存在証明を奪う徴税官 ――神も天使も督促だらけ、未納は消滅確定

雪ノ瞬キ

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第3話

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「これ、見たか?」

 俺は古びた名簿を在香に手渡す。
 なんてことない、ただの在籍名簿だ。
 俺たちが所属している徴税局のな。

 稲妻が時々光り、書物を真っ白に照らす。
 今日は少し、さみぃな。

「かなり前にみたわ」

 名簿は“在ると認められた職員”しか載らない。
 一度載れば、普通は消えねぇ。
 消えるとしたら――神族が、存在証明に直で触った時ぐらいだ。

「だから本来なら、俺がここにいる時点で“お墨付き”ってわけだ」

 どこか不満そうに口をふくらまして、しぶしぶページをめくる在香。
 紙の上に真剣な目を落とす。

「あれ? この間、確かにみたはずなのに」

 俺の耳には、何度も紙をめくる音が部屋に響く。

 その音が、妙に遠い。
 胸の奥が一瞬だけ冷えて、手の甲の刻印が“きゅっ”と縮むみてぇに疼いた。
 ――これだ。
「俺の名前が“ない”」って事実より、“消された手触り”のほうが気持ち悪ぃ。
 
 まあ、当然そうなるかもな。
 そこにはあるはずのものが、ない。

 俺の“在り方”だけ、どこか浮いてやがる。

「わかったか?」

「……待って。これ、変よ。理屈が合わない」

「なんでと言われてもよ」

 黒く大きな目が俺を射抜く。
 ――ああ、昔、同じ目をしたやつがいた。
 逃げた挙句、帳簿から消えたがな。
 
「ちゃんと承認されて座ってんだ。勝手に紛れ込んだわけじゃねぇよ」

「証拠は?」

「ほら、これ」

 存在証明と紐づいている刻印を見せた。
 手の甲にきざまれているその紋章は、明らかだろう。

「そうね。それがあるなら間違いないけど……」

「その顔、余計なこと考えてんな。やめとけ」

 一瞬焦ったぜ。
 なんでそこを疑うかな。
 普通はそこじゃないだろ?
 
 やっぱ『存在証明』をいじると、記録と現実に少しズレが起きるな。
 原理は知ってる。けど言う気はねぇ。
 言ったら面倒が増えるだけだしな。

「でも、それだと名簿にないなら、上官から言われるんじゃないの?」

 そう来ると思っていたぜ。
 でもなんの問題もないんだな。

「言われる以前に俺たちなんなんだ?」

「な、何よ。急にそんな言い方……」

 頬を赤らめる在香。
 おいおい何、誤解しちゃってんの?

「だからさ、まずは先に査定うけるの俺たちだろ?」

 はっとした瞬間の表情の在香は面白いよな。
 普段鋭い視線の真面目っ子だからな。

「あっ、そういうこと」

 胸をなでおろしている様子をみると、これで解決だな。

「そうそう、その査定クリアしてんだからな。
おかしければ、まっさきに俺がやられてるさ」

「別の内偵もしているのね」

「俺は何も聞いていないな」

「そういうことにしてあげる」

 俺は何もいっちゃいない。
 勝手に在香が誤解しやがった。
 こりゃ助かる。

「おや?」

「これは!」

 俺のいる部屋は、何かあれば赤色の魔道灯が光る。
 といっても髑髏の眼窩が赤く光るヤツな。
 在香はこれをあんまよしとしていない。
 
「どうやら事件が起きたようだな」

 こいつが赤くなるのはめったにないんだが。
 色からすると重大か?

 髑髏はいつの間にか口に紙を一枚挟む。
 そこにはこうだ。

<記憶改ざん。回収課>
 回収課――「消した後」を都合よく片づける連中だ。

「是明、あなた一体?」

「な? こういうのも最近くるんだよ。行こうぜ在香」

 俺は着の身着のまま、向かう。
 在香もあとからついてきた。
 さあて、今日のごちそうはなんだ?

