
「なるさ。もう少し大きくなったら、塩味がほんのりついた葉物として出荷できるだろう」
「……酒のつまみに良さそうだな!」
 漁師の一人が笑い、周りもどっと笑い声を上げた。
________________________________________
 だが、この場にいる全員がわかっていた。
 これは単なる一株の芽ではない。
 港町の未来を変える“始まりの芽”だということを。
「この発芽を合図に、観光客も呼び込もう」
 紬がノートに走り書きをしながら提案する。
「畑見学と漁船クルーズを組み合わせた“海と畑の体験ツアー”――港町の魅力を丸ごと味わえる形にすれば、町全体が潤うわ」
「いいな、それ。地元の宿も料理も売れるし、加工品も動く」
 陽介は即座に同意し、オルドン卿も力強く頷いた。
「町の者にもすぐ話そう。こういうことは、勢いがあるうちに広げるのが肝心じゃ」
________________________________________
 港町にとって、この朝はただの一日の始まりではなかった。
 それは潮風と共に訪れた、新しい産業の芽吹きの朝だった。
 人々は知らず知らずのうちに、胸の奥でこう呟いていた――
 「この芽が育つなら、町も育つ」 と。
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