異世界転移が決まってる僕、あと十年で生き抜く力を全部そろえる

谷川 雅

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第5部 第6話 水門の向こう――二つの世界の狭間

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揺らぐ扉の前で
 水門の中央に現れた“光の揺らぎ”は、湖面とも霧とも違う、どこか懐かしい質感を持っていた。
 手を伸ばせば触れられそうで、けれど触れてしまえば二度と戻れないような――そんな気配が漂う。
 陽介と紬は息を呑んだまま、その前に立っていた。
「……青い空が見える」
 紬の声は震えていた。
「ああ。
 間違いない……“元の世界の空”だ」
 陽介の胸は、十五年間抑えてきた何かでいっぱいになる。
 日本の空。
 街の音。
 家族の記憶。
 ずっと遠いと思っていたものが、手を伸ばせば届く距離にある。
________________________________________
🌿 しかし、後ろには十人の子どもたちがいる
 陽介はゆっくりと扉から視線を外し、
 背後――峡谷の上から見守る十人の後継者たちの姿を思い浮かべる。
 トマスの誇り高い背筋。
 カティアの風のような生き方。
 ユリウスの言葉の強さ。
 エリナの優しい瞳。
 オルフェンの努力の炎。
 マリアの癒やしの心。
 フェリクスの冷静な計算と、温かな視線。
 セリアの波を見つめる眼。
 ノアの子供たちを見守る姿。
 ライナルトの知識への情熱。
 十人は、もう自分たちの人生を歩き始めている。
 分水国は、その十人の旗のもとに前へ進んでいる。
 ――ここで去れば、その十人から“親”を奪うことになる。
 ――この国から“創設者”を奪うことになる。
 陽介の胸は痛んだ。
________________________________________
👥 紬の迷い
 紬は揺れる光に手を伸ばしそうになり、すぐに止めた。
「……帰りたい」
 それは十五年間、胸の奥に押し込めてきた本音だった。
「帰って……家族に会いたい。
 友達にも……私たちが消えたあの日から、どうしているんだろうって……いつも思ってた」
 涙が溢れそうになる。
「でも……」
 紬は陽介を見上げる。
 その目には、強さと愛が宿っていた。
「この国のことが……この子たちのことが……捨てられないの」
 陽介は静かに頷いた。
「俺もだ。
 あの光は、確かに俺たちの“帰り道”だ。
 けど……ここで帰ったら、何を失うんだろうな」
 二人の手が、そっと触れ合った。
________________________________________
📜 ライナルトが読み上げる“最後の言葉”
 そのとき背後で、ライナルトが震える声を上げた。
「先生……これを」
 ライナルトが《水ノ書》の最後のページを開く。
 そこには、守護獣が消えた直後に浮かび上がった文字が残されていた。
「二つの世界は、選ばれし者の“祈り”で繋がる」
「だが、道は二つ。
 一つを選べば一つを失う。
 それでも歩みたい道を選べ。
 その選択こそが、世界を変える」
 陽介の胸が締め付けられた。
「……初代王、あんた……ここまで視ていたのか」
________________________________________
🌠 分水国の精鋭たちの声
 上の段で見守っていた十人の後継者が声を上げた。
「陽介様!!」「紬様!!」
 トマスが叫ぶ。
「俺たちは、あなた方がこの国を離れても……国を守れます!」
 カティアが続ける。
「だから……戻りたいなら、戻ってください!」
 エリナが涙を浮かべる。
「でも……私は……寂しいです……!」
 ユリウスが前に出る。
「あなたたちは“帰りたい”と“残りたい”の狭間でもがいている。
 ならば――その決断を、俺たちに責める資格はありません!」
 ノアが拳を握る。
「でも……戻らないで欲しいって……思ってしまうんです!」
 涙がこぼれた。
 十人は胸のうちをぶつけるように語り始める。
「親として……」「先生として……」「導いてきた人として……」
「帰ってほしくない……」
「でも幸せでいてほしい……」
 その声は、陽介と紬の胸に深く突き刺さった。
________________________________________
🌈 陽介と紬――決意へ向かう会話
 陽介は紬の手を握り、そっと囁いた。
「紬……俺たちはずっと、同じ夢を見てきたよな」
「うん。
 でも今はもう、“帰ること”だけが夢じゃない」
「そうだな……
 俺たちの夢は――みんなが笑って暮らせる国を作ることだった」
 紬は涙を拭い、微笑んだ。
「それに……十人の子たちを置いていけないよ。
 私たちの“家族”だもの」
 陽介は深く頷く。
「じゃあ……答えは、一つだな」
 二人は光の扉に背を向けた。
________________________________________
🌅 “その時”を待つことにする選択
 陽介は水門を見つめ、静かに宣言した。
「俺たちは――今は帰らない」
 十人が息を呑む。
「この国が本当に“平和の国”になり、
 みんなが未来を歩めるようになった時……
 その時こそ、俺たちは扉の前に立とう」
 紬が続ける。
「帰る道があるとわかっただけで十分。
 だから今は、ここで生きる。
 あなたたちと一緒に、この国の未来を作りたい」
 十人の後継者たちは涙を流しながら、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます……!」
「俺たち、絶対にこの国を立派にしてみせます!!」
 陽介と紬は振り返り、水門に向かって小さく言った。
「待っててくれ。
 俺たちが“この世界の夢”を叶えたとき、もう一度来る」
 すると、光の揺らぎは静かに収まり、
 扉は“完全には閉じず、薄く残る波紋だけ”を残して消えていった。
 ――“いつでも戻れるわけではないが、道は失われていない”。
 そんな柔らかな余韻を残して。
________________________________________
🌠 水門の前で、十人が誓う
 十人の後継者は、陽介と紬の前に並び、胸に手を当てた。
「陽介様、紬様。
 あなたたちがこの国を選んでくれたこと……一生忘れません」
「だから――
 私たちも、この国をあなたたちと共に導きます」
 分水国の旗が峡谷の風に揺れる。
 陽介と紬はその中央に立ち、静かに空を見上げた。
「よし……帰ろうか。分水国へ」
「うん。
 みんなの未来が待ってるからね」
 こうして二人は、水門に背を向け、
 再び“分水国の指導者”として歩み始めた。
 まだ叶えていない夢がある。
 その夢を叶えた先で、再びこの扉が開く日は――
 きっと来る。
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