 走って向かうと、すでに人だかりの山だ。
 入退場の規制か?
 手のひらサイズの警備班の妖精たちが仕切りに交通整理をしていた。

 警備妖精が必死に叫んでいた。
 ……ああ、これは相当まずい現場だ。

「よぉ!」

「あっ、是明きてくれたのね」

「ああ、呼ばれたからな」

「後ろの人は相棒?」

 在香は少し耳を赤くしながら軽く会釈をした。

「在香です。よろしくお願いします」

「わぁきれいな人だね。是明が気にしているわけね」

「え?」

「おいおい余計なこと言うなや。んでどこをどうした?」

 案内された先に向かうと派手に書類がちらばっている。
 なんだ? 泥棒か? と思うほどだ。

 ちらばっているいくつかの書類が気になり見ると、意外だった。

「おいおい白紙かよ? ずいぶんとやりすぎじゃねぇか」

 紙の端だけが“焦げていない”ことに、逆に違和感が走る。
 まるで最初から何も書かれていなかったかのような……いや、それ以上に“不自然”だ。

 在香が一枚を手に取り、眉をひそめた。

「普通は“存在を消す”なら、紙ごと処分するか、帳簿側を正規手続きで改ざんします」
「こんなふうに“中身だけ”を消すなんて……現場ではまずありません」

 少なくとも、こいつは素人の仕事じゃねぇ。
 ――わざと痕跡を残してやがる。

「だよな」

 俺は白紙になった書類を指で弾いた。

「器用すぎる。しかも、わざとだ」
「対価未払い者の存在を物理的に回収。まではいいけどな。記録がこれじゃどうしようもねぇ」

 俺は真っ白になった紙切れをふる。

「誰がやったというより、これで誰が一番得するかだな」

 在香は床の紙を見つめていたが、何か思いついたのか顔を上げた。

「あと、損をする人ね。でも」

「どうした?」

「この損得を知っている人があえて、そちらに目をむけさせようと仕組んだとも考えられるわね」

「鋭ぇな。こりゃあ根が深ぇぞ」

「そうでしょうね」


 俺は出入りの情報も局の管理帳に「目だけ」通しておく。

 あえてすぐに疑われる回収課のヤツがそれをするか?
 それとも、せっぱつまる事情か。
 そっちの線で調べてみるか。

「単なる損得勘定かしら?」

「どうしてそう思う?」

「白紙にしたのは、管理への挑戦じゃないかと思ったの」

 俺はすこしだけ、息をすいこんだ。

「この世界の存在管理って、そもそも嘘じゃね?」

「嘘?」
 
「ああ、そうだ。“存在税を払えば在れる”って建前(システム)自体が、
 誰かが都合よく作った帳簿にすぎねぇ」

 一瞬、空気が止まったな。

「どういうこと? 私たちが管理しているんじゃ?」

「いんや、この組織全体どころか世界そのものの管理を、誰がしてるんだ?」

「それは、神族?」

「半分正解で半分不正解」

 神族もな、“枠”の中で税払ってる側だ。管理者ってより、登録係だ。

「なぞかけはやめて」

「“世界の記録に残ってること”と、“本当に在ったこと”は、イコールじゃねぇ」

 ……言ってて思うが、ずいぶん重てぇ世界だな。

「証拠は?」

「俺だ。記憶になかっただろ? でも目の前に存在している」

 どこか単なる記録を消したいだけのヤツが触ったのとわけが違う気もしてきた。
 そこにさっきの妖精があわただしく、飛んできた。

「是明! 是明! たーいへん」

 なんだなんだぁ?

「どうした?」

「捕まったんだよ! 捕まった!」

「なんだ早いな。自らか?」

「詳しくはわからないけど、魔道鎖で逃げないように縛っていたから怪しいかも」

 おかしい。早すぎる。
 俺たちが嗅ぎつく前提で、犯人が“用意されてた”。
 現場の残り香が消える前にって……出来すぎだろ。

 ……その時、鼻の奥がツンとした。
 焼け焦げとも、冷気ともつかない“気配”がまだ漂っている。

 本来残るはずの回収課の魔力がない。
 代わりに――別の何かが、ここにいる。

 ……なんだ、この痕跡。俺でも読み切れねぇ……? ありえねぇだろ。
 質が似てる。俺の“内側”に巣食ってる何かと、同じ匂いだ。
 つまり――ここを荒らした“犯人”と、俺の根っこはどこかで繋がってやがんな。
 ――胸の奥が、嫌な汗でじっとりと濡れた。俺が、怖がってやがる。
 
 在香には見えねぇ。
 この痕跡は、“俺みたいなの”じゃないと拾えない。

「……おいおい、やっちまってんな」

 思わず声が漏れた。

『危険ね』

 声がした瞬間、俺の刻印が“疼いた”。
 頭の中に、女の声が直接響いた。
 
 呪女の声だ。なんだ、久しぶりじゃねぇか。
 この脳裏に響くのって何度あっても違和感しかねぇな。
 ――嗤いと涙が、同じ音で鳴っているみてぇな声だ。

 ん? なんだ?
 声に集中する前に、視界に何か違和感がある。

『あら、気が付いた? 教えてあげようと思ったのに』

 窓際の少しだけ開けた空間に歪みがある。
 空間がエンボス加工されているというか。
 足元には少しだけ微量の何かがくすぶる。

 おいおいこれって、やっちまった系か?

『なあ、いつからなんだ?』

『それは“神族”の話? それとも“天使族”のこと?』

『どちらも、それ以外もだ』

『対価は?』

『今それゆー? お前の存在証明抜いてもいいんだぜ?』

 頭の奥がじんじんと響く。
 声が“外から”なのか“内から”なのか、一瞬わからなくなる。
 この感覚、昔にもあったよな……くそ、思い出せねぇ。

『あら、言うようになったわね。あたしのこと抱いた癖に』

『抱いてねーよ。はぐらかそうとしても無駄だ』

 多分ここにヤツもいたら、かなりピリピリしていそうだな。

『待って!』

 なんだいつになく真剣な声しやがって。

『まずいわ。後で連絡する。今言えるのはこちらも何か始めていた。
そっちにはだいぶ前からよ。あなたが来る前から。それじゃ――』

 床の紋様が、一瞬だけずれた。
 次の瞬間、何事もなかったように元に戻る。

 おいおい。随分とファンタスティックな香りをぷんぷんさせてんな。
 特級品のヤバさを感じるぜ。

 どうせ、あっちでもバタバタ始まってんだろうな。一体何やらかしてんだか。
 ……にしても、妙に手際がいい。あいつがこんな計画的なヤツか?
 戦争でもおっぱじめるつもりかよ。

 いつも憮然として余裕かましているあの女がな……。

 なんか怪しいな。

 存在税の未納とか、そういうレベルじゃねぇ。
 ……この世界そのものが、誰かに書き換えられていやがる。

 今回の件、連絡がくるまでに手を引くか。それとも深入りするか。

 ん~どうすっかな。
 こんな時、人造神魔道具の“スマポ”ならなんというかな。
 久しぶりに引き取りにいくか、治っているといいんだが。

 ……在香の気配がやけに遠い。
 いや、違う。
 俺が“ここにいなかった”みてぇな顔をしていやがる。
 地面の一点だけをにらんで、まるでさっきまでのやり取りが全部“沈黙”だったみたいに。

 だが、その沈黙に――少し怯えが混じっていた。

 目が合った瞬間、彼女の瞳が一瞬だけ揺れた。恐怖を隠すように。
 ……やべぇな。こいつ、本気で俺が“消える”と思ってやがる。

 久しぶりに思考会話に集中しちまった。
 痛てっ。なんだこの視線。
 なんだ。在香か。
 さっきは一瞬揺れたのに今度は鋭いじゃねーか。

 ……おい、そんなかがんだら見えんだろ。いや、見ねぇけどさ。

 うわっ立ち上がった。こっちにきやがった。

「ねぇ是明。何みてたの?」

 ……一瞬、答えを選んだ。

「痕跡だ。ここにいたのは、回収課じゃねぇ」

 不意に空気が止まる。

「……もっと、タチの悪いのがいる」

「そう……なんだ。それで何かつかめたの?」

 おいおい。詰め寄り方、何か別の意図ねぇか?
 まあ、いい。
 
「ちょっと用事だ。魔道具屋のポコポコに預けたものとりにいく」

 修理が間に合ってりゃいい。
 あいつが黙ると、決まって碌なことが起きねぇ。

「え? ポコポコに? また何か怪しい物なんでしょ?」

「ちげぇーよ。修理だよ修理」

「あたしもいく」

「わーったよ。そっちは何かみつかったか?」

「向かいながらはなすわ。やっぱり、おかしい。ここの事件を注目させて別の何かがうごいている」

「へえ、在香、やっぱ鋭ぇな」

「根拠はあるわ。ここじゃはなせない」

「んじゃいくか」

「ええ」

 スラムに近い地下道の店へ、急ぎ足を向けた。

 ――このまま放っときゃ、世界の帳簿に全部“なかったこと”にされる。
 だったらせめて、書き換えようとしてる“筆”くらいは、俺がぶっ壊しておくさ。
 消せるなら、帳簿ごと俺を消してみろ。
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